第55話 『呪病』の正体



 クルドにボコボコにされた俺は、その日の夕方に目を覚ました。



「んん……? あれ、ここ……」


「ヤーク様、気がつかれましたか!」



 視線の先には見慣れぬ天井……そこへ、アンジーの顔が映りこむ。心配そうに、俺の顔を覗きこんでいる。背中には、ふかふかした感触……てことは、今俺は横になって寝てるのか。


 視線をずらすと、そこにはヤネッサとクルドもいた。



「お、目が覚めたかヤーク」


「クルド……あぁ、そっか」



 だんだん思い出してきた。そうだ、俺はクルド相手に剣の鍛練を挑んで、こてんぱんにされたんだった。


 んで、気絶して今に至る、ってことか。窓の外がオレンジ色だ。



「結構気絶してたのか……」


「あぁ。回復魔術は傷は治っても疲労は取れないからな。なんていうか、やり過ぎたか?」


「いや、俺が手加減しないでくれって言ったんだし。むしろ、あれでも全然本気じゃないよね」



 クルドは体格の違い以前に……いや、体格の違いは関係ないな。地力がまったく違った。こちらは木刀という得物を持っているのに、相手は素手。


 情けないことに、まったく手が出せなかった。俺の力じゃクルドに木刀を当ててもダメージすらなかったようだし……ガラドとどちらか強いか、なんて比べる暇なんてなかったな。ただ、雰囲気としてはクルドの方が強そうである。


 まだ全力を見ていないし、竜の姿とやらも見ていない。あの男より強いクルドといい勝負ができるレベルになれば、きっと……殺せるだけの力が、手に入る!



「クルド、明日からも鍛練お願いしていいかな」


「ヤーク様!?」


「俺は構わないが……そっちは、いいのか?」


「もちろん」



 最優先事項はノアリ……ノアリの『呪病』を治すため、『竜王』であるクルドの祖母が目を覚ましその血を分けてもらうことだ。


 だが、寝込んだままの彼女を無理に起こすわけにもいかないため、彼女が起きるまで時間が空く。その間の時間を、鍛練に当てようというのだ。


 猶予があるわけではないが、ここに来るまで順調だった。タイムリミットまでは、まだ時間はある。



「そういうことなら、いつでも相手になろう」


「やった! アンジー、悪いけど今後とも怪我したら治してね」


「怪我前提ですか!?」



 それから俺は、毎日毎日クルドに鍛練を申し込んだ。当たり前だが勝つことはできず、何度挑んでも一撃で倒されてしまう。


 ただ、初めのうちは一撃叩かれただけで気絶していたものが、耐久力がついてきたのか気絶しなくなったり、打撃を受けているうちに自然と受け身も取れるようになった。なにより、クルドの攻撃をかわす力がついた。


 初めのうちは見えもしなかった攻撃が見えるようになり、それを避けることも可能になった。動体視力が上昇しているのだろうか。


 だが、相変わらず致命打となる攻撃は打てていない。ここまでくると、俺の攻撃力が弱いのかクルドが硬すぎるのか、よくわからなくなってきた。


 ともあれ、ここに来た頃より、全体的に力が向上しているのは確かだ。自分の力が強くなっているのを、感じる。だが、それはそれとして……



「ぜんっぜん起きない!」


「わっ」



 あれから、というかこの村に来てから数日が経ったが、クルドの祖母は起きる気配がない。いくら衰弱しているからといって、まさかここまで眠ったままだとは……


 その日のうちか、少なくとも翌日翌々日には目を覚ますと思っていた。甘い認識だったってわけか。


 時間はあるとはいえ、それでもいつまでもというわけにはいかない。このままずっと眠り続ける、なんてことはないとは思いたいが……



「ヤーク、大丈夫か?」


「あぁ、うん。大丈夫、まだ大丈夫」



 最悪、こちらから呼び掛けて起こせばいい。あまり使いたくない方法ではあるが。いくら竜族で『竜王』とはいえ、荒っぽいことはあまりしたくないし。


 最初こそ感じていなかった焦りを日に日に感じる。しかも、この村……いや空間と言った方がいいか。ここは、基本的に外界と隔絶されているらしい。結界がある時点でなにかあるとは思っていたが。


 そのため、連絡用の魔石はここに来てから反応しない。もちろん一旦この空間から出れば可能なのかもしれないが、一度出ればすぐには入れないらしい。


 両親への報告はどうでもいいが、ノアリの容態を知れないのが心残りだ……



「ヤーク、おばあちゃん起きたよ!」


「ホントか!」



 そんな時、ヤネッサから報告を受けた。ヤネッサは世話好きなのか、クルドよりも祖母の看病をしていた。


 俺とアンジーは急いで寝室へ向かう。クルドは先に行き、俺たちのことを伝えてくれているようだ。



「クルド!」


「ヤーク」



 寝室の扉を開け、中へと足を踏み入れる。そこには、いつもと体勢は変わらず寝転んだままだが、目を開いている祖母の姿があった。



「あ……」


「……あんたが、クルドの言っとった坊主かね。わしの血を欲しとると」


「は、はい……」



 なんだろう、見た目は少女ほどに小さく、実際にはしわの刻まれた老婆。だというのに、この迫力はなんだろう。思わず、緊張感で背筋が伸びてしまうほどだ。


 どう話を切り出そうかと思っていたが、予めクルドが話を通しておいてくれたのか……



「病に侵された娘、助けたいんじゃとな」


「え、えぇ。だから、その……」


「皆まで言わんでええ。そのために血を欲しとるんじゃろう、じゃが坊主、わしの血を手にしたとして、助けるのはその娘だけ、他は見殺しにするいうことか」


「! ……」



 ノアリだけを救って、他の子供は見捨てるのか。クルドにも聞かれたことだ。そしてその答えは、まだ出ていない。


 この人は、俺の答えを……なにを、聞こうとしているんだ。



「孫の客……それも、あのジャネビアの孫娘の連れに無体な真似はせん。わしの血が欲しけりゃくれてやるが、せいぜいひとり分。それだけじゃ」


「……」



 この人も、ジャネビアさんの名前に好意的だ。いったいなにしたんだよあのおじいさん。


 だが、今考えることは別のことだ。ただひとりを救うため、他のみんなを見殺しにするのかという……その答えだけだ。その答えは未だ出ないが……いや、考えてみればとっくに、答えは出ていた。


 ノアリを救い他のみんなを見捨てるか、ではない。ノアリを救うか救わないか。そう考えただけで、驚くほど簡単に答えが出た。



「俺は、ノアリを救いたい。その代わりに何人死のうが、知ったことじゃない」


「ヤーク様……」



 これが、まぎれもない俺の本心だ。救えるものがたったひとつしかないのなら、それはノアリに使う。


 そりゃもちろんベストは病に苦しむみんなに血を配れることだが、それは不可能だ。ならば俺は、救いたい人を救う。


 理不尽に殺されることのつらさは、わかっている。だから、他のみんなには悪いと思うが……ノアリが助かった後、ノアリが周りからなにか言われないように俺に非難が浴びるように考えとかないとな。



「……くくく」



 そこへ、静かに絞り出すかのような声。



「くふふ」


「ばあさま?」


「くふはははは! ずいぶん思い切ったことを言うじゃないか! あーっははは!」



 それは『竜王』の笑い声だった。笑い声というよりも、これはもはや爆笑だ。


 アンジーやヤネッサはもちろん、クルドさえも唖然としている。



「いったいどんな、おきれいな言葉を並べてくるかと思えば……くはは、な、何人死のうが知ったことじゃない? あはははは傑作!」


「え、えぇ?」



 正直、あんなはっきりと何人死のうが……なんて言ってしまったことを咎められるかと思ったが……まさかの、大爆笑?



「えっと……つまり、ヤークが綺麗事じゃなく正直に、それも結構最低なことを言ったのがツボに入ったってこと?」


「言い方!」



 そりゃ自分でも、あまりよろしくないことを言ったのは自覚しているが……あくまで、俺はたったひとつしかない救う手段の使い道を正直に話しただけだ。そこまで最低か?


 このばあさん、起きたばかりで過呼吸になってまた倒れないだろうな。



「ふー、ふー、久々にこんなに笑ったわい」


「そうですか……」


「気を悪くせんでくれよ。人間なぞ昔から、よく見られたいのか現実味のない綺麗事しか言わん。坊主も、他の人間も救うために手段を探すなどとその場任せにお手本のような言葉を言うかと思っておったのでな。まさかその成りで、あんな思い切ったことを言うとはの」



 よくわからんが……ヤネッサが言ったように、俺が下手なごまかしもなく正直に言ったのが気に入られた、ってことでいいのだろうか?



「くふふ、笑い過ぎてしもうた。ちゃんと血はやるから安心せい。このザババージャの名において約束しよう。あ、気軽にザバちゃんと呼んでくれてもいいぞ、この名前かわいくないでの」


「あはは……」


「それと……坊主が治したいという病、クルドから病状を聞いたが……坊主、運がいいのう」


「え?」



 血を分けてもらえると約束してもらい、一安心。しかし、そこに気になる一言がザババージャさんから付け加えられる。


 ザババージャさんか……確かに言いにくいし本人の希望だが、ザバちゃんはちょっと……



「坊主らが『呪病』と呼んでおるその病、心当たりがある」


「心当たり……?」


「昔じゃが、人間の里に下りておった頃に流行った病……いや、違うな。『呪病』とはよく言ったもんじゃ。それは病ではない……病に見せかけた、呪いなのじゃからな」


「のっ……」



 呪い……まさか『呪病』の正体が、呪い? そりゃそもそも、呪いのように命を蝕んでいく……という理由でその名前が付けられたはずだが。


 その『呪病』が本当に呪いの類で、それも原因をここで突き止められるなんて。



「呪いには、必ず術者がおる。つまり……」


「術者を倒せば、『呪病』は消える……?」


「そういうことじゃ、ジャネビアの孫よ。それはすなわち、病に苦しむすべての人間を救えることに繋がる。運がいいのぅ、坊主」



 今度はいたずらっぽく、ザババージャさんが笑う。


 『呪病』は呪いで、術者を倒せば呪いは解除される。それは、ノアリもノアリ以外も、助けられることになる。


 他のみんなを見捨てる必要もなくなる……だから、運がいいって、そういうことか。

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