第8話 眼内レンズを入れる手術

 一月十二日火曜日。遂に【すて】の右目の最後(と言っても二回目でしかないのだが)の手術が行われる日が来た。

 朝の診察で右目の状態をチェックし、手術は夕方にすることになった。これで後は手術を待つばかりだ。ドキドキソワソワしながら【すて】が病室でゴロゴロしていると、ドアをノックする音がして、看護師さんが何やら妙な物を手に入ってきた。

 何を持ってきたのかと奇異の目で見る【すて】の前に看護師さんは持っていた物を並べ、恐ろしいことを言い出した。


「手術でガスを使った場合、しばらく俯せで過ごしてもらわないといけません」


 何それ!? 話が全く見えんのやけど……


『しばらく俯せ』とか『手術でガスを使う』とか、想像の範疇を超えた話に茫然としてしまった【すて】に看護師さんはコピー用紙を数枚綴じた説明書を渡し、詳しい説明を始めた。

 どうやら目の手術をする際に目の中にガスを注入し、そのガスの浮力を使って剥がれてしまった網膜を付けたり、穴を塞いだり、皺を伸ばしたりする場合があるらしい。そして、その場合には手術後に医師の指示があるまで顔を俯せの状態にしておかなければならないそうだ。その『俯せ期間』は長ければ三日間にも及ぶこともあるらしい。看護師さんが持って来たのは『俯せ状態』を少しでも楽に維持出来る様にする為の『胸当て』と『アルファベットのCの形をした枕』だったのだ。

 看護師さんの説明を聞いて【すて】は思った。


 ―― 三日間ずっと俯せって、そんなんめっちゃキツいわ。それに退院が確実に延びるってことやん…… ――


 そして数時間が経ち、看護師さんがまた【すて】の病室に入ってきた。今度はここ数日間で見慣れた物を運んでいる。点滴台と車椅子だ……という事は、いよいよ手術の時がやって来たのだ!

 点滴を打たれ、車椅子に乗せられた【すて】は手術室へと向かった。もちろん看護師さんに押してもらって。緊張してると言うか、ビビっている【すて】を励ます様に看護師さんは車椅子を押しながら色々と話しかけてくれ、手術室に着くと「頑張って下さいね」と笑顔を残して去っていった。


 間も無く手術室のドアが開き、手術室看護師が【すて】が乗った車椅子を押し、手術室に入るとS先生が笑顔で迎えてくれ、手術台に横たわった【すて】の右目の周囲に目が閉じない様に固定するテープを貼り、麻酔を点眼し……手術が始まった。


 今回も前回の手術と同様、目に何やら液体をどんどん流し込まれ、目の中を切ったり縫ったりされるのだが、前回は右目がほとんど見えてなかったので怖さはあまり感じなかった。しかし今回は右目が少しばかり見える様になっていたので恐ろしく怖い。それに前回は頭が強烈に痛かったので痛みもあまり感じなかったが、今回は麻酔の(?)針が眼球に刺さる感触が感じられ、少し痛かったので思わず声を出してしまった。もちろん【すて】がちょっと声を出したぐらいで手術が中段するわけが無い。S先生はいつもの柔らかい物腰を感じさせない低く落ち着いた声で手術のスタッフに指示を出し、手を動かし続けた。


 そんなうちにS先生の「レンズ入れます」という声が聞こえ、【すて】の目の前(っていうか上)に何やら機械みたいなのが出現し、接近してきた。

「この機械の先っちょに眼内レンズがセットされてて、それを目に入れるんやろうな」などと思っていると【すて】の目に何かが入れられた。痛みは無い。言ってみれば『コンタクトレンズがを上手く装着出来た時みたいな感覚』だ。ちなみに【すて】は昔、コンタクトレンズを一ヶ月ぐらい使ってたが、すぐに目が乾いて痛くなるのでメガネに戻したのだ。

 眼内レンズが入ったらすぐに目がはっきり見える様になるだろうと思った【すて】だったが、そんな事は無く、視界は白くぼやけたままだった。それはそうだ、目には相変わらず何やら液体が注ぎ込まれ続けているのだ、水のなかで目を開けてるみたいなものだからはっきり見えるわけが無い。


 眼内レンズが目にセットされたであろう感覚に続いてチクチクと刺す様な鋭い痛みがし、【すて】はまた声を出してしまった。これは【すて】が感じた『刺す様な鋭い痛み』そのままに眼内レンズを固定する為に眼球に針を刺し、糸で縫い付けている(縫着って言うらしい)のだろう。そして、そうやって目の中をごちょごちょ弄られて(処置して)いる間、視神経が刺激されているのかほとんど白一色だった【すて】の視界はサイケデリックと言うか、実にカラフルな世界に変貌していた。

 だが、麻酔がよく効いたのだろう、少し経つと前回の手術の時と同様に【すて】の視界がブラックアウトした。だが、今回も局所麻酔なので痛みは抑えられているものの、音や振動など様々な感覚が伝わってきて、何をされているかをついつい想像してしまう。そして何やらカタカタとミシンで目玉を縫われている様な感じがし、糸が引っ張られ、結ばれた様な感覚がした後、S先生の声がした。


「はい、終了です」


 手術が終わったのだ。前回の手術と同様に【すて】は目を保護するガーゼと立体的なアイパッチを右目に貼り付けられ、看護師さんに車椅子を押してもらって病室に戻った。幸い目にガスを注入することは無かったので『俯せ』は無しだ。


「これで後は目の回復を待って退院だ」とほっとした【すて】だったが、この後ちょっとばかり文字通り『痛い目』に遭うのだった。


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