第11話 退院!

 抜糸が無事に終った【すて】が病室に戻り、少しすると看護師さんが晩ご飯を持ってきてくれた。大学病院での最後の晩餐だ。


 病院の食事と言えば『美味しくない』と思う人が多いだろう。実際、大学病院に入院する前に検査入院した脳神経外科の食事もあまり美味しいものではなかったし、【すて】が数年前に急性胆嚢炎で地元の病院に緊急入院した時(この時も、もう少し遅かったらマジでヤバかったらしい。病院にはできるだけ早く行く様にしよう!)など、一週間ほど入院していたのだが、あまりにも食事が口に合わなくて殆ど食べられなかったものだから5キロぐらい体重が落ちてしまった事があったりする。まあ、これは内科で入院していたから味付けに制限があったからかもしれない。それに主治医の先生は良い先生だったことは声を大にして言っておくとしよう。

 だが、大学病院の食事はまあまあ美味しく、二週間以上の入院生活にも関わらず【すて】が痩せることは無かった。


 もちろん『最後の晩餐』だと言っても特別なメニューが出るわけでは無い。この日は魚の煮付けだったと思う。まあ、メニューはさておき晩ご飯を食べ終わったら目薬をさし、自分では下瞼の内側に軟膏を塗るなんてことは出来無いので看護師さんを呼んで塗ってもらった。後は寝るまで退屈な時間を過ごすだけだ。ああ、人生の貴重な時間がもったいないぜ…… って、明日は退院だから荷物をまとめておかないとな。


 そんな感じで【すて】の入院生活最後の夜は更けていった。


          ***


 一月十六日。今日は待ちに待った退院の日だ。朝起きて目を開けると相変わらずぼやっとした白く霞んだ世界がひろがっていた。


 ――まだはっきり見えないか……――


 こんな状態で退院して本当に大丈夫なのか? 【すて】は不安だった。だが、今更「退院するのは怖いからもう少し入院していたい」なんて言えるわけがないし、言ったところで聞き入れてはもらえないだろう。

 そんなうちに看護師さんが検温にやって来た。


「今日、退院ですね。おめでとうございます」


 笑顔で言う看護師さんに【すて】は不安を押し殺し、笑顔で答えた。


「ありがとうございます。長いことお世話になりました」


 去年の大晦日に入院して二週間と少し。もっと長い間入院している人が沢山いることぐらいは重々承知している。しかし【すて】にとって二週間という入院期間は恐ろしく長いものだったのだ。


 それから暫くして運ばれた朝ごはんを食べ、目薬をさして薬を飲み、看護師さんに下瞼の内側に軟膏を塗ってもらった。ちなみに目薬と飲み薬は退院してからもしばらく続けなければならないが、軟膏を塗るのは今回で終わりだ。結局軟膏を一人で塗ることは出来なかったが、もし退院してからも軟膏を塗り続けなければならなかったらどうしていただろう? 頑張って自分で塗っていただろうか? それとも恥を忍んで妻Mに塗ってもらっただろうか? いやいや、さすがに妻Mに瞼の内側に軟膏を塗ってもらうのは怖いから必死になって自分で塗ってただろうな。

 などと思ううちに時間は進み、時計の針は午前八時を回った。『退院のしおり』によると午前九時までには部屋を明け渡さなければならないらしい。【すて】は病衣からTシャツとトレーナー、そしてジーンズに着替え、布団をたたみ、忘れ物が無いか最後の確認をして、ナースコールで看護師さんを呼んだ。


 そして程なくしてやって来た看護師さんに明け渡しの確認をしてもらい、【すて】は約二週間過ごした病室を後にした。

 この日は妻Mが車で迎えに来てくれることになっていた。だが、家事の都合で家を出るのが九時半ぐらいになってしまうとのことだった。

【すて】の家から大学病院までは車で高速を使って約三十分といったところだ。となると迎えに来てくれるのは十時ぐらいとなる。病室の明け渡しが九時だから一時間程待たなければならないが、迎えに来ていただく立場なので文句など言えるわけが無い。そこで【すて】は退院の手続きを済ませた後、病院内に一軒だけあるファストフード店で時間を潰すことにした。


 退院の手続きは、専用の窓口があったので比較的スムーズに行うことが出来た。余談だが、【すて】の地元の病院だと何枚もの書類が入れられたクリアフォルダーを窓口に出して清算していたのに対し、大学病院では診察券と保険証を渡すだけでコンピュータで管理されたデータを呼び出して清算するというシステムが採り入れられていた。ちなみに車を出す時には診察券を駐車場の精算機に通すと割引が受けられるらしい。さすがは最新鋭の設備を誇る大学病院だと関心するばかりの【すて】だった。


 ややこしい手術・約二週間の入院・一番安い部屋とは言え個室使用という事で、支払いは結構な額(医療保険に入っていて本当によかった)となってしまった。さすがにそんな現金は持ち合わせてはいなかったので、妻Mが迎えに来てくれたらクレジットカードで払おうと【すて】は請求書をカバンにしまい、ファストフード店へと移動した。


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