第77話 それだけの技術



 さて会場を出たところで、今話題に挙げていた、試験終わりのミライヤを探していく。選手はここの出入り口から出てくるから、ここで待っておくべきか。


 先に出た可能性もあるが、だとしたらノアリと手分けして探すか……



「お、いたいた」



 会場近くのベンチに腰掛け、とりあえず出入り口を眺めていると、奥から人影が見えてくる。それは小柄な女の子のシルエットで、それがだれであるか、考えるまでもなくわかった。



「ミライヤ!」


「……! ふ、フォン・ライオス様!? カタピル様も……」



 会場から出てきたミライヤに、声をかける。手を振る。


 呼びかけられてキョロキョロしていたミライヤが、こちらに気付いて仰天の表情。この場で、この状況で話しかけられると思わなかったんだろうな。



「見てたよ、試験」


「え?」


「すごかったじゃない」


「え、えぇ?」



 試験を見ていたことを伝える。ちなみにお世辞じゃなく、本心からすごいと思っている。


 それを受け、ミライヤはみるみる、顔が赤くなっていく。やっぱり面白い子だ。



「あ、言っておくけど、他の連中みたいに冷やかしじゃないわよ私たちは。ちゃんと応援しに来たんだから」


「お、応援……わ、私を?」


「まさかあんな芸当が見れるとは、思わなかったけどね」



 まさか自分が応援されるなんて思っても見なかったのだろう。ミライヤの顔は真っ赤なままで、目をぐるぐる回している。今にも倒れてしまいそうだ。


 まあ、試験の前にあんなことがあれば、応援されるなんて思わなくても、無理もないけどな。



「ふえぇ……」


「ほらほら落ち着いて」


「ところで……こほん。ん、んん! 私はよく見えなかったんだけど、さっきのあれ、あなたがロロリアの剣を折ったの?」



 フラフラしているミライヤに落ち着くように声をかけつつ、妙にわかりやすく咳払いをして、ノアリが口を開く。それは、先ほどの試験の内容についてのものだが……


 こいつ……ミライヤの居合いをさっきは、『まったく見えなかった』とか言っていたのに。本人を前に『よく見えなかった』とは、変に強がったな。



「あ、えっと……はい……一応」


「……へ、へー、な、なかなか、やるじゃない」



 それに対してのミライヤの答えは、イエスだ。それを受けてのノアリは平静を装いつつ、悔しそうだ、すごく。



「すごいじゃないか。あんな素早い居合い、見たことがない。あんな偉そうな貴族連中なんか目じゃないさ」



 本心から、告げる。あんな剣技は初めて見たし、俺でも初見で避けるのは難しい……無理かもしれない。


 あれは試験だったから、武器を折るに留めただけ。どのみちこの場じゃ、体に一太刀浴びせても致命傷にはならないが……それでも、なんの盾もない場所ではあの居合いは恐ろしい一太刀だ。


 そんな、俺の言葉を受けてミライヤは嬉しそうに、しかし複雑そうに表情を変えて……



「あ、ありがとうございます。……でも、それだけなんです」


「それだけ?」



 ふと、うつむくミライヤ自身から、気になる単語が出てきた。『それだけ』とは、どういうことだろう。



「私が扱える剣技は、あの居合いだけなんです。剣の腕はからっきしなんですが、居合いだけは昔から得意で。でも、扱えるのはそれだけだから……」



 ……使える剣技が、居合いだけ。それは、居合いのみを極めた……という意味合いではなさそうだ。むしろ居合いしか出来ることはなく、剣の腕は他にも劣る。だからこその『それだけ』。


 まさに、文字通りの一撃必殺。居合いを仮にも避けられれば、剣を扱えないミライヤには打つ手がない。だからこその光速の動き。


 だが、そもそもあの居合いは、居合いを放つための構えをしなければいけないわけで。



「狙いをつけられないほど動かれても、居合いを放つ前に攻撃されても打つ手なしってわけか」


「そういうことです」



 居合いに特化した……いや、居合いしか扱えない少女か。それがいいことなのか悪いことなのか、俺にはわからない。


 少なくとも、あの技術はノアリにさえも目で追うことができないほど洗練されたもの……という事実は、あるようだが。


 初見の相手ならば、まず間違いなく打ち倒すことができるだろう。だが、同じ相手に二度も通用はしない。居合いの構えをしている間に、隙だらけの体を狙われて終わりだ。


 単純に、数で囲まれても反撃の手段がない。今回は、一対一の入学試験という形がうまく働いた……ということだ。


 居合い以外の手立てがない。それが、ミライヤの悩み、か。



「なるほどね……でも、それを私たちに話してもいいの?」


「あぁ。それは言わば弱点だ、おいそれ話していいものじゃないだろう?」


「はい……ですがお二人は、その、す、素敵な方ですから。信用できます」



 ノアリのもっともな疑問に、ミライヤは即答。その純粋さに、俺もノアリもほっこりしてしまう。


 素敵な方、か……彼女の言うように信用してくれている、ということでいいんだろうな。



「す、素敵だなんて……まあ、当然のことね! よし、今後変な奴がいてもあなたのことは、私が守ってあげるから!」



 そしてノアリは、どんと自らの薄い胸を叩く。気持ちはわからんでもないが……なんて単純な奴だ。チョロすぎる。



「あ、ありがとうございます。で、でもそういうつもりじゃ……」


「いーのいーの、どんと任せなさい!」



 ま、それはそれとして……『変な奴』か。


 それは誰だと聞くほど、俺もバカじゃない。貴族主義の人間が集まった学園、その試験会場で、あんな結果を残したのだろ。平民のくせに生意気だ、と難癖付けてくる奴がいても、おかしくはない。


 ミライヤの居合いは、たとえそのからくりを見破られなくても、複数人に囲まれてしまえば無力だ。居合いという剣技である以上狙えるのはひとり……もしくは直線状に並んだ相手だけ。囲まれて四方八方から狙われれば、為す術はないのだから。


 だからこそミライヤの剣技はおいそれ人に話すものではない。信用してくれるのは嬉しいが……ちょっと、心配だなこの子。

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