第73話 剣と剣



 試験開始。直後、ガルドロは俺に向かって走り出す。その足には迷いがなく、俺しか見えていないようだ。


 これまで話した雰囲気から、ガルドロは気が長い方ではない。しかも、名に自信を持っているということはそこを突っつけば、気持ちは簡単に崩れる。


 さっきの言葉は、挑発だ。実際、ガルドロは相当な使い手……さっきのいざこざでは、俺をなめていたおかげで簡単に見切ることが出来ただけだ。


 なので、今回も同様のことをする。さっき俺が剣を掴んで見せたこと、俺がフォン・ライオスであること……俺をもう、なめてはかからないだろう。ならば、怒りでその冷静さを上回ってやればいい。



「らぁ!」



 射程範囲に入ったガルドロが、剣を振り下ろす。俺はそれを、一歩左に移動するだけでかわす。


 この試合では、もちろん殺しは禁止だ。これは入学試験なのだからな。なのにガルドロがこうも思い切った行動をとってくる理由は一つ。


 怒りで我を忘れているから……ではない。この会場全体には、結界というものが張ってある。それは、結界の中にいる者は一定以上の傷を負わないというもの。単純な話、死ぬほどの攻撃を受けても結界がダメージを防ぐ、ということだ。試合で死人が出るのはよろしくないからな。



「く、そぉ!」


「よ、ほっ」



 ガルドロの剣撃を避ける、避ける、避ける。やはり結界があるから、躊躇がない。


 この結界は、魔法によるものだ。そして魔法を使えるのは、エルフしかいない。この学園には、エルフの教員がいるということだ。学園にエルフがいて、勉強を教えている……この学園は、人種間の問題にも足を踏み入れている。



「こ、の! 当たらねえ、おら!」


「頭に血が上り過ぎだ。そんなんじゃ、当たるものも当たらないよ」


「うるせえ!」



 どうやら、怒りに完全に呑まれているだけではないようだ。もしそうなら、剣筋はもっとめちゃくちゃになっているはず。そうでないってことは、怒りを乗せつつ理性を残している。


 そう、これは試合でもあるが……入学の試験だ。勝ち負けが問題ではない。この学院に入学し、その後の評価のためにも勝つ以上に実力を見せる必要がある。


 ふむ……さっきのように、また剣を掴むのは簡単だが……それではあまり面白みがない。それに、あくまで剣の腕を持って相手を下さないと実力は測れないし。避けているだけというのは、もってのほかだ。



「もらったぁ!」



 足をとまた俺に隙ができたと思い込んだガルドロは、鋭い一撃を振り下ろす。このまま、防戦一方のまま負ければ入学なんてできない。


 誰の目にも明らかな、腕の差を見せるには……これだ。



 キィンッ……!



「なっ……」



 その鋭い一振りを、剣で受け止めること。



「なん、だと……ただの、模造剣に……!」


「確かにこいつは、模造剣……ただの、普通の剣だ。ランクはあんたの名剣に比べたらかなり下がるし、模造剣同士には上も下もない」



 そう、試験の際に渡されたのは、どこにでもあるような剣。ガルドロの持っている名剣なんかとは、そもそも格が違うだろう。


 だが、そんなもの問題ではない。相手が名剣だろうが、どんな使い手だろうが……俺が殺すべき男は、もっと高みにいるのだから。



「こんなところで、足踏みしてられないんだ」


「なに言って……うおっ」



 受け止めていた剣を受け流し、ガルドロの体勢を崩す。力を入れていたから、比較的簡単にバランスを崩すことが出来た。


 そこから俺は、反撃に移る。斬る、というよりは突きの姿勢で剣を打っていく。



「くっ、ぬ……くそ!」



 それを、ひとつひとつガルドロは捌いていく。受け止め、受け流し……なるほど、威勢だけじゃないってことか。手は抜いていないし、これをすべて捌けるってことはガルドロの実力はやはり高い。


 が、捌くので手一杯といった感じか。なら……



「そこ!」


「なっ……」



 突きを受け止めたガルドロの剣を、弾き飛ばす。意識はすでに防御に徹していたし、少し手を加えてやれば得物を弾くのは容易い。ガルドロの流派はガチガチの功竜派こうりゅうは、防御や細かい動作が得意ではないのだ。


 そのまま俺は、剣の切っ先をガルドロの喉元へと突き付ける。



「どうだ、まだやるか?」


「……! ……く、まい……った……」


『試験終了!』



 試験終了の声。それに伴い、会場は湧く。ほとんどの者は、勝者はガルドロだと思っていたんじゃないだろうか。


 あの後ノアリに聞いたが、ガルドロは家柄が立派なだけではなく、俺が感じたように相当な実力者だったらしい。度々開かれる剣術大会で、他を圧倒していたとか。


 対して俺は、名前こそでかいがガルドロのような、知名度はない。だから、一般の予想はガルドロの勝利だと思っていたのではないだろうか。



「く、そ……認めねえ、俺は認めねえぞ。フォン・ライオスの家の血筋で強いってだけのことだろ……ま、親が『勇者』なら当然か」


「……!」



 会場では次の試験が始まるため、背を向け早々に立ち去る……そのつもりだったが、去り際に聞こえたガルドロの台詞に、思わず足を止める。それが、負け惜しみ以外の何物でもないと知りながら。


 こいつはつまり、こう言ったのだ。俺の剣の腕は、なんの努力もしていない、ただ血筋に恵まれただけのものだと。冗談じゃない、俺が今までどれだけ、血のにじむ努力をしてきたと思ってる。


 それを、ただ血筋の一言で済ませるのか。なにより…



「な、なんだよ……」


「俺を、あの男の子供だからって理解されるのは、とんでもない侮辱だ」



 俺はあの男を殺すために、剣を握ってきた。あの男を殺すために、騎士となって実力をつける道を選んだ。それを、なにも知らない奴が……! ただでさえ、あの男が父親であるという事実にうんざりしているのに。


 気づけば俺は、ガルドロの前へと戻り、剣を振るっていた。首を落とす勢いで……いや、首を落とすつもりで。



「……ひっ!?」



 ガルドロの首が、落ちる……はずだった、本来は。しかし、この会場に張られた結界のおかげで、致命傷となり得る攻撃は打ち消される。首を落とす一太刀も、首は繋がったままだ。


 まあ……首が斬られる、その恐怖は、本人ガルドロに刻み込まれただろうが。



『な、なにをしているのです! 早く退場しなさい!』



 その行為を見た客席は動揺に湧き、司会の声も慌てたようなものだ。鼻を鳴らして、俺はその場を後にした。

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