第57話 希望と絶望は表裏一体
……その時、ゲルド王国は夜だった。数日前から、息子であるヤークワード・フォン・ライオスからの連絡が途絶え、こちらから連絡もつかず。
心配に心配を重ねていたミーロ・フォン・ライオスであったが、それもつい先ほどまでのこと。今彼女は、『呪病』に苦しむノアリ・カタピルが寝ているベッドの傍に、座ってなにかを願うように、目を閉じている。
その理由は、先ほど息子から連絡が来た際、その内容を思い出してのことだった。
『『呪病』の正体がわかったんだ! それは病気じゃなくて呪いで、それをかけた術者が近くにいるらしい!』
久しぶりの息子からの連絡、こちらがどれだけ心配したのかを教えるために説教する間もなく、口早に伝えられた言葉だ。
要点を纏めると、『呪病』とは呪い、呪いをかけられる範囲は決まっている、ゆえに術者は国内に潜んでいる……とのことだった。
他にも、『呪病』が初めて確認されたのが8年前であること、それからも幾度か確認されていたこと、ヤークワードに話していないことまで知っていた。その理由を聞いたが、話すには時間がかかるので連絡がつかなかった理由も含めて、帰ったらまとめて話す、とのことだ。
そしてそのヤークワードからの頼みは『呪病』、否呪いの術者を見つけてくれというものだった。
『呪いが起こった時期に、必ず国にいた者……それに限定して、調べてみて!』
いくら国内に術者がいるとはいえ、国一個の人口だ……それを調べるとなると途方もない。
だが、その際に国にいた者いなかった者を調べる……これに限定すれば、その難易度はぐんと下がる。さらに驚くべきことに、術者は人間ではないというのだ。
人間以外の種族……獣人か、あり得ないが魔族か、それとも……エルフか。
「それは、やだな」
もしもエルフ族が犯人ともなれば……最近和らいできていた、エルフ族への非難が復活するかもしれない。
エルフ族は、魔法を使えることで人々から非難されてきた。魔法を使える種族など、今となっては他に魔族しかいないのだから。迫害こそしなかったが、異形を恐れる人々は、エルフ族を恐れた。
それも、ミーロのかつての仲間であるエーネが魔王討伐に協力したことで人々の態度は変化していた。今では国内に普通にエルフ族はいるし、ここで働いているアンジーだってそうだ。
だからエルフ族が呪いの犯人となったら、今度こそエルフ族は迫害されるかもしれない。そうなれば、アンジーもここにいられない……別れなくてはならない。
「アンジー……ヤーク……」
今回、息子に同行してくれている。そのように優しき女性を、迫害などさせたくない。
この旅の中で、息子との距離も縮まっているかもしれない。息子から話し相手を奪うのは、嫌だ。
となると、呪いの犯人として……あり得ない話だとわかってはいるが、エルフに比べれば一番理想的なのは魔族だ。魔族ならばその響きからも呪いなんて物騒なものを使ってもおかしくない。もっとも、この警備の厳重なゲルド王国に魔族が入り込んでいるなど考えられない。
それも、8年も前から。それに、魔族があり得ない理由は、もっと根本的な問題から。魔王が消滅したこの世に、魔族はいなくなったのだから。
「お願い……あなた……」
今の自分は、ここでノアリの安否を見ていることしかできない。ミーロはただ、手を合わせた。
夫であるガラドは、ヤークの要請を受けて城へと向かった。呪いともなる高等術を使うともなれば、適した場所、力を持つ者が居てもおかしくない場所にいるだろうとのこと。その結果、術者は王族などが住む城にいると判断した。
ガラドならば、『勇者』の権利を使い貴族であっても簡単には入れない城に、夜であっても入ることが可能だ。
そしてガラドならば、いかなる相手が敵でも負けることはない。ミーロは、己もついていきたかったが力不足、なにより家を空けることなどできずに残ることを選択した。
「ぁ……ぅう……」
「! ノアリちゃん……」
ノアリは、いや『呪病』の患者は基本寝てしまえば起きることはない。が、血管が浮き出た体は間違って寝返りを打ったり自分の体を傷つけないように、その体を拘束しなければならない。
なので目覚めて勝手にどこかへ行くことはない。だが、この状態のノアリをひとりになど、できない。それにガラドが術者を討てば、呪いは解ける……ちゃんとこの目で、確認しなければ。
事が済めば、ガラドからは連絡用の魔石に連絡が入るようになっている。だから……ただ無事を信じ、手首を拘束されたノアリの手を、ミーロは握る。
彼女の両親には、すでに連絡した。ノアリが治るかもしれないと。きっと元気な姿で会えるはずだ……それまできちんと、見ておかなければ。
「はぁ、は……ぅっ!」
「ノアリちゃん!?」
優しく、握り締める……しかし、その間にも症状は進む。
ノアリは、突如吐血した。それは、『呪病』発症時にも見せ、しかし最近は見られなかった現象……その血は、その頃のものとは違い赤黒くなっていた。
『呪病』患者の、看病中の吐血……これは、ミーロにとって初めての経験だった。基本的に患者は、ただ眠っているだけなのだ。そこに苦しむなどの動きは見せても、血を吐くなんてことはなかった。不思議なことに『呪病』患者は食事を必要としない……だから吐くものがなく、血なのだろうか。
ミーロが知らないほど、重く悪化したということなのだろうか。
「これ、え……どう、したら……」
症状が進む……まさに、そうなのかもしれない。最初は胸元が黒ずみ、血管が浮き出ていたノアリの体。その黒い浸食が、今日にいたるまで続いていた。
だが今、その浸食が目に見える形で進行する。手首にまで至っていた黒が、手全体を侵していく。
幸い、繋いでいるミーロの手にまで侵食する、なんてことはない。だが、黒ずんだ皮膚はまるでひびでも入ったかのようにボロボロになっていく。『癒しの力』でも、当然浸食は止まらない。
「なんで……それにまだ、ひと月も、経ってないでしょう!?」
これが『呪病』による命の最終警告だとして……ノアリに残された時間は、まだあるはずだ。7つの歳に命を落とす、それが少なくとも、確定された期限だったはずだ。発症から彼女の誕生日までひと月余り……まだ時間は、残っているはずだ。
知らない、見たことがない……ノアリの体が、呪いに、支配されていく……
『ミーロ……ミーロ、聞こえるか!?』
その時だ……連絡用の魔石から、待ち望んでいた声が聞こえた。
呪いの術者を倒すために城へ向かった、ガラドだ。連絡が来たということは、術者を倒したのだろうか。いや、今はその確認よりも……
「あなた!? ノアリちゃんが、ノアリちゃんがね……」
『落ち着け! 呪いの術者、そいつは今倒し……いや殺した。そっちはどうだ、ノアリちゃんは元気になったか?』
「え……?」
現状の報告を、しなければならない……そんなミーロの思いは、帰ってきた報告によって吹き飛んだ。
呪いの術者……『呪病』を発生させた張本人を、倒したというのだ。いや、殺したと。それは、念を入れたという確認だろうか。
ガラドがこの状況で嘘をつく必要はない……呪いの術者は死に、呪いは断ち切られた。
ならばどうして、幼き少女はこんなにも、苦しんでいるのだ。これが、回復に向かっている過程……だとは、ミーロはどうしても思えなかった。
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