第68話 平民
学園の大門から敷地内に入り、中庭を歩く。やはりそれなりに名のある学園なだけあって、敷地はかなり広い。中庭を、外門から学園玄関の入り口まで歩くだけで、一苦労だ。
学園には寮があり、希望者はそこに住むことができる。わざわざ遠い距離を行き来するのは大変だから、寮住まいになる者は多いそうだ。俺は、そんなに離れているわけでもないからまだ決めてはいないが……
単純に、寮に住めば同じく寮に住むメンバーと仲良くなれる。それに、敷地は広いとはいえさすがにひとり一部屋なんてことはなく、最低でも2人以上のルームシェア。学友として、仲を深めるには願ったりな環境というわけだ。
もちろん、寮住まいになれば基本学園内の生活になる。休日くらいしか実家帰りはできないし、外に出るには申請が必要らしい。両親はともかくとして、果たしてキャーシュと離ればなれになって耐えられるかどうか……
「ヤークってさ、結構ブラコンだよね」
「なんだ藪から棒に。勝手に決めつけるな。それと人の心を読むな」
「いや、キャーシュくんのこと考えてるときそういう顔してるんだもん。それに、その発言自体がキャーシュくんのこと考えてたって認めてる矛盾に気づこう」
そういう顔、とはどういう顔か。自分ではわからないが……なるほど、俺がキャーシュのこと考えてるの、ノアリにはお見通しってわけか。
さて、学園の中まで、もう少しといったところで……妙な気配がした。そして、かすかに声も。俺は耳がいいのが自慢なんだ。
騒いでいる、というよりも、これは……入学試験まで時間もないが、ほっとけないか。
「あ、ちょっとヤーク!?」
「悪いノアリ、先に行っててくれ!」
その場にノアリを残し、俺は走り出す。後ろでギャーギャー言っているが、文句なら後で聞こう。今は、こっちが先決だ。
少し走り、先からはっきりとした声が聞こえてくる。これは……さっき直接浴びた、野次馬の声と同じもの。だが、その中身はまったく異なるものだ。
さっきのが、尊敬や黄色い声といった正の感情であるなら、こっちのは負の……
「ちょっ、どいてくれ!」
人が集まっている。野次馬をかき分け、その向こう側へ。そこには……
「おいおい、平民がこんなところでなにやってんだ?」
「身分の違いもわからねぇのかぁ平民ってのはぁ」
なにかを囲うように集まっていた野次馬、そしてその中心にいたのは2人の男。ひとりは大柄、ひとりは小柄……そして、その向かい側に女の子が座り込んでいる。いや、倒れ込んでいると表現するべきか。突き飛ばされでもしたのか。
彼女はうつむき、震えている。『平民』と、そう罵られながら。
「で、でも、ここは平民とか、貴族とか、そんなの関係、なしに……」
顔を上げた少女の瞳には、涙が溜まっていた。それでも、強い意志を感じさせる。まだ心は折れていないって感じだ。
おそらく……いや間違いなく彼女は、平民だ。それを、周囲の貴族たちにからかわれている。からかうとか、そんな優しいレベルではないとは思うが。
貴族は平民を見下す傾向にある。これはその最たるもの、という現場だ。貴族が見下す平民が、こんなところに来るべきではない……と主張し、下品な笑みを浮かべている。だが、対する彼女の言うことは正しい。
この騎士学園は、騎士を目指す者が集まる学園。そこに、貴族も平民も身分の差は関係ない。貴族であろうと平民であろうと、誰もが平等にここにいる資格を持っている。必要なのは、地位ではなく入学試験に合格する実力のみ。
なので彼女が虐げられるのは、間違っている。ここは騎士学園であり、貴族学園ではないのだ。そもそも平民であることが、虐げられることとイコールしない。平民から『勇者』が生まれたのは、周知の事実だからだ。あの件以来、平民に対する風向きは変わった……少なくとも表向きは。
偉大な功績がありながら、それでも平民を見下す。それは……貴族が、そういう生き物だからだろう。前例があるから表立って罵倒はしないが、隠れたところではこうやって平民を見下している。自分が偉い、格上だと、自他共に認めさせないと気が済まないのだろう。
「関係ねぇよ! 平民なんかがここに来ることがそもそもの間違いだって言ってんだ!」
「平民の! それも女が騎士になれるわきゃねぇだろ! 帰んな!」
……今の男の発言、少し空気がピリついたな。女が、というところ……この場にも、女性の騎士学園入学希望者はいる。彼女らのものだ。
それでも、誰もなにも言わないのは……みんな、あの2人みたいに表立って言わないだけで、心の中では平民を見下しているからか。
それに……
「だ、誰か止めろよ」
「無理だよ、知ってるだろ。あいつらナーヴルズ家の兄弟だ、逆らえねえよ」
……やはりそうか。あの2人は、貴族の中でも頭ひとつ抜きん出た、ナーヴルズ家という家の人間だ。あんなり貴族社会に詳しくはない俺でも、聞いたことがある。
貴族の中にも家柄の差があるのはノアリと接していてわかっていたが、実際に見てみると正しいらしい。
平民を見下して、その先頭に立っているのが貴族の中でも上位の家ともなれば……なるほど、お偉い坊っちゃん嬢ちゃんはなにも言えないってわけか。ったく、くだらない。
「平民風情が! 平民は平民らしく分をわきまえろ!」
……平民、か。
『平民が人類の希望? マジかよ』
『こりゃいよいよ終わりかもな』
『平民が3人に、エルフまでいやがる。平民は平民らしくおとなしくしてろっての』
……俺も、いや俺たちも似たようなことがあったな。平民でありながら魔王討伐のメンバーに選ばれ、自分から志願したわけでもないのに心ない言葉を浴びせられる。
もっとも、俺の記憶では、それが最後だ。魔王を討った後は平民に対する当たりも変わったと聞いたが、見てきた訳じゃない。その時には、俺はもう死んでいたのだから。
転生してからも、平民と関わる機会なんてなかったし。そもそも、ゲルド王国に住んでいる平民はいるが、中心街にいない者が多数だ。この王国かなり広いし、中心街かそうでないかだけでかなり遠いんだよな。
「わ、私は……り、立派な、騎士になって……それで……」
「へへ、なに言ってんだか聞こえねーな。もっとでかい声で言ってもらわねぇとなぁ」
「じゃあ失礼して……恥ずかしくないのか、お前ら」
「あ?」
やれやれ、あんまり目立ちたくなかったんだけどな。けど、この子の事情が他人事とは思えなかった。平民と罵られる、この子が。
人の輪をかいて、前へ。女の子を守るように、男たちの前に立つ。
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