第53話 そこに感じるものは



「んん……」


「いやあ悪かったな、わはは!」


「ふんっ」



 現在、膨れてしまったアンジーにクルドが謝っている。ただし豪快に笑いながらなので、あまり真剣さは感じられない。


 あれだけ大勢に胴上げされるなんて経験、長寿エルフのアンジーでもなかったことだろう。貴重な体験だとは思うが、本人は先ほど高い高いで不満に思っていたところだ。なのに胴上げなんて、拗ねてしまうのもわからなくもない。


 俺としては、膨れたアンジーなど珍しいなんてもんじゃないので、ある意味で眼福だ。



「孫のアンジーにあれくらいするなんて、ジャネビアさんは人気だったんだ?」


「まあな。気のいい奴で、あまり他種族とは交流しない我らもついつい仲良くなってしまうほどだった」


「へぇ」



 ジャネビアさんは、思ったよりすごい人なのかもしれない。そして、祖父を褒められているか、機嫌が悪いながらも心なしかアンジーは嬉しそうだ。


 竜族とそんなに仲が良かったなら教えてくれても、とは思ったが、何百年も前のことなら細かには覚えていないか。



「ところでヤーク、さっき言おうとしたことなんだが……」


「さっきの?」



 クルドの言葉に、先ほどどんな会話をしていたかを思い出す。ええと、竜族の皆さんが帰ってきて、その前は……



「あ……」



 そうだ、クルドが、俺の中に妙な気配を感じると言っていた。


 やばい、その話もう終わったと思っていたが、クルドは続けるつもりなのか。



「ちょ、ちょっとこっちへ」


「ん? おぉ」



 俺の中に感じる、妙な気配……それはおそらく、俺が転生者であることに関係のあることだ。


 俺に魔法の痕跡があることは、エーネが言うにはほとんどのエルフ族にはわかるらしい。おそらくアンジーと、多分ヤネッサにも。


 俺が転生者だと知ってなにも言わないのか、その痕跡ってやつが転生魔術とまではわからないのか……多分後者だろう。エーネは、ヤークが転生前のライヤの気配と同じだから気づいたって言ってたし。


 ともかく、俺が転生者だってことは知られたくない。少なくとも聞かれるまでは、自分から言うつもりはない。


 クルドを引っ張って、部屋の端へ。クルドの話が転生関連なら、2人には聞かせたくはない。



「なんでわざわざこんな端に?」


「いや、あ、あの……クルドが言ってるのって、多分魔法の痕跡のことだよね。それ、アンジーたちの前では言わないでほしくて……」



 あらかじめ、クルドに釘を刺しておく。クルドの口は軽くはなさそうだし、話さないでくれと言っておけば話すことはなさそうだし。



「あぁ、魔術の痕跡……それも、確かに感じるな」


「へ?」



 しかし、俺が口止めしたはずの内容は、クルドにとっても予想していなかったというものだったらしく……それ"も"感じるという、意図していない返答があった。


 それは……どういう、意味なのか。



「それ、どういう……」


「魔術の痕跡、それも感じるな。けど、我が感じてたのは、もっと別のものだよ」



 思わず口に出ていた俺の言葉に、クルドは答える。なんと答えればいいか、言葉を選んでいるようにして。


 俺も、自然と背筋を伸ばしてしまうほどに、不思議と緊張していた。



「我が感じたのは、そうだな……なんて言えばいいか……例えるなら、ヤークの中に、もうひとつ生命体がある、みたいな……」



 クルドの口から語られるそれは、俺が予想していたよりも……不気味に感じる、ものだった。

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