第78話 昼食にて



 俺とノアリ、そしてミライヤは試験も終わったことだし、ちょうど昼食の時間だったので中庭のベンチで食事をすることに。


 この時間帯は試験も中断されているので、それなりに人もいる。当然、人の視線もあるわけで……



「おい、あそこにいるのカタピル家の令嬢じゃないか?」


「いやーんお美しい! 食事の姿も凛々しいですわ!」


「俺さっきの試験見たよ。いやあ、鮮やかだったなあ」



 と、どこにいても注目されてしまうノアリの話題でいっぱいだ。本人は、素知らぬ顔で弁当をつついているが。


 鮮やかな試験か……ま、そうだろうな。ノアリは3つの流派の中で技竜派ぎりゅうは、テクニックを主とした流派だ。その腕前は確かで、並の剣士じゃ相手にならない。



「お前、話しかけてみろよ」


「無理に決まってんだろ! こうして眺めてるだけでやっとだっての!」


「なにを食べてらっしゃるのかしら! きっとご本人の手作りに違いないわ!」



 残念、ノアリの弁当はウチのメイド、アンジーのお手製だ。ちなみに俺の弁当も、中身は同じ。


 アンジーは、ノアリがちょくちょくウチに訪れることもあってかすっかりカタピル家の両親とも仲良くなっていった。


 ……いや、始まりを思えばあの『呪病』騒ぎからか。両親は、アンジーにも感謝していたからな。それが今じゃ、ノアリの弁当を作るほどの仲だ。


 ちなみにノアリの料理の腕は……あんまり思い出したくはないな。



「で、隣にいるのは……」


「あぁ、ナーヴルズ家の長男に圧勝したフォン・ライオス様だよ」


「なんておかっこいいのかしら」


「あの試験は傑作だったぞ」



 さっきの入学試験により、俺の顔も広まったらしい。ナーヴルズ家……ガルドロは性格はアレだが剣の腕はいいものを持っていた。注目していた者が多いのもまあ当然と言える。


 そこへ、そのナーヴルズ家長男を打ち破った男が現れた。しかもそれは、『勇者』の家系の長男。集まっていた注目は人づてに、さらに広まっていった。


 おまけに、試験の内容は見ていた者にとって傑作だったようだ。ガルドロの剣をあっさり捌き、勝利を収めた……と、どこかむずがゆい内容で広まっている。


 ちなみに、試験後の首事件も、注目内容のひとつだったようだ。



「で、そんなお二方の間に座ってるのは……誰だ?」


「座ってるっていうか、挟まってる? 小動物?」


「あれじゃない? 噂の貴族ロロリアさまを倒した平民」



 さて、注目の話題は、俺とノアリだけに留まらない。俺とノアリの間に座っている、ミライヤについてもだ。


 ミライヤのことも早くも話は広まった。そりゃ、あんなに平民を見下していた貴族が、平民に負けたのだ。貴族共にとっては、かっこうのうまいネタだ。



「あのロロリア様が? 嘘でしょ?」


「私見たわよ。一瞬のことでわかんなかったんだけど、まさか平民に負けるなんてショックよ。失望したわ」


「いや、それならなんか変な小細工でもしたんじゃないか? 平民だぜ?」



 ……あいつら、こっちに聞こえることに気付いていないのか? どっちにしろ、迂闊すぎる。


 小細工だのなんだのと……平民を認めたくないのか知らないが、難癖付けやがって。おかげでミライヤはうつむいたままぶつぶつと何事か呟きご飯を食べようとしないし、ノアリに至っては野次馬に飛びかかりそうだ。



「ミライヤ、気にするな。あれはキミの実力だからな、わからん奴には言わせておけばいい」



 これで慰めになるかわからないが、なにも言わないよりマシだろう。大丈夫、遠巻きになにか言ってくる連中でも、直接来はしないだろう。俺とノアリがいるんだ。


 だからミライヤ、そんなに落ち込まないでいいんだ……



「ミライヤ、気持ちはわかる……なんて軽々と言いはしないが、あいつらのことなんて気にせずに……」


「……です……」


「ん?」


「お、お、お二人と、し、食事、なんて……もう、お腹、いっぱいで……」


「……」



 あれー……落ち込んでうつむいていたんじゃないの?


 もしかして、俺とノアリに挟まれて緊張していた……だけ?



「ミライヤ、ミライヤさーん?」


「……ぅえ! は、はい!?」


「大丈夫?」


「はい! んなんの問題も、ん、あ、ありませんのよ!」



 ダメだ、完全にイカレてしまっている。


 というか、こんな緊張しっぱなしってことは……もしかして、野次馬の台詞聞いてなかったのか? それはよかった……んだろうが。



「ミライヤ、落ち着いて。私たちに遠慮することないんだから」


「は、はい」



 さすがはノアリだ、ミライヤの緊張を解きほぐすように、明るく話しかけている。やっぱり、こういうのは女の子同士の方がいいのだろう。



「あら、ミライヤのお弁当おいしそうね! これ、お母様が作ってくれたの?」


「い、いえ……これは、自分で作りました。私、料理は好きなので」


「……へ、へぇ」



 ミライヤの弁当箱を覗き込む。ほほぉ、見るからにふわふわな卵焼きに、衣がサクサクそうな唐揚げ……弁当の定番のおかずだが、シンプルでありながらどれもおいしそうだ。


 これは、アンジーの弁当にも見劣りしない。


 一方ノアリは、苦笑いを浮かべている。きっと、同じくらいの年の子がこんな素敵な手料理作ってるから、言葉を失ったんだろうな。



「お二人は……とてもおいしそうです! でも、お二人とも具が同じ……もしかして、お二人はお付き合いを!?」


「ぶふ!」



 俺とノアリの弁当を見比べ、ミライヤは驚いたように口元を押さえる。その瞳はなぜかキラキラしている。その言葉は予想していなかったのか、ノアリは飲みかけのお茶を吹き出す。あーあー、はしたない。


 弁当の中身が同じ……まあそれくらい勘ぐられても仕方ないか。同じ中身でも、昼食時誰に見せるわけでもないし、と油断していたな。



「つ、つ、付きっ……そそ、そんなわけ、ないじゃない!」


「え、でも……」


「ないない! 私とこいつは……」


「あぁ、ただの幼なじみ。弁当の中身が同じなのは、家が近いからメイドが2人分を一緒に作ってくれたからだよ」



 慌てるノアリとは対照的に、俺は冷静に言葉を選ぶ。これ以上しゃべらせたら、なんか地雷を踏みそうだったしな。


 その説明を聞き、ミライヤは納得した様子。だが、途端にノアリは黙り込む。



「ノアリ? どうかしたか」


「知らないっ」



 ぷいっと顔を背けるノアリ。はて、どうしたというのだろうか。ミライヤはミライヤで、オロオロしている。


 ノアリは幼なじみだ、別に変なことは言っていないんだがな……大切な、な。

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