第2話 蛇殺しジジイはどうなった

 遠くから、ガタンゴトンと電車の音が近づいてくる。速度を落としているようだ。

 この駅に停まる車両なのか。

 大声出して「この駅にかなりやべージイサンがいますよ、誰か警察呼んで下さい」ってお願いしようかな、とか思ったよ。


 睨み合う俺とジイサンの脇を、蛇たちは通り過ぎていく。

 何かに引き寄せられるように、改札を抜けて、蛇たちは線路の方へと向かった。


 この駅で停車した電車のドアが開いたら、蛇が無賃乗車したりして。

 蛇から切符代も取れないか。というか、車両の中はパニックになるだろうな。

 どんだけの乗客がいるか知らんけど。


 そんなことより、自分の身の方が大事だ。

 頭のイカれたジイサンが包丁を持って、目の前にいる。

 隙を見せたら、やられる。

 血の気が引いて、指先が冷たくなるのが自分で分かった。


 ホームに電車が入ってきて、停まった。

 キイイイと、金属が擦れる甲高いブレーキ音が止んだ。


 乗っていた人がひとり、降りてくるのが見えた。


 俺はジイサンが怖くて、目が反らせないから、視界の端で確認した程度だけどな。


「ニシヤノさん! ニシヤノさんでしょ!」


 降りてきたのは、制帽に制服姿の、電車の乗務員だった。


「また蛇、轢いちゃったでしょ! なんで線路にああいうことすんの!」


 大声をあげて怒っている。

 ジイサンの名前は、ニシヤノさんというらしい。

 ニシヤノは、自分の息子ほど年の離れた中年の乗務員から怒鳴られても、そちらを振り向きもしない。

 包丁を持ったまま、俺から目を離さない。


                   ■ ■ ■


「そのニシヤノってジジイは、自分で蛇が殺せないから、眠らせた蛇を線路のレールに寝かせて、電車に轢かせて殺していたらしいんだ。ほぼ毎日。これなら、自分にバチは当たらない、って言って。バチが当たるのは、電車を運転していた人間、って理屈なんだとさ。俺と出くわす前から、既に何匹か眠らせた蛇をレールに寝かせてたんだ」


 カジイさんはビールを飲みながら、もう一方の手で自分の頭をつんつん突いて、


「毎回、電車が通り過ぎた後で、蛇のバラバラ死体を回収してた、って完全にアタマおかしいよな」


 と笑った。


「ニシヤノってジジイは、ボヤを起こした神社のオヤジと昔から知り合いで、よっぽど嫌いだったらしい。そいつが起こした不始末のせいで、蛇が殺せなくなった……そんな理由で、腹に据えかねてたんだろうな。ジジイに怒鳴っていた電車の乗務員は、なんとその神社のオヤジの息子で、電車の運転士なんだって。つまり、蛇を轢き殺す当事者。バチが当たるなら、嫌いなヤツの身内に当たれ、って発想がマジで怖いわ」


「その後で、ニシヤノさん、どうなったんですか? 捕まったりしたんですか」


 私が訊ねると、「あー、あのジジイのことなんだけどな」と、カジイさんはジョッキのビールを飲み干してから、普通に言った。


「ジジイは死んだよ。カッとなって、ついやっちゃった」

「え……やっちゃった、って?」


 飲み会の席が、急に重い空気に包まれる。


「あんまりうるさかったから、アタマに来てな。包丁奪って、つい刺しちゃったのよ。あ、でも、俺、バイク乗る時は革手袋してるから、包丁に指紋はついてないよ。それに、こういうの、なんていうんだっけ? せーとーぼーえい? 殺されるかも、って俺すげーヒヤヒヤしたんだし。アタマのおかしな蛇殺しのジジイに殺されちゃたまんねーし。分かるよな?」


「またまたー! カジイさんってば、冗談にしても面白くないですよ、もー!」と誰かツッコミを入れてくれれば、その場は笑いに包まれ、茶化すだけでフィクションとして処理されそうな流れ……のはずなのだが、カジイさんの醸し出す雰囲気が、とてつもなくヤバイ気がした。


 無邪気な笑顔で、「本当にやったこと」を話している。

 その重大さに、本人が気付いていない。理解していない。

 人間として、明らかにタガが外れている。

 そんな気がした。


「お前ら、警察に知り合いとかいない? ダメだからな、チクッたりしちゃ」


 カジイさんは、口の前で人差し指を立てて「シーッ、だぞ」とおどけた。


 ……なんで、ふざけていられるんだ?


 私は鳥肌が立った。


                 ■ ■ ■


 その後、山中に埋められたニシヤノ老人の死体が見つかり、カジイさんと一緒にいた乗務員の目撃証言もあったことから、カジイさんは警察に逮捕された。


 カジイさんは学生時代、ナイフを学校に持ってきては見せびらかして「俺って危険人物だぜ」と自慢するタイプの不良生徒だった、と後になって知った。


 以前から、交際していた彼女にアザができるまで殴ったり、イタズラ半分で友人宅に放火騒ぎを起こしたり、全然知らない他人の車のフロントガラスに石をぶつけて割るという遊びをしていたり、どこか倫理観のブレーキが壊れていた片鱗はあったらしい。

 何度か警察沙汰になっていたようだ。


 危険人物だと自負し、得意気に武勇伝トークで笑いを取る男が、自分以上の「やべーヤツ」に遭って、殺してまでそれを越えたいと思ったのか……そんな気持ち、理解したくもないが。


 もし、カジイさんと話す機会があったとして、


「蛇殺しより人殺しの方がヤベー奴ですよ」


 と伝えたら、


「やっぱりー? でもね、それをやっちゃうのが俺なのよ。どう? すごい?」


 と嬉しそうに自慢するヴィジョンが容易に想像できて、怖い。

 

 塀の向こう側だけで、威張ってて下さい。


                                  (了)



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蛇と、やべーヤツ 雲条翔 @Unjosyow

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