第62話 一刻も早く



 母、ミーロからの連絡……それは、俺にとっては絶望に感じるほどの情報だった。


 『呪病』に苦しむノアリ、彼女の容態が一変したのだという。母本人、混乱しているのか要領を得ない説明だったが……要領を得ない、それだけでとんでもないことになっているというのは、わかる。


 失敗したのか……そう落胆しかけたところへ、今度は父からの連絡。曰く、連絡がつく範囲ではあるが『呪病』患者は、回復の傾向を見せているらしいのだ。これから各々散り散りになって確認に行くらしいが……もし、『呪病』が本当に完治しているのだとしたら……



「ノアリ、だけが?」



 ノアリだけ、未だ『呪病』に苦しんでいる……いや、呪いが悪化しているのなら、もう一刻の猶予もない!



「クルド……!」


「あぁ、この辺でいいか」


「うん、送ってくれてありがと。ごめん、お礼はまた日を改めて!」



 ゲルド王国の近くへと、クルドに降りてもらう。人に見られたら騒ぎになるだろうから、見つからないようにこっそりと。


 そして、俺はクルドの背中から飛び降り、ゲルド王国正面入り口へと走る。



「クルド、ありがと!」


「ヤーク様!」



 後ろから、アンジーがついてくるのがわかる。本当ならクルドにはよくよくお礼を言っておきたいところだが、逸る気持ちが、その時間さえも惜しいと急かす。



「すいません、通してください!」


「ん、なんだなんだ!」



 正面入口には、門番がいる。国から出る時に会ったのとは、別の人だ。同じ人だったら楽だったのだが、別の人なので説明を求められるかもしれない。


 だがあいにくと、そんな時間はない。なので、ここは強行突破することに……



「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


「すみません、急いでるんで!」


「決まりだまずは名前と目的を……え」



 子供の体では簡単に抜けることはできず、捕まってしまう。くそ、ここで問答している時間なんてないのに……


 いっそのこと、木刀で叩きのめしていくか。少し隙を作るだけでいい……と考え始めたところで、門番の声が詰まる。そしてその表情は強張り、俺を……いや、俺の背後を見ている。その視線は、少し高く。



「! クルド……」


「行け、俺がなんとかしておく」


「……ありがとう!」


「あ、ちょっ……」



 俺の背後にはクルドが立っており、どうやらその迫力に押されたらしい。以前までのクルドは、獣人にも滅多にいない極太の尻尾付きの人間の姿に成ることができていた。


 だが、どう改善したのかわからないが今のクルドに尻尾はない。頭から角が生えているだけではまさかそこにいるのは竜族だとは思わない。


 とはいえ、クルドは人間の姿になると2メートルを超える大男だ。それに加えて鱗と同じ色、燃えるような赤い髪と威圧感のある角は……初見だと、怖いだろう。


 門番を威圧する形になったが、おかげですんなりと通ることができた。本当に、クルドには感謝しっぱなしだ……ここまで送り届けてくれただけでもありがたいのに、サポートまでしてくれるなんて。



「はっ、はっ……」



 走る、走る、走る……息が切れるのも、構わない。鍛練を続けているおかげで体力は大幅に増したが、周囲を気にしながら、となれば注意力がぶれるため、普通に走るより気を張る。


 周囲を観察する理由……それは、周囲の状況がこれまでにない、初めて見るものだったから。もう日が沈み、それどころか国民の大半は寝ているくらいの時間。にも関わらず、周囲は人々の歓喜、熱気で溢れているからだ。



「わー、人がたくさん! ヤークの国ってすごいね!」


「俺の国じゃないけどね」


「こんな時間に、こんなに……」



 周囲の人々、それらを見てヤネッサがはしゃぐように声を張り上げる。対してポツリと声を漏らすのは、アンジーだ。


 こんな時間に、これだけの人が外に出て、騒いでいる。喜びに、興奮に、熱を浮かせて声をあげ、全身で喜びを露にする。


 その理由は、ひとつだ。



「ホントに、『呪病』が……」



 この国で蔓延していた、『呪病』……それが解呪されたことにより、人々は喜びに震えている。「治った」「やった」と声が飛び交っているのがその証拠だ。


 当然だ、解決方法のない病が、一斉に治ったのだ。もう死ぬしかないと思っていた我が子が、友達が、助かって大喜びしない者はいない。


 俺も、この人々のように喜びを露に大騒ぎしたいものだが……



「見えた!」



 全力で走ったおかげか、すぐに家が見えた。周囲の家は外に出て大騒ぎしているのに、我が家はその様子はない。


 俺は、蹴破る勢いで扉を開ける。



「ノアリ!」


「……! ……ヤーク……」



 扉を開けるなり、名前を叫ぶ。返ってきた俺の名前を呼ぶ声は、求めていたノアリのもの……ではなく、母ミーロのものだった。


 彼女は、一室から出てくる。寝室だ。その顔はやつれ、俺が留守にしている間もノアリを看てくれていたのだとわかる。


 ありがたいことだ。だが、今はその感謝も帰ってきたという思いも呑み込み、最優先事項を確認する。



「母上……ノアリは?」


「……」



 俺の問いかけに、母は答えない。代わりに、小さく首を振ると、寝室へ入るように促す。


 俺はゆっくりうなずき、寝室へ。足を踏み入れると、そこは静かだ……人がいるとは、思えないほどの空間。



「っ……」



 そこに、ノアリはいた。ベッドに横たわり、全身を黒く変色させ、血管が異様に浮き上がった……いびつな姿で。

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