第63話 不気味な呪いの行方


 そこにあったのは、目を覆いたくなるような光景だった。


 本来肌色であったノアリの肌は黒く変色し、不気味さを感じさせる。さらに、血管が浮き出て、異様な様子を見せているのが不気味さを際立たせている。


 ここを出るときは、こうまでひどくなかった。いや、母の話ではこの短時間で……父が呪いの術者を討ってから、一気に症状が加速したらしい。


 部屋は静かだ。苦しんでいるうめき声さえ聞こえない。それが不思議で、しかしその表情は一目見て苦しんでいるとわかるものだ。



「ヤーク……」



 俺を気遣うように、肩に手を置かれる。ノアリを任せきりだったが、こうも悪化していくノアリをひとりで見守っていた母は心細かっただろう。


 寝室には、ノアリの両親がいた。母が呼んだのだろうか、娘の姿に青ざめている。



「奥様、旦那様は……?」


「……いろいろ、忙しいみたい」



 父はこの場にはいない。『呪病』の元凶となった術者を討ち、実際に国中に平和が戻った。さっき外で見てきたのだって、ほんの一部だ。


 術者を討った当事者として話を聞かれたり、他にもノアリのように症状が治っていない者がいないか調べているのかもしれない。



「ノアリ……」



 俺は、ノアリが眠っているベッドへと足を進める。うめき声さえ、聞こえない……しかし僅かに息づかいが荒くなっており、その表情は苦しげだ。


 もし、ノアリを救う手立てがなにもなかったとして、今のノアリを前にしていたら、絶望から足を折り、ただ泣いていただけだったかもしれない。



「……」



 懐から、小瓶を取り出す。それには赤い液体……『竜王』であるザババージャさんからわけてもらった血だ。『竜王』の血、それはあらゆる病、傷を治すと言われている。


 その効果を直接見たわけではない。だが、もうこれに賭けるしかない。



『なにが起こるかわからんぞ。やると言っとるんじゃ、貰っといて損はないと思うがの?』



 ザババージャさんが言っていたことが、現実となった。なにが起こるか、わからない……呪いが解けたかと思えば、ノアリだけ未だ呪いの呪縛に囚われたまま。


 ザババージャさんが血をわけてくれなかったら、取り返しのつかないことになっていただろう。



「ヤーク、それは……?」


「……ノアリを治すための、薬、みたいなものです」



 小瓶に入った赤い液体を見て、母とノアリの両親は目を開いたり閉じたりを繰り返す。俺が、薬と言った瞬間、その目が大きく見開かれる。


 さすがに、いきなり「これは『竜王』の血です」なんて言っても訳がわからないだろう。まあ、治すという点では似たようなものだろう。



「怪しいものでは、ないです。私が保証します」


「アンジー……」



 薬といきなり正体不明のものを見せられて、困惑しているだろう母たちに、俺の後押しをするように口を開くのはアンジーだ。


 アンジーは、単に俺の味方というわけではない。アンジーの祖父である、ジャネビアさんが実際に『竜王』の血により病を治した、という話を実際に聞いたのも関係あるのだろう。


 祖父の実績、それがあるからこそだ。



「……それしか、助ける方法がないのなら、それにすがるしかない」


「えぇ。それに、ノアリのために取ってきてくれたんでしょう?」



 ノアリの両親が、それぞれ俺に声をかけてくれる。そのおかげで、俺の方も決心が固まる。さすがに、両親が納得しないのにこれを使うのは抵抗があるしな。


 ……で、だ。この血だが……飲ませれば、いいのだろうか。



「それを飲ませろ、ゆっくりとな」



 その、俺の心の中での疑問に答えるような声が背後から聞こえる。振り向くとそこには、俺たちをここに来させるために門番を食い止めてくれていた、クルドがいた。



「クルド!? 門番は……」


「あぁ、平和的に話してわかってもらった」



 だから普通に通してもらった……と、クルドは微笑む。果たして本当に平和的に話をしたのか、気になるがそこには突っ込むまい。


 それよりも、だ。



「飲ませる……要は、体内にそれを流し込ませろ。それだけでいい」


「わ、わかった」



 クルドが言うのなら、間違いないのだろう。それにどうせ、飲ませる以外に使用方法はわからないのだ。


 小瓶の蓋を外し、小瓶の口部分を、ノアリの口元へと近づける。ゆっくりと角度を傾け、血を口元に垂らすが……唇は、動かない。喉も、動かない。自発的に飲み込む力も、ないのかもしれない。


 こうなれば、無理やりにでも飲み込ませるしかない。



「んっ……」


「まっ」



 俺は小瓶の血少量を口に含み、ノアリの唇へ口づけ、血を口内へと流し込む。要は、口移しだ。後ろで驚いたような母の声が聞こえたが、スルー。


 後になって思えば、ノアリの両親に口移ししてもらえばよかったとも思ったが、このときはそんな余裕はなかった。


 血を、流し込む。ゆっくり、ゆっくりと。飲んでくれ……ただそれだけを願いながら。



「……ん……」



 固唾を飲んで見守っていると……ノアリの喉が、小さく動く。ゆっくりと、しかし確実に、血を飲み込んでいく。


 そして……



「おぉ……?」



 黒く変色していたノアリの肌……それが、徐々に元の色を、取り戻していく。

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