第54話 竜族との鍛錬
クルドが話す、俺の中に感じるもの……生命体のようなもの。まさかそのような台詞が出てくるなんて思わず、寒気がした。
魔法……転生魔術の痕跡とは違い、なんとも不気味すぎる話だ。そのようなこと、エーネも言っていなかったし、竜族であるクルドだからこそわかったのだろうか。
別の生命体なんて言い方、女性相手だったら、腹の中に新しい命が宿っている、なんて想像はできる。だが俺は男だし、そんなことはありえないわけで。
「ヤークの反応からすると、やっぱり無自覚みたいだな。まあ俺にも、他のことはわからないんだがな。それがなんなのかも」
「……」
ある意味、知りたくなかった事実だ。それでも、クルドは良かれと思って言ってくれたのだから、クルドを責められやしない。
もちろんそんな自覚のなかった俺には、衝撃の言葉だ。クルドが嘘を言う必要もないし、少なくとも竜族であるクルドに会わなければ一生気がつかなかったかもしれない。
衝撃は計り知れない。だが、落ち着け……落ち着いて……
「……ふぅ。よし……クルド」
「ん?」
「ちょっと剣の相手をしてくれない?」
「んん?」
クルドが、あからさまに「なに言ってんだこいつ」といった顔になる。俺だって自分でそう思う。
「いや、その……もっと他に、気にならないのか?」
「なるよ、気には。けど、俺はクルドに言われるまで気付かなかったし、そのクルドも他のことはわからないんだろ? だったら今一生懸命考えてもなにもわからないし」
「まあそりゃ、そうだが……」
「それに、クルドのおばあさまが目を覚ますのがいつになるかわからない。その間、ずっとうんうん頭をひねってても仕方ないし」
考えても答えの出ないことを、延々と考えているのは無駄なことだ。そりゃ自分の中に別個の生命体を感じる、なんて言われたら不気味だけど……
だからって、ここでなにか考えても答えは出ない。そもそもここへは『竜王』の血を求めて来たんだ……まさか俺の体の問題が明らかになるとは思わなかったけど。
答えのないことを考え続けるより、体を動かしていた方がいい。俺の問題は、後で考えればいい。
「なんというか……お前は思い切りがいいのか、おおざっぱなのか」
「俺は、強くならなきゃいけないんだ。解けない謎を考えるくらいなら、その時間を鍛錬に費やした方がいいってだけ。要領がいいと言ってほしいな」
「……ヤークがそれでいいなら、いいけどな」
わからないことは後回し、まずは鍛錬だ。国を出てからというもの、一度モンスターゴブリンと戦っただけで、実戦はしていない。元々実戦はしていなかったが。
モンスターとしては低級と聞く、それも子供と思われるゴブリンにぎりぎりの戦いだった。こんなんじゃ、あいつを殺すなんて夢のまた夢。
本来、時間がないため鍛錬をしている暇なんてないが……求めている『竜王』の目が覚めるのを、黙って待っている時間があるくらいなら、鍛錬に時間を回すべきだ。
「そういうことで、クルドが良ければ剣の相手をお願いしたいんだけど……」
「俺は構わないぞ」
竜族であるクルド、その気迫だけでも俺、アンジー、ヤネッサ3人が束になってもかないっこないのがわかる。
アンジーでさえ、ただのメイドかと思いきやかなりの腕の持ち主。だがアンジーは俺の鍛錬に付き合ってはくれてもなんだかんだ手を抜くだろう。だが、クルドならばその心配はないし、クルドのような実力者とぶつかることで俺の実力も向上するはずだ。
「なら、よろしくお願いします!」
そんなわけで、俺はクルドと剣の鍛錬をすることに。剣の、とは言っても俺は木刀だが、クルドは素手だという。剣どころか得物も持たないとは。
その理由をクルドに聞くと、そもそも竜族は武器など持たないらしい。なんか納得。
「そういうわけで、クルドと鍛錬することになったから」
「どういうわけです!?」
当然、アンジーはひどく驚いていた。2人で神妙な顔をしていたはずが、そのようなことになっているので当然ではあるが。
対してヤネッサは……
「おー、いいぞやれやれー!」
とのことだ。
「クルドさん、くれぐれも怪我はさせないでくださいね!」
「いや、それ鍛錬にならないから! クルド、手は抜かないでね!」
「ぬぅ……アンジー、エルフ族なら回復の魔術は使えるな? 多少の怪我でも、それで治るから我慢しろ」
アンジーと俺の意見に、クルドは板挟み。気持ちはわかるが、アンジーの言うように手を抜くようなことをされては鍛錬にはならない。
多少の怪我くらい、覚悟できているしな。結果的に、アンジーが折れる形になった。
「よし、行くぞ!」
「あぁ、どこからでも」
クルドの家から出て、構える。さすが竜族の村だけあって、土地が広いのなんの。わざわざ場所を考えなくても、こうして派手に動き回れる。
いつの間にかちらほらと見物人が増える中、もう木刀を構えいざ踏み込む。体格も力も違いすぎる相手、それも竜族との鍛錬なんて機会は滅多にあるもんじゃない。
ここで、自分の力を少しでも上げておく。先生とは基本、教えてもらったことを反復し自分の技術に取り入れていたが、指導してくれる人がいない今、自分が持っている手札でどこまで立ち回れるか。
正直クルドに勝てはしないだろう。だが、少しでも相手をあっとさせるような、そして今後のヒントになるような動きさえ見つかれば儲けもの!
「はぁあああ!」
踏み込み、一気に懐へと潜り込み、木刀を振るい、そして……
----------
「ヤーク様ー!」
「げ、げふ……」
現在俺は、クルドにボコボコにされて地面に横たわっていた。そりゃもうボコボコに。自分の顔は見れないが、多分ひどいことになっているだろう。
疲労困憊とはまさにこのこと……指一本動かせない、とまではいかないが、痛みと疲れで体が全然動かせない。
「顔がすごいことになってる……」
「クルドさん! なにもここまでしなくても……」
「いや、何度も立ち向かってくるヤークの姿につい、な。それに、回復魔術で治せるから気にするなよ」
「気にしますよ!」
あぁ、やっぱり強い……今の俺なんかじゃ、一太刀も浴びせられなかったな。正確には、クルドがわざと隙を作ってくれたので当てられはしたが、そうなくては当たらなかっただろう。
それに、当たってもまったくダメージなかったし。クルドは手を抜かないとは言ってくれたが、それでもあれが全力でないのはわかる。
あぁ、痛みが引いていく……回復魔法のおかげか。でも、痛みは取れても疲労までは取れないわけで……
「な、なんか眠い……」
「ヤーク様ー!」
そのまま俺は、眠りに落ちてしまった。がくっ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます