第43話 殺してやりたい



 それは、俺が転生してから一番知りたかったことだ。


 なぜ、ガラドは俺を殺したのか……もちろん、その理由を知ったところであの男に対する憎しみが少しでも晴れるわけではない。ではないが……


 あの時まで、俺たちは確かに仲間だった。いや、あいつらは違うのかもしれないが……少なくとも、俺は仲間だと思っていた。その、仲間に突然命を奪われた。


 その理由を知る権利は、俺にはあるはずだ。本来ならば、そのまま死んでなにも聞けずじまい……それが、なんの因果かこんなことになっている。



「エーネ」



 黙ったままの彼女の名前を、呼ぶ。口を閉じ、軽くうつむくエーネは小さく肩を震わせた。


 エーネならば、あの場にいた3人ならばなぜガラドは俺を殺したのか、その理由を知っているはずだ。そうでなければ、見殺しなんて答えは出てこない。


 沈黙が、ただただもどかしい。数秒が数分にも感じられる。が、その沈黙の時間にも終わりが訪れる。エーネが、ゆっくりと口を開く。


 ついに、俺が殺されたその理由が明かされて……



「い、言えない」


「っ……!」



 その瞬間、俺は頭に血が上るのを感じていた。そこのどんな理由があろうと今更なにも思わない……そう思っていたのに。


 まさか、なにも言えない、なんて答えが返ってくるとは思わなかった。



「お前……!」


「あ、ぐ……!」



 気づけば俺は、エーネの首に手をかけていた。いくらあれから容姿があまり変わっていない少女の姿とはいえ、俺の今の体では片手では大きさに限界がある。だから、両手で首を絞めるようにして。


 幸い、アンジーたちからは、エーネの背中が壁になって俺がなにをしているかは見えない。俺はメンバー全員に復讐をすることを決めた。だが、実行犯であるガラドは確実だとしても、残りの3人全員を殺すかどうか。特にエーネは、結果的にだが俺とアンジーを会わせてくれた功績がある。


 だから、返答次第では見逃してやっても良かった……だが、なにも答えない。それはダメだ。このまま、絞め殺してやる……!



「殺してやる殺してやる殺してやる……!」


「ぅ……理由は、あるけど……私からは、言えない。けど、あんたには、こうする権利が、ある……だから、ころし、たければ、そうしたらいい……」



 所詮は子供の握力と見くびっていたか? だが俺は日々、剣の鍛錬に励んでいた。旅を始めてからは以前ほど時間は取れなかったが、それでも暇さえあれば、木刀を振った。


 少女の首をへし折るくらい、簡単に……



「私は、受け入れる……でも、ここで、は……やめたほうが、いい……」


「!」


「命乞いじゃ、ない……私を、ここで殺しても……困るのは、あなた……」



 その言葉は、不覚にも俺の頭の熱を冷ましていく。


 ここでエーネを殺すのは、簡単だ。本人に抵抗の意思がないのだから。だが、その後は? この場に、俺とエーネの二人だけなら、あるいは逃げ出すかごまかすこともできたかもしれない。


 しかし、この場には離れているとはいえ、アンジーやヤネッサ、ジャネビアさんがいる。突然エーネが死ねば、当然それまで話をしていた俺に疑惑が向く。首には絞めた痕もある。犯人だと断定される。そうなれば、俺の今後がぱあだ。



「……」


「っ、ぅ、けほ、けほっ……」



 気づけば俺は、手を離していた。首の圧迫感から解放されたエーネは、咳き込んでいる。


 この場じゃエーネは、殺せない。まさかそれを見越して、場所を移動しなかったのか……殺されるのを受け入れるとか言っておいて、本当は保険をかけていたのか。



「……勘違いしないで、ほしいんだけど……私は、別に打算があって移動しなかったわけじゃない。ただ、移動が面倒だったから」



 息を整えたエーネが、まるで俺の心を読んだかのような発言。それが本当か噓か、俺に確かめる術はない。



「信じられるか、隠し事をする奴は」


「……そう、よね。でも、私の口からは、言えない……聞くなら、ガラドか、ミーロに……」



 聞くなら張本人に聞け、か……それができれば、苦労などしない。


 なんの理由があって黙っているのかは、わからない。が、エーネがその理由を知っているということが判明した以上、ヴァルゴスもやはり知っているということだ。


 ミーロに至っては、実行犯であるガラドに近い位置にいるの、か? いずれにせよ、エーネがこの反応なら、仮にヴァルゴスに会えても同じ反応が返ってきそうだ。



「はぁ、めんどくせえ」


「……ガラドやミーロが、自分の息子がライヤだっていうのは……」


「知ってるわけないだろ」


「そう、よね」



 あの2人……周囲の人間には可能な限り正体を隠しておく。転生魔術なんてものがどの程度の認識でどのくらいの人に知られているのか、俺さえ気を付けておけば俺が転生した人間だと気づく奴はまずいない。それが、『国宝』に選ばれたガラドたちの元仲間、ライヤだとは誰も思うまい。


 今回、エーネが俺の正体を見破ったが、これは例外中の例外。転生前と転生後、両方の俺と面識のあったエーネだからこそバレてしまったが、逆に言えばここさえ押さえておけば……



「言うなよ、誰にも……特に、あの2人には」


「……言えないわよ。あいつが……私たちが殺した仲間が、あんたたちの息子として転生してるなんて」


「……今すぐ、殺してやりたい」



 仲間、か。しらじらしい。


 この口約束に強制力はないし、本当にエーネが黙ってくれるか保証はない。エーネが話さないと、信じるしかない。だが、エーネは話さない……なぜか、こう確信があった。


 ……信じる、ってのもおかしな話だ。



「お前にバレたのは想定外だが……聞けることがないなら、これ以上お前と話している意味なんてないな」



 俺は腰をあげ、エーネから目をそらす。俺がエーネと話をしていたのは、なぜエーネが俺の正体に気付いたのか確かめるため。そして、ガラドが俺を殺した理由だ。


 後者は聞けなかった。前者も、エルフ族のエーネだからこそだと判明した。謎は解けた。これ以上、自分を殺した奴と話なんか、したくはない。


 その場から足を前に出し、エーネの横を過ぎ、アンジーたちの所へと戻る。その、直前……



「ごめんね」



 そう聞こえた気がした。きっと気のせいだ、幻聴だ。俺は邪念を振り払うように、首を振る。



「あ、ヤーク様。エーネとの話は終わりましたか?」



 アンジーとヤネッサ、2人の下へ戻ると、それに気付いたアンジーに声をかけられる。さっき、同じ室内でエーネを殺そうとした、なんだか気まずい。



「あぁ、まあ……ね」


「どんなお話を? 2人は初対面ですよね」


「え、あぁ……あ、アンジーはどんな具合に働いているかとか、そういう、話だよ。本人の前でそういう話もしにくいからって、離れてたんだ」



 その純粋なまなざしが、問いかけが痛い。思わず目をそらしそうになるが、そうすると不審に思われるので苦笑いで対応。


 一応、それっぽい返答をしておく。少なくとも、これでごまかせはした。



「ところで、そっちは……」


「はい、さっき説明を終えて……」



 理由はわからないが、アンジーからヤネッサに、俺たちがここに来た理由……『竜王』諸々の話を説明しておいてくれと、エーネからの言葉をアンジーがさっき終えたようだ。


 正直、俺たちとジャネビアさんの話を真剣に聞いていなかったヤネッサに……というかこの場にいる理由がわからないヤネッサに、わざわざ先ほどのものと同じ説明をしてもなんの意味があるんだと聞きたい。


 時間が、ないというのに。エーネと突っ込んだ話をしたのだって、アンジーがヤネッサに説明し終えるまでの片手間みたいなもので……



「ふむふむ」



 そこへ、まるでなにかを理解したと言わんばかりの、ヤネッサの声。というか、理解していてもらわないと困る。時間がないことも、ノアリを助ける手掛かりが消えてしまったことも……


 そんなオレの心配をよそに、ヤネッサは……



「よし、事情は理解した。あとはこのヤネッサに任せたまえ」



 などと、言い出した。

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