第52話 胴上げ
『竜王』……クルドの祖母が意識を取り戻すまで、待つ時間ができた。本来、すぐに用件を済ませたいところだが、衰弱した『竜王』を無理に起こすことへの躊躇と、ここまでに予定以上に早く来ているから時間に余裕ができた、という理由から待つことになった。
とはいえ、ただ待っているわけにもいかず……俺はできた時間で、考えをまとめていた。
『呪病』にかかったノアリを救うため、アンジーの祖父、ジャネビアさんが書いたという本を手がかりにエルフの森、ルオールの森林まで行った。そこでジャネビアさん本人に会い、『竜王』の存在の有無と居場所を教えてもらった。
ジャネビアさんが『竜王』と会ったという『王家の崖』……そこは、竜族が作ったという結界があり、その
そこで門番だというクルドと出会い、そのクルドの祖母が『竜王』だという。その血には、ジャネビアさんの病を治したという確かな結果があり、『呪病』にも期待ができる……
「すごい、順調だな」
改めて考えると、ここに来るまでに面白いくらいに順調だ。国からルオールの森林に向かうまでも、ライダーウルフを掴まえたことで大幅な時間短縮。ルオールの森林から『王家の崖』にだって、『転移石』のおかげですぐに来れた。
想定していたより、ずっと順調だ。それが悪いこととは言わないが、こうも順調すぎるとかえって不安になったりする。だからだろうか、ここにきて『竜王』を前にして、その意識がないというのは。
さすがに眠っている相手から血を抜き取るというのは……本当に時間がなければ考えたかもしれない。が、仮に実行しようとしても、クルドに止められるだろう。クルドがその気になれば、俺もアンジーもヤネッサも、一瞬でやられる。
「すまないな、こちらの都合で待たせてしまって」
「! い、いや、そんなことは……」
だというのに、クルドは俺たちを待たせるはめになったことを謝ってくる。クルドは全然悪くないし、むしろ俺の願いはクルドにとってなんのメリットもないし、衰弱している祖母から血を取ろうなど一蹴されてもおかしくない。
協力の姿勢を見せてくれるクルドが、いい人すぎる。いや、いい竜すぎる。竜族ってのはその存在自体、これまで知ることもなかった……実際に会ったことのある人間が、どれほどいるだろうか。
まだ竜の姿ってのは見ていないし、他の竜族にも会っていない。だが、額から生えた角や腰から生えた尻尾が、確かな迫力を見せてくれる。
「どうかしたか?」
「あ、特にどうってわけじゃなくて……竜族って初めて見たから、なんというか……」
「物珍しい、か。気持ちはわからんでもない。俺も、人間やエルフに会うのはいつぶりかわからんしな。だが……俺はお前こそ珍しいと思うがな」
「俺?」
「あぁ、なんというか……お前の中に、なんだか妙な気配を感じるというか……」
クルドが俺をじーっと見ながら、口を開く。その内容に、俺は内心焦りを感じてしまう。だってクルドが言っているのは……おそらく、転生したことによるものだからだ。
エーネに言われた、俺からはかすかに魔法の痕跡があると。それは、俺を誰かが俺を転生魔術により転生させた際、残った痕跡だろう。エルフには魔法の痕跡がわかるため、エーネはもちろんアンジーにも俺に魔法の痕跡があることがわかっているはずだ。ヤネッサは、わからないけど。
エルフ族は気を付けなければいけないと思っていたが、まさか竜族まで魔法の痕跡を見抜く目を持っているのか……!
「そ、それは、えっと……」
「あー!」
なんと答えるべきか。そう考えていたところへ、いきなり叫び声が上がる。それは、ヤネッサのものだ。
「ど、どうしたの?」
「クルドと似たにおいが、いっぱい近づいてる」
におい……はて、いきなりなにを言うのか。少し考えたところで、思い出した。ヤネッサは鼻がいいという話。だからこそこの旅に同行していたのだ、すっかり忘れてた。
クルドと似たにおい……それは、他の竜族ということか?
「そういえば、そろそろ外に出ていた者たちが帰ってくるな。たまに外に出て、必要なものがあれば採ってくるんだ」
「なるほど」
なにもこの街だけが竜の行動範囲、ということではないらしい。
それからしばらくもしないうちにぞろぞろと人が……いや、人の姿に成った竜が家に入ってきた。家のサイズは竜用なのに、入り口だけは人間サイズなのは突っ込まない方がいいだろうか。
「いやぁ、今日も大収穫だ! ……と、クルド。その人間たちは……?」
「久しぶりの客人だ。こっちのお嬢さんはなんと、あのジャネビアの孫だそうだ!」
「なんと! 本当か!」
入ってくるのは屈強な男たちばかり。目の保養的に、女の竜も見たいものだ。
そして彼らは、あれよあれよとアンジーの周りに集まる。困惑する当人をよそに、盛り上がり、ついには胴上げまで始めた。
「ちょ、ちょっと!?」
「わはは、歓迎するぞ、なぁみんな!」
「うぉおおおお!」
「いやぁあああ!」
高い高いどころか胴上げ……それはしばらくの間続いた。
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