第2話

 …泣きたい。ひどすぎる。俺の幼少期ひどすぎる。


「瀬名ちゅわーん♡どこかな〜♡隠れてないでてておいで〜♡いっぱい可愛がってあげるよ〜♡」


 なんで俺はロリコンのおっさんから貞操を守りぬかなければならないのだ!


「全く、困りますわよ瀬名様!義元様が他の女性に目もくれなくなったって、苦情が山のように来てるんですから!」


「お前ちょっ声でかいよお前!」


 なんで隣の侍女は笑いながら俺をあいつに売り渡すんだ!?


「瀬名ちゃん、そこにいたのか〜♡うーん、乱暴な君もかわいいねぇ♡今いくよ〜♡」


「来るなァァァァァー!」


 じょ、状況を説明しよう。


 そう、数ヶ月前、俺が対面した今川義元は、割とがっしりした公家だった。


 そう、そのまんまだ。がっしりした思いっきり武家体型の、公家だった。


 そしてそいつが、俺を見るなり言ったのだ。


「近うよれ」


 お、気に入られたかな?やった!


 愚かにも当時の俺はそう思ってしまった。そして、無警戒に近くに行ったのだ。


「ふむ。噂通りの美少女ぶりだな、瀬名」


「はい。瀬名は、義元様に褒めていただいて本当に嬉しいです」


 ちょっと、ちょっとだけ、こびてしまった。


「ほう。媚の売り方を心得ているようだ。瀬名というのも、随分と可愛らしい一人称だ。以後続けよ」


 このとき!この時点で、俺はおかしいと思うべきだったのだ。気付くべきだったのだ。


 しかし、俺は愚かだった。故に、無警戒に微笑んでしまったのだ。最高に可愛らしく。


「むふ♡。あ、あー、そうだ。そなたに、新しい侍女を授けよう。すごい美人ぞ。で、有能だ」


 なぜここまで来て気が付かなかったのか。俺は当時の俺に聞きたい。そして、ぶん殴りたい。どれだけ納得できる理由であろうとボッコボコにする!


「よろしくお願いいたします、瀬名様」


 うっほおほんとに美人だった。胸はミニマムだったが。

 それにしてもどこかで見た気がするんだよなあ。いやいや、戦国時代に知り合いがいるかってんだ。


「こちらこそよろしくね。えっと、名前は?」


「瀬名様がつけてくださいませ」


 まじか!


「じゃあ、空、とかどうかな?」


 妹の名前だ。大地に空。シンプルすぎるが、まあ気に入っている。いや、この場合は過去形か?気に入っていた。


「空。いい名でございます」


 美人さんが微笑む。なかなか素晴らしかった。だから、言ってしまった。


「ふふ、それは良かったです」


 にっこり笑ってしまった。


「ンフーーー♡もう我慢できない!可愛過ぎるよ瀬名ちゃん!♡一緒になろう!一つに!」


 ヤバイヤバイヤバイ!抱きつくのかよおっさん!嫌だーーーー!


 俺はそう思った。自分のことを棚に上げんな!今ならそう思う。


「ちょっと失れーい!」


 危機を感じたその時、横からきれいな脚がとんできた。


「うふふふ、ごめんなさいね。私そういうのは健全じゃないと思うの。名ももらったんだし、御主人様の貞操は守らせてもらうわ」


 空だった。呆然としてる間に、拉致…いや、助け出された俺は、一目散に関口の館に逃げ帰った。


 それから、貞操の危機以外手を貸してくれない空のお遊びと、何よりロリコンのおっさんと、何故か俺の髪の毛を結びたがる今川館の女の子たちから、俺は日々逃げ回っているのだった。


 さて、今俺がいるのはどこかな?マップを確認しよう。

 …ふふふ、ふふふふ、ふはははははは!


 そう、俺はこの一ヶ月で完璧に今川館の地図を把握した!

 なんてったって俺は歴史の天才だからな!自称だけど!


 と、現実逃避はここまでだ。


 この先はもう行き止まりだけでーす!死んだ。


 まずいまずいぞ。俺の貞操だけは守ってくれる空は今不在だ。そして義元はこの今川館の地図を把握している。


 非常にまずい。このままでは捕まること必須だ。


 逃げろ!逃げろ!走るんだ、俺!訓練のお陰で人より体力あるだろ?


「あ、うそ…」


 い、行き止まりだ…。


 俺はヘナヘナと座り込んでしまった。


 い、いや!まだ間に合うはずだ!途中で迂回すれば、多分!


「瀬名ちゃーん♡今会いに行くからねー♡チョットマッテテー♡あ、いや、やっぱり待たなくていいよ〜♡走れ!走る君も大好きだ!」


 歴史上の人物の声だけ異様に聞き取る俺の耳が反応した。歴史の天才だからな、俺は。空の声は聞こえないのに、父さんやら母さんやら義元やらは聞こえるのだ。


 今の声…道のりで四百メートルは後ろだな。となると、百メートル十五秒で一分か。


 無理!ちょっと無理!


 俺は崩れ落ちた。


 と、目の前に誰かが。


 顔をあげると、ちょっと可愛い男の子(推定7歳くらい?)が。


「龍王丸様…」


 今川義元の息子、龍王丸。後の今川氏真だ。ちなみに、初対面である。

 なぜわかったかって?それは俺が歴史のてんさ以下略。


 すごいよね。これ、あれだわ。神からの贈り物だわ。いくら歴史の天才でも、これは流石にないからね。


 ありがとう、ないかもさん。


「君が瀬名?かわいいね。助けてあげるよ」

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