第14話 右目の不具合と新しいメガネ

 手術から一ヶ月が経過したので運動が解禁された。前述したが、【すて】はこう見えてフルコン空手の有段者だ。早速稽古を再開……はしなかった。現在の【すて】の右目は網膜剥離を起こしやすい状態になっているらしく、顔や頭に強い衝撃を受けると網膜剥離を起こして失明する危険があるらしいので、絶対に上段に蹴りをもらったり顔面殴打を受けたりしたらダメだとS先生に言われているのだ。まあ、手術する前から脊柱管狭窄症があるので【すて】は組手などここ数年やってなかったのだけれど。


【すて】が運動再開に選んだのはウォーキングだ。ウォーキングと聞けば「そんなん運動に入るか」なんて思う人もいるだろうが、ウォーキングはランニングと同じぐらい大切な運動だ。

【すて】は昼間は仕事をしている(商売にはなっていないが)ので、歩くのは当然夜になる。だいたい晩ご飯を食べた後、午後八時ぐらいから歩き始め、一時間から一時間半程ブラブラと歩くだが、午後八時となると外はもう真っ暗で、目の手術をしてから初めて歩く夜の景色はいつもと違って見えた。


『違って見えた』と言うのは言葉の綾では無い。【すて】の右目に映る信号や街灯、看板等の光を放つ物体はことごとく二重・三重に見え、光源から左斜め下に光の筋を走らせているのだ。【すて】は川の堤防に作られた遊歩道でウォーキングをしているのだが、堤防沿いにズラッと並ぶLEDの街灯が全て二重に見え、その全てから光の筋が走っているのはなかなか壮観だ。


 ネットで調べたところ、これは『ゴースト』とか呼ばれる現象で、眼内レンズが強い光を乱反射して起こる現象で、そのうち気にならなくなるらしいのだが、本当に気にならなくなるものなのだろうか? 少し不安になった【すて】だった。


 そして別の日。【すて】は本屋に行った時、困った事に気付いた。棚に置いてある本が右目だけだとぼやけてしか見えない。例えばバイク雑誌だと表紙に大きく描かれているバイクの車種が判別出来無いのだ。

普段は右目だけで物を見るなんて事はしないので今までわからなかったのだが、これは眼内レンズにはピントを合わせる機能が無いのでメガネをかけて遠くにピントが合っている時は近くにピントが全く合わないからだと思われる。まあ、強烈な老眼みたいなものだろう。となると遠近両用のメガネが欲しいところだ。しかし、遠近両用メガネというのは慣れないと目が回ったり頭が痛くなったりするらしい。


 悩む【すて】だったが、それから一ヶ月ほど経った頃、転機が訪れた。

 友人と会っていた【すて】は、その友人のメガネが変わっているのに気付いたのだ。

「おっ、メガネ替えたん?」

「ああ。俺も老眼がキツなってきてな。遂に遠近両用デビューや」

 友人はメガネを遠近両用にしたと言う。遠近両用メガネを作ろうかどうしようかとか考えていた【すて】は即座に言った。

「へ~、ちょっとかけさせてぇや」

「おう、かまへんで。ほいっ」

【すて】は友人に遠近両用メガネをかけさせてもらった。すると驚いたことに友人のメガネだと遠くは先月作った【すて】のメガネよりはっきりと見えるのだ。おまけに近くも遠近両用ということで老眼用の度が入っているのでよく見える。これは良いものだ! と思った【すて】だったが、その遠近両用メガネには大きな欠点があった。

目が回って気分が悪くなりそうなのだ。慣れの問題もあるだろうが、やはり遠近両用メガネは難しいかもしれない。だが、友人のメガネだと遠くがはっきり見えたというのは【すて】にとって実に喜ばしい発見だった。

「これ、めっちゃ良ぉ見えるわ。度数、教えてや」

【すて】は友人と同じ度数で遠距離用のメガネを作ってみようと思ったのだ。だが、自分のメガネの度数を覚えている人などそうそういるものでは無い。

「そんなん、今わからへんわ。帰ったらメール送ったるからちょい待っとき」

 友人は家にメガネの保証書と共にデータがある筈だから、それを写真に取って送ってくれると言う。【すて】はこれで『視力があまり出ない』という悩みから開放されると喜んだ。


 そして次の日、【すて】は友人から送られてきたメガネの度数のデータを持ってメガネ屋さんへと走った。今回は0.8ぐらいまでとは言え、視力は出ているので車でだ。

 メガネ屋に向かう途中、信号待ちの時に【すて】はメーターを見ながら左目を閉じてみた。するとさっきまで見えていたメーターの文字がぼやけて読めなくなった。本屋で気付いたのと同じ様な現象だ。まあ、片目を瞑って運転する事なんてあまり無いだろうし、メーターなど見えなくても運転出来無いことは無いのだが一度気になってしまうと頭から離れないものだ。やはり遠近両用メガネを作ってみようかと思う【すて】だった。


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