第4章 騎士学園での騒動

第67話 入学の決意から



 ……騎士学園に入学する。その決意の日から、8年後の今。俺は16歳になっていた。


 この年月の間、剣の腕を磨く以外にも、いろいろと調べ物をした。騎士学園……その名の通り、騎士を目指す者が集う学園だ。魔王を討った世の中、そうそう危険なことというのはない。だが、やはり国という組織である以上、国を警護する、国のために働くといった者は存在し、それを騎士という。


 それに騎士というのは、栄誉を与えられた者のこと……つまりは称号だ。『勇者』もそのひとつ。称号が与えられれば、国からの扱いも大きく変わる。


 そうでなくても、特に貴族ってやつはそういう称号とかってものが大好きな生き物だ。好き好んで、国のために働くとは恐れ入る。ここにいる俺も周りからは、同じように見られているんだろうが……


 しかし、真の目的は別のところにある。騎士学院で剣の腕を磨き、あいつを殺すこと……



「ひゃー、やっぱり人多いわね。さすがは由緒正しき騎士学園!」



 隣で、学園を見上げ目を輝かせているのは……14歳となったノアリだ。あのかわいらしかった少女は、今やこんなに立派に成長した。当時、肩まで伸ばしていた赤に近い黄色い髪は腰まで伸びており、黄色い瞳はさらに輝きを増した。


 大人び、整った顔立ち、すらっとした体つき……一部は同年代と比べて小さいところがあるが、それを引いても美しい見た目だと思う。それに、正直、初めて会ったときとはずいぶん印象が変わった。


 容姿端麗なのは元々だとして、問題はその中身だ。まさか、あのおとなしい女の子がこんな活発になるとは。……いや、元々そういう資質はあったんだ。



「なにしてるのよヤーク、早く行きましょう」


「……そうだな」



 俺と遊び、剣の修行をし、徐々に遠慮という殻を破っていったノアリ。おとなしい、自分を抑え込むような生活だった……それが今では、元気いっぱい活発少女だ。俺に対しても、すごく馴れ馴れしい。俺が引っ張るはずが、いつの間にか俺を引っ張るように。


 その上……



「おいあれ、カタピル家の令嬢じゃないか?」


「きゃー、お美しい!」


「騎士ってより女神って感じだな」



 ノアリを見て騒ぎ立てる取り巻きたち。見た目の美貌に、名前まで大きいのだから当然ではある。それに対して……



「ごきげんよう」



 張本人はスカートの端を摘まみ、お辞儀をするようにしてにっこり、ととんでもない笑顔で対応している。黙っていても素材のいい、こいつの思いきりの笑顔。初対面でそれを見て、嬉しさに震えない者はいないだろう。


 昔なら考えられなかったことだ。おどおどして、俺の後ろに隠れていただろう。小賢くなったものだ。しかも、この笑顔は本心からのものだが、本心からの作り笑顔だ。俺ですらたまに騙されそうになるのだから、初対面でわかるはずもない。恐ろしい。


 いつの間にこんな処世術を覚えたのか。



「おい、隣の男は誰だ?」


「バッカお前、ライオス家の長男だぞ!」


「え、あの『勇者』の家系の!?」



 さて、隣に並ぶ俺はノアリと違い、顔を見ても全員が全員わかるほど俺は有名ではない。なんせ、貴族の社交界とやらはほとんどキャーシュに任せており、公の場に顔を出したことがない……まあ、その知名度はノアリ以上だ。


 なにせ、《ミドルネーム》持ち……貴族よりも上位の存在だ。正直な話、貴族の中でも一目置かれているノアリよりも有名な自信なら、ある。



「まあ、なんて素敵な方なのかしら」


「そうね、気品が溢れてらっしゃるわ。たくましいわ!」



 聞こえてくるのは、名前に対する反応や、俺の容姿に関するもの。おいおい、本気でそう思ってるのか……自分で言うのもなんだが、俺の顔立ちはせいぜいが並みかそれより少し上ってところだぞ。それに、まあ小さかったガキをそのまま大きくしたようなものだし。


 まあこのちやほやは、容姿よりも単純に知名度に対するものだ。面食いならぬ名食い……それでちやほやされても、嬉しくもなんともない。


 そう考えると、貴族であり本当に容姿端麗でもあるノアリの方が、よっぽど……



「……なんだよ?」


「なんでもないわ!」



 ふと視線を感じ、隣のノアリに問いかける。これは野次馬のものではなく、隣からのもの……つまりノアリだ。


 なにか気に入らないことでもあるのか、俺を睨み付けていた。その理由を聞いても、頬を膨らませ顔を背けるばかり。



「ずいぶんおモテになって気分がいいでしょうね、ライオスさん」


「なんでいきなり名字……てか、モテるってならお前の方だろ。俺のはただ、名前に飛び付いてきた野次馬だ」


「どうだかっ」



 なにを急に不機嫌になっているんだ。単純に周りの視線がうっとうしい、というわけでもなさそうだが……


 まあいいか。学園に入れば、すぐに別のことに興味が移るだろ……



「ふぁあ……」



 ……さて、ここでノアリが、俺と一緒にこの場にいる理由だが。この騎士学園には、16歳からでないと入学できないという決まりだった……少なくとも、俺がこの学園の存在を知った時点では。


 ノアリは、俺が騎士学園に入学する気があると知ると、自分も入学すると言い出した。両親は説得するからと。それを聞いて、剣を習うと彼女が言い出した時と同様驚いたが、嬉しかったのも事実だ。


 だが、入学年齢は聞いての通り。俺と2つも歳の離れたノアリには同時入学は無理。あの時のノアリの落ち込んだ顔は忘れられない……だが、その後数年の間に、学園の規定が変化する事態が起こった。


 16歳で入学だったものが、最低14歳から入学できる……というものに変更された。これの明確な理由は学園側は説明していないが、例の「21年後」が近づき少しでも騎士を増やしておきたいという魂胆説、どっかの貴族が規定を変更させた説などが囁かれた。まあ前者は一部しか知らないし、後者だとしたら、こんな規模の学園の規定変更を実行させるなんてよほどの権力の持ち主だろう。


 最低14歳……それは、ノアリが入学できるタイミングが早くなったということである。俺も14歳から入学はできたが……ノアリにあんな顔されちゃあな。それに、まあ元々16歳から入学するつもりだったし。2年くらいいいかと、思ったのだ。入学最低年齢は決まっているが、その年齢を過ぎればいつでも入学は出来る。


 そういうわけで、俺とノアリは同時入学をすることになった。……あ、入学入学と言っても、まだ入学試験の段階だ。なので、服装もこの学園の制服ではなく、私服だ。



「……さすがに、人が多いな」



 騎士を狙う者は多い。また、入学規定が変更されたことで、当然人数も増える。『最低』14歳なので、結構歳を食ったおっさんもいる。やはり『騎士』という称号は、魅力的なのだろう。


 ところでキャーシュだが、あいつは騎士学園志望ではないため、ここにはいない。一緒の学園に通いたかったが……残念だ。

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