第60話 犯人探し:後編



 『呪病』という名の呪い、その元凶であるセクニア・ヤロ。彼は自身が呪いをかけた術者だと正体を明かし、それどころか自分を殺せと迫ってきた。


 術者を倒せば、呪いは解ける。それはガラドも、ヤークから聞いていた通りだ。だから抵抗されようものならやむなし……と思っていたのだが……



「まさか、その犯人自身に殺せと言われるなんてな」



 なにかみっともない言い逃れ、用意していたこの場を切り抜ける方法……あるいは暴力に訴えるなど、なにかしらの口八丁手八丁を活用してくると思っていた。


 その結果が、自ら手を広げ無抵抗を露に、己の死を迫る者の姿とは。



「どう、なってるんだ……?」


「さあ……」



 困惑は当然、ガラドだけではない。共に来た兵士たちにも、同様の困惑がある。当然だ、訳の分からない病……その正体が突き止められたかと思えば、病でない呪いであるそれの術者を探し当て……たかと思えば、その本人はこれまでの数々の貢献人で、自らを殺せと言っている。


 一夜にしても目まぐるしく事態が動いている。正直なことを言えば、このまま眠ってすべてを忘れてしまいたいくらいだ。



「さあ、どうしたガラド殿。術者たる私を殺せ……それだけで、呪いを解くことができる」


「……」



 下手に逃げられる、暴れられることに比べれば、自ら殺せと申し出てくるとはこれ以上ないほどに手間が省ける。


 だが、ガラドは王都に住むようになってから数年、人の汚い面を多く見てきた。だからだろうか、こうして素直に犯人と認められ命をも投げ出す相手を見ると、どうにも警戒してしまう。



「心配ない、別に私を殺したからと言って、状況が悪化するようなことは起きんよ」


「っ……」



 まるで自分の考えを当てられたかのような言葉に、ガラドは頬を固くする。


 状況が悪化しない……とは、信じられる根拠はない。だが、不思議とその言葉には妙な説得力もあった。



「もうこのまま生きている意味はない、私のやりたいことは全てやり尽くした……もう、やりたいことをやり尽くしてしまった。私は、研究者としてすでに死んでいるのだ」


「……?」



 彼の言っていることは、小声でうまく聞き取れないし聞き取れる部分もまったく意味がわからない。だが、その言葉の通り、彼には生気をすでに感じられない。



「ガラドさん」



 名を呼ぶのは、隣に並ぶ兵。その目は、戸惑いを含みながらも事を成すことを優先するよう訴えている。


 そうだ……と、ガラドは気を引き締める。考えてみれば、簡単なことだ。呪いを解くには、術者を倒すしかない……そして、術者自ら殺せと迫っている。呪いを解くために必要なことがそれなら……それを、やるしかない。


 たとえ彼がなにか企んでいようが、本当に死を望んでいようが……今こうしている間にも、『呪病』患者は苦しんでいる。その苦しみから、解放するためには……



「……なら、その望み通り……あなたを殺します」



 ふっ、と息を吐き。ガラドは剣を抜く。セクニア・ヤロという、国へ数々の貢献をしてきた人物……できることなら、そんな男がなぜ『呪病』という呪いを蔓延させたのか、聞きたかったが。


 ……それを話す様子はない。だから……



「最期に、呪いを子供たちにかけた理由を話す気は……」


「ない。言っても今のそなたらでは、理解できまいて」


「……そうですか」



 簡易的に質問し、やはりその答えを拒まれる。それも、食い気味に。


 ならば仕方ない。ここで答えの出ないやり取りをしていても、その時間だけ『呪病』患者が苦しむ時間が伸びるだけだ。


 そうなる前に……



「いざ……!」



 構え、息を整え、そして……




 ズブッ……




 セクニアの体へと、突き刺した。



「がふっ……!」


「……」



 あっけのない最期……しかし、国の一大事に派手なものなど必要ない。


 心の臓を貫いた。間違えるはずはない。これで……



「……あぁ、そういえば、ひとつ言い忘れてましたな……」


「!」



 即死、ではない。それはなんとなくわかっていたことだ。


 だからまだ口が動くことに、言葉を紡ぐことに、驚きはない。だが……



「言い忘れ……?」


「えぇ。私を殺したことで、呪いは、解除される……ただ、ひとりを除いて」


「なに……!?」



 呪いは、すべて解除される……そう思っていたガラドにとっては、嘘だろと言いたくなるような言葉だった。それは、セクニアの意思なのか、彼を殺すことで発動するのか……どちらでもいい。



「おい! それは……」


「ほほっ……殺せと言っておいて、なんですが……まあ、術者を殺せば、呪いは……消える。しかし、ランダムにひとり、呪いを急加速させる……それがこの、呪い……」


「なに!?」



 それは、言い忘れていたでは済まない情報だ。彼を殺したことにより、呪いは解除される……ひとりを除いて。


 それはランダムで、誰かわからない。しかも呪いは急加速すると。それでは、そのひとりに呪いを加速させるために、殺してくれと懇願したようではないか。


 それはランダムだと言うが、術者本人ならば誰かわかるかもしれない。だが……



「くそっ」



 それを質問しようと体を揺するが、反応はない。死んでいる……その事実に、歯軋りする。なんとも歯がゆい。


 自分で殺しておいて、その死にこんな気持ちになるなんて、まるで……



「ガラドさん!」


「! ……あぁ、まずは、患者の確認だ!」



 思いを馳せるのは後だ。まずは、本当に呪いが消えたのか、確認しなければ兵士たちに、指示を送る。


 中には先走って連絡を取っていた者もおり、どうやら呪いは徐々に消えていっているようだ。黒くなった肌が健康的な肌色に戻っている……それだけで呪いが消えていると判断こそできないが、どこか確信があった。


 ガラドも、妻へと連絡をかける。家で今、苦しんでいる少女……ノアリの安否を、確認するために。


 連絡は、すぐについた。だが……



『あなた!? ノアリちゃんが、ノアリちゃんがね……』


「落ち着け! 呪いの術者、そいつは今倒し……いや殺した。そっちはどうだ、ノアリちゃんは元気になったか?」


『え……?』



 ……切羽詰まった、妻の声。そして、呪いが解けたという報せに、喜びではなく困惑の声。


 まさか、まさか……



『ノアリ、ちゃん……治ら、ない……治って、ないの』


「!」


『それどころか、体が、どんどん……』



 治ってない……その言葉は、ガラドを絶望させるに充分だった。


 誰か知らない子供だったら……薄情だが、ここまで気持ちが沈むことはなかったかもしれない。だが、よりによって……友人の娘が……息子の、友達が……



「くっ……っ……」



 なにが、状況が悪化しないだ。もしもそれが、患者の人数が減るという意味で言っていたのなら……その口車に乗った自分が、許せなかった。

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