蛇と、やべーヤツ
雲条翔
第1話 先輩・カジイさんの話
少し昔の話になる。
私が社会人として働き始めたばかりの頃、同じ会社に、カジイさん(仮名)という先輩がいた。
カジイさんは二十代半ば。
身長は180cmを越え、体つきはがっちりとした筋肉質で、顔もシュッとした細面。
いかにもスポーツマンという印象で、女性にモテそうな容姿だった。
声もでかければ態度もでかく、上司相手でも言いたいことは言う性格で、ガサツではあったけれど、鉄板の武勇伝トークで笑わせてくれたり、バカな冗談ばかり言う、面白い先輩だな、と思ったのを覚えている。
会社の仲間うちでの飲み会で、居酒屋で「とりあえず生ね」と男性社員6人で集まって飲んでいた時のこと。
アルコールが回ってきて、いつも以上にテンションが高くなったカジイさんは、不思議な体験を話してくれた。
本当に「やべーヤツ」の話。
私を含め、そこに居合わせた同僚たちを、震え上がらせることになる。
■ ■ ■
「鉄オタ」っているだろ? 鉄道オタクのこと。
俺は別に鉄道オタクってワケじゃねーんだけど、休みの日とかに、バイクで気ままに日帰りのひとり旅をして、旅先で無人駅の写真を撮るのが趣味なんだ。
本当の鉄オタとかだったら、無人駅の写真を撮るなら、そこに行くまで電車で移動してこそだ……ってコダワリがあるのかもしれんけど、俺、バイクでぶらりと行って「あ、なんかいいんじゃね?」っていう無人駅を撮るだけだからな。
あんまりコダワリとか、ないんだ。
直感? インスピレーション? そんだけ。
つい先週も、行ってきたんだ。
別に目的地があって行ったわけじゃなくて、テキトーに出発して、走りながら決める、みたいな感じでさ。
夏場のバイクって信号で停まると地獄だよなー。
走ってる時は風を受けて、気持ちいいんだけど。
たまたま着いたそこは、元々は栄えた温泉街だったらしい。
源泉が涸れてからは、旅館がバタバタと潰れて、今じゃゴーストタウンみたいになってる街でさ。
駅も、地方の無人駅にしては、結構でかいんだよ。
バスが旋回できるロータリーもあるし、駅前の大きな通りや、土産物屋の跡や、案内所の跡なんて、いかにも「昔は栄えてたんだろうなー」って思わせるもの。
けれど、駅前の通りは完全にシャッター街だし、駅前の土産物屋や案内所は十年以上営業してないような、ボロボロに朽ちた感じだった。
全然人通りもなくて、ガラガラの寂しい景色だったな。
崩壊寸前の「ようこそ ○○温泉街へ」の看板が、却って空しさを強調するみたいに残っててさ。
駅の建物だって、でかいだけで、あちこち壁板が剥がれかかっているし、お化け屋敷みたいな印象だったし。
窓ガラスはひび割れてるし、汚れてるし、クモの巣もひどい。
地元の不良たちがやったのか、スプレーの落書きもあったりして。
俺はバイクを停めて、こんな場所もあるんだな、なんて不思議に思いながら、ケータイで写真を撮ってたんだよ。
そしたら、駅の中の待合所のベンチに、人がいる、って気付いたんだ。
一瞬、びっくりしたよ。
ひとり、ベンチに仰向けになって、顔には白い布がかかってる。
おい、死んでんのかよ!?って駅舎の中に入っていくと、イビキが聞こえてさ。
なんだよ、寝てるだけかよ、驚かすんじゃねえよ、って力が抜けちゃって。
俺が来た物音で起きたのか、寝ていたヤツは目を覚ました。
近所の畑で作業をしていたジジイが、この駅の待合室を休憩所に使っていた。
畑仕事で暑くて、濡らして冷やしたタオルを顔に当てて、横になって休んでいただけ……分かってみたら、拍子抜けだよ。まったく、人騒がせな。
日焼けした浅黒い肌とは対照的に、白い頭髪と白い口髭。
汚れた作業服を着て、首にタオルを巻いた、一見とぼけたジイサンなんだけど、どこか隙のない感じなんだよな。
なんだろう、元ヤクザ者が足を洗ってカタギになったけど、昔のオーラは隠しきれない……みたいな、圧力というか、凄みがあるんだよ。
何も言わないまま、不審そうな目でジロリと俺を睨みつけてくる。
俺は、寝ているところを起こしてしまったことを、ジイサンにまず詫びた。
そして、バイクで旅をして、旅先で無人駅の写真を撮るのが趣味なんです、ってことを話した。
「ふうん、そうかい」と、興味もなさそうに返事をするジイサン。
俺はふと、ジイサンの荷物が気になった。
待合室の床に置かれた、2リットルのペットボトルが4本くらい入りそうな、木箱。
上の蓋の面には、握り拳が入りそうな穴が開いている。
「その箱には、何が入ってるんですか?」
俺はなんとなく、好奇心をくすぐられて、聞いてみた。
「蛇だ」
ジイサンはムスッとしたまま、答えた。
「眠らせた蛇が何匹か、入っとる。全部で10匹くらいか。畑で捕まえたんだ。売れば金になる」
「蛇って眠るんですか」
「俺が発明した方法がある。山の草を何種類か集めて、煮込んで、そのダシ汁の匂いを嗅がせてやると、コロッと寝る」
ぶっきらぼうな口調だったけど、ジイサンはナントカ草とナントカ草が効くんだ、と山草の種類をいくつも教えてくれた。
葉っぱの汁を靴に塗っておけば、蛇よけになるっていう草の名前も聞いた気がするけど、俺、野草には詳しくないから、その辺はさっぱり覚えてねーわ。
「でも、蛇をわざわざ眠らせるんですね。殺しちゃえばいいのに」
俺が疑問を口にすると、ジイサンも「俺だって、殺せばいいと思う」と頷いた。
「俺も昔は、こいつで……」
木箱の近くに置いていた作業袋から、急に包丁を取り出した!
「ズバーン、って蛇の頭を切ったもんだ」
ズバーン、の部分で、目の前に大蛇がいて闘ってるかのように、包丁をブンと振るうもんだから、俺、思わずよけちゃったよ。おっかなくて。
目がギラギラしてんだもん。
こういうジジイに刃物持たせちゃダメだって。
危ないって。
「え、えっと……でも、眠らせるってことは、殺すよりも、生かしておいた方が、高く売れる……とか?」
「値段は大して変わらん。生きた蛇だと買い取ってくれん店もあるし。殺しておいた方がいい。俺は蛇が嫌いだ。でも、殺すのは好きだ」
仏頂面だったジイサンが、ニヤリと笑った。笑顔、怖っ!
「けど、今は蛇を殺せねえんだ。蛇神様がいるからな」
蛇神様。なんか聞き慣れないワードが出てきたぞ。
「蛇神様ってのは、元々、隣街の神社で祀ってた神様だ。そこの神社のオヤジがどうしようもないバカで、タバコの不始末でボヤ出して、神社が燃えちまった。神社を建て直すまでの間、焼け残った御神体をこっちに持ってきて、この街の神社で一緒に祀ることになったってワケだ。さすがに、蛇神様を祀る神社がある街で、蛇を殺せねえ。バチが当たる」
「二つの神社の御神体を一緒にして、大丈夫なんですか」
「俺も詳しくは知らねえ。神社の人間がそうするって言ってんだから、いいんじゃねえのか」
ジイサンは、どうにもでなれ、と投げやりな様子だった。
その神社のオヤジのことが嫌いなのかもしれない。
そこで、ジイサンの傍らの木箱がカタン、と倒れた。
上の蓋に開いた穴から、無数の蛇がニョロニョロと這い出してきた!
俺、蛇は苦手ってほどじゃないけどさ、何匹も一度に来られると、ちょっとヤバイよな。
ビジュアル的に気持ち悪いよな。
俺はベンチの上に飛び乗った。
けど、ジイサンは苦虫を噛み潰した顔で「ふん、眠りが浅かったか。畜生め」と呟いている。
ジイサンは包丁を手にすると、突然、俺に手渡してきた。
「お前がやれ!」
すげえでかい声。
「なんで俺が!」
たとえ気持ち悪い蛇でも、やっぱり、殺したくはないよ。嫌だよな。
さっきまで「蛇神様を祀る神社がある街で蛇を殺したら、バチが当たる」とかそういう話をしていたばかりだし、余計に嫌だよ。
「余所者のお前なら、いいだろうが!」
「えっ? ……余所者だと、バチって当たらないんですか?」
「そんなワケなかろう。蛇の悪夢を毎晩見て寝不足になったり、全身に蛇のウロコが生えるかもしれん。けど、苦しむのはお前だ。ワシじゃない。ワシ以外の誰かが苦しむだけなら、それでいいだろ」
「いいわけあるか! そんな自分本位な!」
「首のところを、ズバーンと一撃でやれ!」
「包丁返すから自分でやれよ!」
包丁を差し出したけれど、ジイサンは取ろうとしない。
待合室の床を、うねうねと進む蛇たち。
「やれっつってんだろ小僧!」
「ジジイがやれよ! 俺、絶対やりたくねーよ!」
俺も段々と頭に来て、言葉遣いが乱暴になってきたりして。
「そもそも、蛇を殺せないのに、なんで包丁持ち歩いてんだよ!」
「この包丁は、休憩時間にリンゴの皮を剥いて食べるためだ!」
「皮ごとガブリといけよ!」
「いちいち指図するな! 俺は歯が悪いんだよ、クソ生意気なガキめ!」
唾を飛ばしてジイサンが怒鳴ったかと思ったら、俺の手から包丁が消えていた。
ジイサンが素早く奪い取ったんだ。
「これ、お前相手に使ってもいいんだぞ」
包丁を見せつけながら、ドスの効いた声でそう言った。
ジイサンの目と、包丁の刃が、ダブルでギラリと光った気がした。
アレはね、マジの目ですよ、俺、命の危機ですよ。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます