　この大学病院にあるファストフード店はハンバーガーでもフライドチキンでも無く、サンドイッチの店だ。正直言って、朝ご飯はしっかり食べたのでコーヒーだけで良かったのだが、入院していた二週間分の荷物はカバン二つ分と結構な嵩で、横並びに三人が座れるテーブルを独占しなければならなかったので、腹は空いてないがサンドイッチとドリンクのセットを注文することにした。だが、普段は行かない店なので何を注文すれば良いかわからない。とりあえずレジに貼ってあったサービスセットらしきモノを頼んだらサンドイッチとポテトフライとアイスコーヒーのセットで、そのサンドイッチはなかなかの大きさだった。

　これなら業界最大手のハンバーガー屋より良いかも……なんて思いながらサンドイッチを囓る【すて】のスマホに妻Ｍからメッセージが入った。

もうすぐ着くのかな？　と思った【すて】だったが、その予想は見事に外れてしまった。もうすぐ着くどころか高速が事故渋滞でまったく動かないらしいのだ。もちろん【すて】は妻Ｍを渋滞にハマらせてしまって申し訳ないという気持ちでいっぱいで、時間なんか気にしなくて良いから気を付けて来てくれとメッセージを返し、無事に大学病院に到着することを願うばかりだった。

　そして待つこと二時間、妻Ｍからまたメッセージが入った。大学病院の近くまでは来れたのだが、今度は駐車場渋滞で車が動かないらしい。

　駐車場渋滞という事は、もうそこまで来ているという事だ。【すて】は荷物を掴み、ファストフード店を出た。そう、駐車場入口のところから渋滞の列を辿って歩いて行けば妻Ｍの車を見つけられるだろうから、こっちから歩いて行こうと考えたのだ。

　だが、その考えは甘かった。歩いても歩いても妻Ｍの車が見当たらないのだ。

右目がまだよく見えないから見落としたとか？　いや、左目はちゃんと見えるから、そんな筈は無い。なら、妻Ｍの車はどこに？　まだまだ遠いところにいるのか？　などと考える【すて】のスマホに着信が入った。言うまでも無いだろうが妻Ｍからだ。

「もしもし、今どこ？」

　電話の向こうで妻Ｍが言ったが、それはこっちが言いたい言葉だ。だが、迎えに来てもらっている（と言うか、今回の右目の件で世話をかけっぱなしだ）手前、そんな事は言えない。

「車探しに道まで出てみた」

【すて】が答えると、妻Ｍの車は一般患者用の駐車場では無く、入退院用の駐車場に入れてもらえたそうだ。

「わかった、すぐ行く」

　言うと【すて】は妻Ｍの待つ入退院用の駐車場へと急いだ。

　入退院用駐車場でやっと妻Ｍと合流出来た【すて】は荷物を車に積み込み、クレジットカードの入った財布を持った妻Ｍと共にもう一度病院の中に入り、入院費の支払いを済ませた。そして妻Ｍの運転で【すて】はようやく家に帰ることが出来たのだった。

　　　　　　　　　　＊＊＊

　家に帰った一月十六日は月曜日だ。一週間の始まり、仕事をしなければならないのだが、右目がこんな具合では仕事にならない……と言うか、最近不景気で仕事が無い！　いろいろと種をまく努力はしているのだが、昔みたいな美味しい話はなかなか巡って来なくなってしまったのだ。

　とまあ、そんな事情で【すて】の会社は開店休業状態。まあ会社と言っても社員は【すて】と妻Ｍの二人だけ。今までの蓄えを切り崩せばもう暫くは耐えられる（と思う）からもう少し……せめて右目がもう少し見える様になるまでは休養させてもらおうと甘えた考えの【すて】だった。

　それから【すて】は久しぶりに風呂に入って湯船に浸かって（入院中はシャワーだけだった）疲れを落とし、自分のベッドでゆっくりと眠ることが出来た。そして翌朝。

　目を覚ました【すて】が目を開けると、まだぼやけてはいるが、視界はかなりクリアになっていた。恐らく、今まで視界が白くぼんやりしていたのは瞼の内側に塗っていた軟膏のせいだったのだろう。それが退院して塗らなくてよくなったので、軟膏が完全に吸収され、視界がクリアになったというワケだ（多分）。後は視力が戻ってくれるのを待つばかりだが、【すて】は元々近視だった上に『どこまで視力が戻るかはわからない』と言われているのだ、あまり楽観は出来無い。だがまあ、視界がクリアになっただけでも気分は全然違う。【すて】の気持ちは視界と共に明るくなった。

　とは言うものの、右目がこんな状態では外に出るのは危ない。退院したばかりだし、今日は家でおとなしくしておこう……

　などと言ってる間に数日が過ぎた。さすがにそろそろ仕事をしなければマズいだろう。そこで【すて】は人と会ったり業者の事務所に出向いたりと行動を再開したのだが、右目が発揮見えないので車は怖くて運転できないし、根本的に左目と右目の視力差が大きいので気持ち悪い。

　早くメガネを作りたいのだが、視力が安定するまで三ヶ月はかかるそうなので、今新しいメガネを作ってもすぐに使えなくなってしまうのだ。今はとりあえず入院前に使っていたメガネをかけているが、左は見えるが右はメガネをかけた状態で左の裸眼（０．１ぐらい）よりはマシな程度でしか無いのだ……もっとも手術前に比べたらよく見えてるのだが。