第71話 似ている子



 表情がコロコロ変わるミライヤは、なかなか面白い。見ていて飽きないタイプかもしれない。



「いや、大丈夫大丈夫。取って食べたりしないから」


「あ、あわわわわわ……!」



 うーむ……なんとも絶妙な反応を見せてくれるな。自分を助けてくれたのだから悪い人ではない、だけど話しかけるのさえためらわれる……心境は、そんな具合か。


 気にするなと言っても、難しいだろうしなぁ。……まあいいか。彼女とはたまたま会っただけだし、同じ学園に通うかもしれないとはいえ、あまりお世話を焼きすぎるのもかえって気を遣わせてしまう。


 なにより、これ以上俺がここにいるだけでミライヤはどうにかなってしまいそうだ。



「そろそろ、入学試験の時間だ。遅れないようにしなよ?」



 向かう先は一緒だ、このまま一緒に行くのがいいとは思うし、安全だが……それすらも拒否しそうな勢いだ。嫌われているというより、名前の大きさに圧倒されている。


 悪い気はしない。それは、名前の優越感ではなく俺も同じ経験があるからだ。生前、平民だった俺は貴族たちの顔色ばかりうかがっていたし。だから彼女を責めやしない。


 そんなわけで、俺は背を向けて歩き出す。ただし、足をゆっくりと進めて。彼女の方からできれば歩み寄ってもらいたい。



「あ……」



 小さく、彼女の声が聞こえた気がした。だが、その先は続かない。代わりに……後ろから、着いてきている。気配がわかる。


 別にいいんだがな。俺の隣で並んで歩くのは緊張する、しかしひとり取り残されるのは不安……そう考えた結果が、これというわけだろう。


 俺は構わないが、さすがに後ろに着いてこられるというのは落ち着かない。そのまま並んでくれないかな。



「ヤーク、やっと見つけた!」


「ん?」



 来た道を戻っていると、そこにはノアリがいた。こっちに向かってきている。先に試験会場に行ってろと言ったのに、こんなところでなにをしてるんだ。



「あ、ノアリ」


「あ、じゃないわよ、あ、じゃ!」


「んん……なんでここにいるんだ。もう先に行ってるものと思ってたぞ」


「そ、それは……ひとりじゃ迷うかもと思ったから、捜してあげてたのよ。それに、こっちからたくさんの貴族が来たし、なにかあったのかと……」



 たくさんの貴族……あぁ、さっき睨みつけて追い払った奴らか。


 なるほど。俺が向かっていったその方向から、たくさんの貴族が来たのだから、なにかあったのかと妙に思うのも当然か。



「悪い悪い、心配かけたな」


「しっ……心配なんか、してないわよ勘違いしないでよね。……それより、後ろの子はなに?」



 ……驚くくらいに早口だな……しかも、追及されないようにわかりやすく話題転換しやがった。まあいいが。


 俺の後ろの子……後ろを着いてきていた、ミライヤのことだ。彼女は、俺が足を止めたことで同じく足を止めている。さらに、俺たちのやり取りをおどおどした様子で見て、困っている様子だ。


 ま、それも当然か。



「おい、そんな睨んでやるなよ、かわいそうだろ」


「睨んでないわよ。……大きいわね」



 なぜかノアリが、ミライヤのことを睨んでいた。めちゃくちゃ睨んでいた。本人は睨んでないと言っているが、これを睨んでないとするのは、さすがに嘘だろう。でも本人は睨んでいないらしい。目付きの問題か?


 しかも、なんか目線が顔よりも下に向いている。どこ見てるんだお前。


 彼女は先ほどの件で、貴族に対しての恐怖心が生まれたはずだ。そこに、貴族のお嬢様から睨みつけられるなど……仕方ない。ここは俺がフォローするとしよう。



「彼女は……」


「ねえ、あなた」


「ひゃ!」


「おい!?」



 いつの間にか、ノアリは俺の横を抜けてミライヤの前へと立っていた。おいおい、なにをする気だお前は!



「……あなた、平民?」


「……は、はい」


「ふーん」



 見た目からだろうか、ミライヤを平民だと見抜くノアリ。あいつ、平民だからってさっきの貴族(ナーヴルズ)みたいに見下すつもりじゃないだろうな。


 こいつはそんなことはしない……と思いたいが、自信がない。最近のこいつは妙に高飛車で、それでいて平民と接しているところなんて見たことがないし。


 もしも、あいつに平民を見下す面があるとしたら……



「……そう。せいぜい頑張りなさい」


「お……」



 そんなノアリがかけたのは、見下しの言葉ではなく激励だった。しかも、ミライヤの肩を軽く叩いて。


 へえ、予想していなかったわけではないが、意外でもあったな。


 ノアリは先ほどなにがあったか知らない。それでも、貴族主義が少なくない人間がいる中で、ミライヤのような平民が来れば……どんな対応をされるかは、予想がつく。今のは、そんな奴らに負けるなという激励だろうか。



「え、あ、あ、ありがとう、ござ、います!」



 なにを言われたのかわかっていない様子だったミライヤだが、ハッとした様子で頭を下げる。まさか自分が貴族に激励をされるなんて、予想していなかったのだろう。



「さ、行きましょ。もう試験が始まる……」


「あ、あの!」


「え、私?」


「あの、その……カタピル家のご令嬢、ですか?」


「えぇ、そうだけど……」



 呼び止められたノアリは、小さくうなずく。すると、先ほどまでおどおどしていたミライヤが……



「わぁー!」



 と目を輝かせ始めた。その様子に、今度はノアリが困惑している。ついでに俺も困惑している。



「か、感激です! カタピル様と、お会いできるなんて!」


「え、あぁ……そう?」



 ……ふぅむ。カタピル家は貴族の中でも、一目置かれる存在。平民であるミライヤが知っていてもおかしくはない。しかもノアリは、俺とは違い小さい頃からよくカタピル家の長女として顔を出していた。周囲への認知は大きい。


 逆に俺は、そういったことはしてこなかったから顔だけではあまり認知されない。


 そのカタピル家と並ぶのが、ナーヴルズ家なのだが……まあ、仮に知っていてもあんな対応をされては、今のノアリに向ける尊敬のような念は抱けないか。


 別にいいんだけど、俺の時より喜んでないか。



「ま、まさか入学するより前から、カタピル様と、そしてフォン・ライオス様とお会いでき、お話まで……わ、私今日、死ぬのかしら……」


「大袈裟ねえ」



 ミライヤが抱くのは、まさしく尊敬の念だ。自分がそれを向けられることが、これまでなかったといえば嘘になるが、こうも間近で、直球に向けられるとは。


 なんともむず痒いものだ。



「貴族って、ホントはみんな怖い人ばかりだと思ってたんですけど……こんな、優しくしてもらって、嬉しいです……」


「……なにがあったのよ」



 もはや感涙すらしそうなミライヤの様子に、ノアリが小声で問いかけてくる。まあ、気になるだろうけど……



「ま、追々な。それより、早く行こう」



 話すには少々厄介な問題だし、そう悠長にしている時間もない。時間に遅れて試験を受けられなくなったとあっては、目も当てられない。


 そろそろ本当に時間もないし、急がないとな。



「さ、ミライヤも」


「は、はい!」



 ゆっくりと、小さくなりがちになりながらうなずく。先ほどと同じく、後ろを着いてくるのは変わらないが。


 そんなノアリが、誰かに似ていると思っていたが……そうか、思い出した。ミライヤが誰かに似てる……それは、ノアリだ。もちろん、今のではなく、会った頃の……子供の頃の、ノアリと似ている。


 ノアリは今でこそ活発な性格になったが、昔はおとなしめだったからな。だから、懐かしい感じがしていたのか。

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