第70話 面白い子
これまで10年以上、鍛練してきた。先生の指導の下、時にはひとりで、時にはキャーシュに教えながら自分の弱いところを自分で探し、時にはノアリに練習相手になってもらって。
そうした生活を送ってきたからか、こうして向かい合うと、相手の力量がわかるようになっていた。ガルドロは確かに強いのが伝わる。だが、恐れることはない。
たとえ俺が丸腰であっても。
「今なら、額を地面に擦りつけながら謝れば、許してやらんこともないぞ!」
「うるさいと言っているんだ、バカ」
「……!」
ぶちん、となにかが切れるような音がする。だがそれは気がするだけで、実際に切れてはいない。はずだ。多分。
剣を振りかぶり、ガルドロが走って向かってくる。その動きに迷いはなく、完全に俺を斬るつもりのようだ。由緒ある騎士学園で剣を抜いたどころか流血沙汰など起こせば、もはや入学どうこうの話ではない。
動きは直情的。これを避けるのは簡単だ。だがそうすると、背後で腰を抜かしている彼女に被害が及ぶ。俺は丸腰。……となれば……
「よっ……」
「っ、な、に……!?」
俺が起こした行動に、ガルドロは目を見開いて驚いている。いや、ガルドロだけではない。周囲の見学者も同様に驚いている。
俺がしたこと……それは、ガルドロが俺に向かって振り下ろした剣に手を伸ばし、受け止めただけだ。片手で。手のひらを切らないように刀身を掴み、この身を傷つける前に動きを止めた。
「ば、バカな。こんなことが……」
これは簡単な行為ではない。今の剣の動きはわかりやすいほどにまっすぐで、軌道を読めたからできた……それだけのこと。動体視力も、鍛えておいて良かった。
少し手を加えられれば、また別の方法で避けるしかなかっただろう。
「くそっ……はなれ、ねえ……!」
「握力、鍛えてるんでね」
どんな重たい剣でも握れるように、簡単に振れるように、鍛えてきたのだ。すべてはあの男を殺すために。
鍛錬をした。先生がいた。
「このまま大切な剣を折られるか、この場からおとなしく去るか選べ」
「……くっ」
俺の言葉が、本気だと悟ったのだろう。それができるということも。いくら怒りに呑まれていたとはいえ、大切な剣を折られたくはなかったらしい。
ガルドロの手から力が抜ける。それを感じ取り、俺は手を離した。
……手を離した瞬間にまた襲い掛かってくる、というバカな真似はさすがにしなかったか。それをされれば、遠慮なく剣を折っていた。
「っ、行くぞ!」
ガルドロは、弟に声をかけこの場を去っていく。最後に俺をひと睨みしていったことから、今度会ったらちょっかいをかけられそうだ。面倒だな。
ああいう格下に偉そうな手合いは、格上にはめっぽう弱い。俺が『フォン』・ライオスの人間だと明かせばすぐにでも去っていっただろうが……それはそれで、面白くない。
いつかバレるにしろ、名前で脅すより、実力を見せてやった方が爽快だ。
せっかく転生したんだ、何事も楽しまないとな。
……さて、と。
「お前らも去れ。言っておくが、見ていただけのお前らも俺にとっては同罪だからな」
周囲の野次馬に睨みを利かせると、蜘蛛の子を散らすように去っていく。一連の流れを見て、俺と関わるまいと思ったのか。
まあ、一見すると『ナーヴルズ家の長男に食って掛かり平民を助けたイカレ野郎』みたいな感じなんだろうな。別にその通りだけど。
……ていうか、あれだけの人数がいてひとりも、俺がフォン・ライオスの人間と気づかなかったのか。ノアリほど顔が広くないとはいえ、さすがにちょっとショックだぞ。さっきは一応気づかれたのに。
「……で、キミは大丈夫?」
「は、はい!」
振り向き、今の今まで腰を抜かしていた彼女に問う。驚いてるな、まあ当然か。
一応、起き上がらせるために手を差し出す。彼女は手を取るか迷っていたが、一連の流れを見てか、恐る恐るといった形で手を取ってくれる。とりあえず、俺を味方と認識してくれたようだ。
「あの……ありがとう、ござい、ます……」
「うん」
立ち上がった彼女は、俺と目を合わせようとしない。それは俺が怖いというよりも、『平民』と『貴族』の違いゆえの問題があるように見えた。
ま、さっきまであんなことがあったんだ。仕方ないと言えば仕方ない。それはそれとして、彼女の仕草はなんだか見覚えがあるような……
「あぁ、こんなに汚れちゃって。はいこれ、使って」
「! い、いけません! 貴族様のハンカチが、汚れてしまいます!」
「元々汚れるものだよ、こういうものは」
彼女の顔や服、銀色に近い白い髪は泥で汚れ血もかすかににじんでいた。俺が乱入した時点で、すでにこの状態だったのだ……仕方ないとはいえ、もう少し早く来ていれば結果は違っていたかもしれない。
差し出したハンカチをなかなか受け取らない彼女の手に、無理やりそれを握らせる。
「はぁう……」
「貴族とか平民とか、俺には気を遣うことないから」
彼女の気持ちが、俺にはよくわかる。生前平民でありながら魔王の討伐に選ばれた俺は、当時貴族だったヴァルゴスには接し方がわからなくて悩んだものだ。実は貴族でありエルフでもあったエーネも、だ。
だがヴァルゴスは、その屈強な体強面な顔に似合わず、平民である俺たちによくしてくれた。その気持ちが、嬉しかった。
……なのに……
「なんで、最期は……」
「え?」
「! あ、なんでもないよ」
いかんいかん、今はあんなこと思い出してる場合じゃない。なんで、優しかったヴァルゴスが俺を見殺しにしたのか……それはこの場では関係のないことだ。
「こほん。平民だからって、遠慮することないよ。あいつらは偉くもなんともない。貴族って胡坐(あぐら)をかいてるだけなんだから。それより、勇気を出してここにいるキミの方が余程尊敬できるよ。えっと……」
「あ、ミライヤ、です。その……貴方様、は」
「そんな堅苦しくなくていいよ。俺はヤークワード・フォン・ライオス。親しい人にはヤークって呼ばれてるし、そう呼んでくれていいよ」
「……はぁ」
互いに自己紹介。しかし、俺の名前を告げた途端、彼女はまるでめまいでも起こしたかのように体を揺らす。なんとか踏みとどまったようだが、目玉が上下左右に泳いでいる。
「き、きき、貴族様、よりも……!」
「あー……」
……そういうことか。ミライヤは貴族と平民の差を気にしている。ただでさえ貴族相手に低姿勢なのだ、そこに、貴族よりも立場が上の
顔が青くなるって表現を耳にはするが、初めて見たな。なかなか面白い子だ。
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