第13話 バイクは楽しい乗り物の筈なのに……

 そして一月二十四日火曜日。退院してから初めての検診の日だ。まだ車の運転など出来る状態では無い【すて】は、妻Mの運転で大学病院に連れて行ってもらうことになった。

 大学病院の眼科は評判が高く、二時間待ち・三時間待ちも当たり前らしい。この日は十二時半に診察の予約をしていたのだが、視力検査に呼ばれたのが十四時前、眼底検査が十四時半、S先生による診察が始まった時には十五時を回っていた。

 診察の結果、【すて】の右目の術後の経過は良好ということだった。とりあえずは安心した【すて】だったが、右目の視力はまだあまり回復していない。まあ、まだ手術が終わって二週間弱しか経っていないのだから仕方が無いのだが。


 それから約一ヶ月が経ち、二月十四日。世間的にはバレンタインデーだが【すて】にとっては二回目の検診の日だ。

 この一ヶ月で【すて】の右目はかなり見える様にはなっていた。だが、まだ車やバイクを運転するには不安があった。そこでこの日も【すて】は妻Mの運転で大学病院へ連れて行ってもらった。

 この日の診察の予約は十三時半だったが、今回も色々な検査を受けているうちに十五時を過ぎ、S先生による診察が始まった時にはやはり十五時を回っていた。

 今回の検診でも術後の経過は良好だそうで、【すて】の右目は順調に回復しているらしい。一安心した【すて】だった。しかし、今現在の問題は、車やバイクの運転が出来無い事だ。そこで【すて】はS先生に質問した。


「そろそろメガネ作っても大丈夫ですかねぇ?」


「今メガネを作っても、またすぐに作り直さないといけなくなりますよ」


 S先生から返って来たのは【すて】の予想通りの答えだった。

そりゃそうだろう。視力が安定するのには手術が終わってから三ヶ月程かかると言われていて、今日は手術してから未だ一ヶ月ほどしか経っていないのだから大丈夫じゃないに決まっている。【すて】はそんな事ぐらいわかっていたのだが、聞かずにはいられなかったのだ。


【すて】は考えた。去年、レンズを交換した四本のメガネが保証期間内なので一回だけ無料でレンズを交換してもらえるから、そのうち一本だけ度数を合わせてもらおうかと。後でまた作り直さないといけないかもしれないが、レンズ交換だけだったらそんなに値段が張るものでは無いことだし、あと二ヶ月不便な生活を送らなければならないことを考えたら安いものではないかと。


 大学病院から家に帰った【すて】はすぐに去年の十月にレンズを入れ替えたメガネを持ってメガネ屋さんに行った……もちろん歩いて。

 近視(のメガネ)の度数は0.25刻みでディオプトリー(D)という単位で表し、マイナス3D未満だと軽度近視、マイナス6D未満だと中等度近視、マイナス6D以上だと強度近視と呼ぶらしい。ちなみに【すて】が去年の十二月、入院直前の視力が一番落ちていた時に作ったメガネは右目にマイナス4.5D、左目はマイナス2.5Dのレンズを入れていた。という事は、【すて】の目はそれほどキツい近視では無かったという事なのだろう。もっとも、これでもほとんど見えてなかったのだけれども。

 そして今回視力検査の結果、メガネ屋の店員が選んだのはマイナス3Dのレンズだった。だが、これでも視力は0.8しか出ていなかった。そこで【すて】はもう一段強いレンズを試したが、見え方はそんなに変わらなかった。


 ――これが俺の右目の限界なのか……――


【すて】は『手術をしても傷付いた視神経は元には戻らないので視力がどれぐらい戻るかわからない』と言われているのだ。もしかしたら視力が戻ってコレかもしれない……なんて怖い考えが【すて】の頭に浮かんだ。しかし今はどうすることも出来無い。それに少なくともマイナス3Dのレンズを使えば車を運転する程度の視力は出るのだからしばらくは様子見だ……二ヶ月後には視力がもっと戻っていると願って。


 数日後、【すて】はメガネを取りに行った……もちろん歩いてだ。そして新しいメガネを受け取り、早速かけて帰った帰り道、両目が見えるのは幸せだとしみじみと思ったのだった。


          ***


 二月二十五日土曜日。新しいメガネを手に入れて何とか運転出来るぐらいの視力を得た【すて】は久しぶりにバイクに乗ってみた。実は去年の十一月、右目がこんな事になるとは思いもしなかった【すて】はGSX―S1000Fからスズキの最強バイクGSX―R1000Rに乗り換えていて、ニューマシンに乗りたくて仕方がなかったのだ。


【すて】の現在の矯正視力は右0.8、左1.2といったところで、免許の適性検査には問題無いのだが、微妙にピントが合っていない。だからせっかくバイクに乗っても今ひとつテンションが上がらない。


 ――こんなんじゃバイク乗っても楽しくないな……――


【すて】は近場をちょろっと回っただけですぐに帰ってしまい、このまま視力が戻らなかったらバイクを降りるまで考えた。GSX―Rを買って三ヶ月、右目の調子がおかしくなったので乗れた期間は一ヶ月、距離にして1000キロ弱しか乗ってないのに……



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