第61話 帰り道
……『呪病』という呪いの解き方がわかり、それを両親に伝えたのは今から一時間ほど前のことだ。
先ほどまで居た竜族の村では、連絡用の魔石が反応しなかった。なので外との連絡が遮断され、こちらの安否を伝えることはできなかったが……村と外とを遮断している結界から外に出れば、連絡は可能だ。
その際、もう一度すぐに村に戻る……とはどうやらいかないらしい。だから、外に出たのは村で用事を済ませてから。
その用事というのも、言ってしまえば『呪病』を治すための手がかり探しだ。なので、『呪病』を治す方法がわかった時点でそこにいる理由はなくなったのだが……
『ここを出ていく前に、ほれ。血ぃ抜いていかんか』
そう申し出てくれたのは、『竜王』と呼ばれる存在であるザババージャさん。『呪病』、というかあらゆる病を治すことのできるという『竜王』の血を求めて、ここまで来たのだ。
『呪病』を治すためには、呪いをかけた術者を倒せばいい……だから、『竜王』の血は必要なくなった。だが……
『術者を倒せば呪いは解ける。が、呪いなんぞを使う輩は頭のねじが外れとる、なにが起こるかわからんぞ。やると言っとるんじゃ、貰っといて損はないと思うがの?』
ここまで言われては、貰わないわけにはいかない。せっかくくれると言っているのだし。彼女の腕から抜いた血は、小瓶に入れてしっかりと懐に忍ばせている。
なにが起こるか、わからない……なぜかその言葉が、まるで胸の中に釘でも刺されたかのように、重く刺さっていた。
「大丈夫、でしょうか」
そう不安げに告げるのは、アンジーだ。その意味するものは、考えるまでもない……先ほど俺が、両親に伝えた内容についてだ。
すべてを詳細に話す時間はない。だから概要だけ……『呪病』は呪いであること、それをかけた術者がいること、そして……術者を倒せば、『呪病』は解呪されるということ。
それだけ伝えれば……認めたくはないが優秀な父(ガラド)は、すぐに行動を起こすだろう。そして俺たちはそれを待つだけではなく、急いで国へと帰っているところだ。
アンジーの不安は、もっともだ。彼女は両親を信頼しているだろうが、それでもすべてが安心、というわけでもないだろう。
「きっと大丈夫だよ、アンジー。それより、クルド……大丈夫?」
「うむ、問題はない」
そう、下にいるクルドに話しかける。下……という表現が合っているかはともかくとして。
今彼は、竜の姿になった……いや、戻ったと言うべきか。今までは人間の姿を模していたのだから。
竜の姿に戻ったクルド……ザババージャさんの孫である竜族の青年だ。彼は竜族の村に訪れた時から、ずっとお世話になっている。寝床として家を提供してくれたこと、竜族についていろいろ教えてくれたこと……鍛練に、付き合ってくれたこと。
「あはは、はやいはやーい!」
そんなクルドが、こうして竜の姿になって俺たちを乗せて飛んでいる……その理由は、ゲルド王国へと帰るために力を貸してくれたためだ。
元々、転移石を使いエルフの森、ルオールの森林へと戻る、そこからライダーウルフに乗ってゲルド王国へ走る予定だったが……徒歩よりも遥かに速いとはいえ、ライダーウルフの足でもルオールの森林からゲルド王国へは数日はかかる。
だが竜の速さならば、竜族の村からでも一日と経たずにたどり着けるという。それでも竜族の村からゲルド王国へ転移した方が遥かに早い……のだが、なぜかうまくいかなかった。呪いの影響だろうか? 『呪病』には魔法も『癒しの力』も効果がないし、あり得ない話ではない。
ともあれ、竜族(クルド)の飛行はヤネッサがはしゃいでいるのもうなずける速さだ。捕まっていないと振り落とされそう……というほどの速さではないのは、まだ全速ではないからだろうか。
全速でなくても、俺たちが走るよりはもちろん、ライダーウルフが走るよりも、速い。
「ヤネッサ、あんまりはしゃがないで」
「あはは……クルド、本当に送ってもらってよかったの?」
「なにを今さら。もちろんだ」
こうしてクルドに送ってもらっているのは、もちろん、時間節約のためだ。転移石でルオールの森林に戻ってそこからクルドに……とも考えたが、それはクルドが却下した。ルオールの森林に行かないこと、それがクルドが送ってくれる条件だ。
その理由は聞かなかったが……竜族であるクルドはエルフのジャネビアさんと顔見知りとはいえ、そう簡単に周囲に顔を出すものでもないのかも、しれない。
まあ、わざわざ送ってくれると言うのを、それだけの条件を呑まないわけにもいかないだろう。
「あ、においが近づいてきたよ!」
と、そこでヤネッサが前に出て、正面を指差す。その先には、小さくも国のようなものがあり……
「ほぉ、大したものだ」
ヤネッサは鼻がいいとは聞いていたが、こんな上空で、俺と同じ……つまり両親のにおいをかぎ分けるとは。どうなってるんだ。
飛んで移動するとなると、方角がわかっていたとしても地図でもない限り目的地の位置がわかりにくい。そこで、役立つのがヤネッサの鼻だ。そもそもヤネッサの鼻が効くということで、彼女はついてきたのだ。
これまでそれを発揮することはなかったが……こうして、においで目的地を言い当てるという離れ業を見せた。
「うまく、いってるでしょうか」
「そう、願うしかない」
目的地まで、あと少し。さすがに竜の姿のまま国の中に降りるわけにいかないので、少し離れたところで。降りる。
……その時だ……連絡用の魔石から、声がした。母の、切羽詰まったような声が。
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