第69話 七光りのバカ
女の子がひとり囲まれ、その先頭に立っているのが2人の男。というか、周囲は文字通り囲んでいるだけ……2人の男がやっていることを、黙って見ているだけだ。
こんな大人数が、自分たちが貴族だからと平民である女の子ひとりを囲む……なんて馬鹿馬鹿しく、そして大人げない光景だろうか。
「なんだお前は、邪魔すんなよ」
「はぁ……もう一回言うぞ。恥ずかしくないのか、平民だなんだと相手を見下して、下品に笑いやがって」
「あぁ?」
大柄の男は、見た目通り短気っぽいな。自分の行動を邪魔されたせいだろうか……額にすでに、怒りのマークが浮かんでいる。
「はっ、俺様を誰だか知ってるのかよ! ガルドロ・ナーヴルズ様だ! 貴族の中でも偉い……平民なんざ、視界に入るだけでも目障りなんだよ!」
「はぁ……」
……なんともまあ、わかりやすい小悪党のイメージ通りだろうか。呆れるを通り越して笑えてくるな。貴族という衣が、自分の力だと勘違いしている。
「平民だろうと貴族だろうと、この学園には関係ないはずだが?」
「はっ、確かにそういう決まりはないが、俺は身分をわきまえろって言ったんだ。ここは由緒正しき騎士学園だ、身なりも汚ならしい、貧乏人が来るようなとこじゃねぇよ! 自分の剣を持っていないのも、どうせ貧乏だからだろうが!」
と、ガルドロは己の腰を指す。彼の腰には、一本の剣が収まっている。いや、彼だけではない。この場にいる入学希望者、ほぼ全員が帯刀している。
この騎士学園には、自前の剣を持ってこなければいけない……という決まりはない。むしろ剣は学園から貸してもらえるし、認められればそれを手に入れることだってできる。
だがほとんどの者は、自前の剣を持っている。その理由は単純明快、手に馴染んだ剣でこそ己の実力が発揮されると信じているからだ。なんであれ、長年苦楽を共にしたものであれば自分の力を思う存分発揮できる。
だがそれは……
「裏を返せば、愛用の剣しか扱える自信のない腰抜け……弱虫ってことだろ」
「……なんだと?」
少し、挑発気味に言う。思った通り、面白いくらいに反応するな。
確かにガルドロの言うとおり、後ろの彼女は剣を買う金もないのだろう。それはそうだ、剣は名刀と呼ばれるものになればなるほど、相場も高くなる。よほどのなまくらでもない限り、剣は平民には手が届かない代物だ。
彼女の服装を見るに、よほどのなまくらすら買えないほどの家なのは想像できる。それでも、ガルドロの言う汚ならしい格好、というほどでもない。
ガルドロの言葉は半分正解で、しかし半分不正解だ。
「剣を持たないのは他にもいる、俺もそうだ。帯刀なんてのはただ、自分の力を誇示したいだけだ。剣がなかろうが身なりが汚かろうが、貧乏だろうが……勇気を出してこの場に来た彼女の方が、お前らよりよほど強いよ」
「てめえ……!」
……おっと、少し強く煽りすぎたか。ガルドロだけでなく、周囲の奴らも殺気だち始めたな。
けど、俺は引かない。平民だからと馬鹿にされ、貧乏だと罵られ……そんな思いをする者を、黙って見てはいられない。自分がされたことだから、今彼女がどんな気持ちか、わかる。
……いや、自分で言った通りだな。こんなところに、彼女は勇気を出して来た。俺よりも、強い。
「さっきから聞いてりゃ、ずいぶんなめた口聞いてくれるじゃねぇか。俺はナーヴルズ家のガルドロ様だぞ、あぁ!?」
「さっきも聞いたし。そんなん知るか、弱虫」
「……っ!」
小馬鹿にしたように小さく笑う。するとガルドロは、腰に差した剣を抜く。剣を持たない丸腰の相手に対しての抜刀は、騎士として恥ずべき行為だと入学希望者なら誰もが周知のはずだが……それが頭から抜け落ちるくらい、キテいるらしいな。
後ろの女の子に対して抜刀しなかったのは、あくまで弱い者いじめという遊びのつもりであったからか。それとも、丸腰の平民相手に剣を抜くプライドが、というものがあったのか。
殺気だっていた他の者も、抜刀を見てはざわめきが大きくなる。この事実が学園側の教師の耳にでも入れば、ガルドロへの処罰は免れないだろう。入学の挑戦権すら貰えまい。
「あ、兄貴、それはヤバイっすよ……」
「うるせえ!」
隣にいた細身の男……ガルドロの弟か。そいつが、ガルドロへ静止をかけるが、ガルドロは聞く耳を持たない。目は血走り、鼻息も荒い。
ナーヴルズ家が偉いのは知っているし、その家の長男である事実は相当なプレッシャーと誇りをガルドロに与えていたのだろう……しかし、それが重荷となり己の力だと勘違いし、七光りの馬鹿になったということか。
貴族ってやつは、自分が貴族であることに誇りを持っている。それはいい。が、ガルドロのようにただその家に生まれただけで自分も偉いと錯覚するのは、筋違いだ。
それは親の、先祖の功績であり、お前の功績ではない。そういう馬鹿を見ていると、イライラする。俺は俺で、あいつが親でそのせいで周りからちやほやされる……それだけでも、腹立たしいのに。
「あ、あの……」
「心配しないで、後ろにいて」
後ろの少女が心配そうに声をかけてくるが、心配には及ばない。それは強がりではなく、本気でだ。
相手が抜刀しようが、殺意を向けてこようが……不思議と俺は、落ち着いている。こんな柄が悪いだけの小僧、先生やアンジー、クルドに比べてみれば……恐れる必要など、なにもない。
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