第59話 犯人探し:中編



 セクニア・ヤロという、今のところ最有力候補で怪しい人物。見た目は長い白ひげを生やした老人で、常に白い帽子を被っている。


 魔術の類に熟知し、その頭を買われて城に自由に出入りしている。どうやら専用の部屋まで与えられているらしく、場合によってはそこで寝泊まりすることもあるようだ。


 そして、今日この時……



「昼間から、部屋にこもっている、か」



 どうやら今日は、昼間から部屋にこもってなにやらやっているらしい。中には誰も通すなと言われているらしいが、怪しい。


 早速、ガラドはその一室へと向かい、扉をノックする。



「セクニアさん、いますか」



 コンコン。小粋いい音が響く。中から返事はない。もう一度ノック。やはり返事はない。


 あまり荒事にはしたくはないが、仕方がない。鍵はかかっているし、強硬手段だ。数人の兵士と共に、扉に体当たり。木製の扉だ、重々しい音が、響く。


 それでも中から声はない。もしや部屋にはいないのか……いや鍵がかかっているのだ、誰かがいるのは間違いない。そう思いながら、何度か体当たりを繰り返し……



「っ、開いたぞ!」



 扉をぶち破り、部屋の中に入ることに成功する。その瞬間、鼻をくすぐるのは……



「この、臭い……」



 異臭が、部屋の中を満たしていた。その臭いにガラドたちは思わず鼻を手で覆い隠す。


 なんとも表現しがたい……とにかく、異臭。刺激臭と言ってもいいだろう。ほんの数分この空間にいるだけで、鼻がおかしくなってしまうだろう。


 こんな部屋に、誰かがいるとも思えないが……



「……おや、お客さんですか」


「!」



 部屋中を見回していたところで、どこからともなく声が。それは、部屋の奥から聞こえてくる。しわがれた声……ガラド含め自分たちの誰でもない。


 視線を向けると、窓際に立つひとりの人物がいた。



「……セクニア・ヤロさん、ですね」


「えぇいかにも」



 しっかりとした面識があるわけではないが、ガラドの中のセクニアの印象と、示唆された特徴は目の前の人物と一致している。そして、本人もそれに肯定の意を示した。


 間違いない。問題は、この人物が本当に『呪病』を引き起こした人物なのか……だが、それよりも……



「あの……窓、開けてもらってもいいですか」


「えぇ、構いませんよ」



 この異臭立ち込める部屋で、話し合いをしようとは思えない。窓は締め切っている、臭いがこもるわけだ。


 なぜ目の前の老人は、平然な顔をしているのか。それとも、単に鼻が慣れた、というだけのことだろうか。だとしても、この臭いに慣れるために部屋に居続けるという選択肢自体ガラドは勘弁したい。



「それで、なんのご用ですかな。えー……ガラド・フォン・ライオス殿でしたか」


「名前を知っていただけているとは、光栄です」



 用、そう用だ。異臭により一瞬頭から吹き飛んでいた、ここにきた用。それを確かめる。



「単刀直入に聞きます。今王都を騒がせている『呪病』……いや呪いは、あなたが発症させたものですか?」


「!」



 単刀直入……とはいえあまりにも直球すぎる質問に、ガラドの隣に並んでいた兵が肩を震わせる。


 ただでさえ、はぐらされかねない質問。それを、そんな直球の質問で答えてくれるはずがない。ガラドは少々物事に短絡的なところがあり、今回の件は時間をかけられない。それはわかってはいるが……



「えぇ、その通りです」


「!?」



 さらりとかわされる……しかしその懸念は、あっさりと裏切られた。


 狼狽える、誤魔化す……そのどれでもなく、自分が犯人だと、認めたのだ。その答えに、質問を投げ掛けたガラドでさえ驚いている。目を見開き、しかしすぐに怪訝な表情に。



「認めるんですか? こんなあっさり」


「わざわざ直接来たということは、それなりの根拠があって来たのでしょう。あなた方は優秀だ、言い逃れようとしても無駄なこと」



 いや、それなりの根拠はないし有力候補があなただけだったし直球なのはガラドの性格のようなもの……という言葉はそっと、兵は胸の中に収めておく。


 そもそも『呪病』が呪いだというのも、確実な根拠があってのものではない。



「それに、もう目的も果たせましたし……」


「?」



 直後小声でなにかを呟いていたが、聞こえない。


 ともあれ、こうして認めた以上……野放しにしておくわけには、いかない。



「ならば、話は早い。拘束させてもらう。いや、その前に呪いを解除してもらおう」


「ははは、そんな眠たいことを言いなさんな。確かに術者なら呪いを解除できる、が……私は呪いを解除するつもりはない」



 あっけらかんと、そう語るセクニア。その言葉に、兵士たちの表情が強張る。


 が、続く言動は、一同を驚愕させた。



「術者の意思でなければ、呪いは解けん。エルフ族の魔術や、『癒しの力』であっても。……だが方法は、もうひとつある」


「もう、ひとつ……?」


「ガラド殿なら気づいておるだろう? 術者わたしを殺したまえ」



 呪いを解く方法……それは、術者自らが解くか。そうでなければ、術者を殺せというもの。


 方法自体にさした驚きはない。だが、彼は手を大きく広げ、その場に無防備に立っている。まるで、自分は抵抗しないから殺せ……と言わんばかりに。


 いや、実際に殺せと、言っているのだ。



「セクニア……さん、あんた、なにを……」


「私は抵抗しないとも。さあ、殺したまえ……それで、この国で起こっている呪いは解かれる。そうすれば、この国で苦しむ者はすべて救われる……そうなれば、そなたはさらなる栄誉を得ることができるぞ」

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