第42話 魔法の痕跡
「あなた……ライヤ、なの……?」
エーネと二人きりの空間……というわけではないが、みんなとは離れた位置にいるため、あまり大きな声を出さない限りは聞こえない。
それくらい距離を取り、エーネは問いかける……俺の、転生前の名前を。そうではないのかと。なぜか、確信を持って。
「……」
目を、見つめ返す。真剣な目だ……誤魔化そうとしても、おそらく通用しない可能性が高い。だが、なんと答える? 正直に話すのか?
元々、この世界には転生魔術というものが存在すると、転生前の時点から聞いたことがあった。とはいえ、それはほとんど伝説のようなもの……おまけに、魔法の使えない俺たち人間には本当か嘘かを確かめる術もない。だからこその伝説、なのかもしれないが。
そのような伝説がどのようにして今まで伝わってきたのか……そんなことは、どうでもいい。問題は、相手は人間ではなくエルフ……魔法を使え、その道に精通している相手だってことだ。転生魔術だという単語を、鼻で笑うような真似はしないかもしれない。
おまけに、相手は転生前の俺のことを知っているエーネだ。それに、エーネから言ってきたのだ……俺が、ライヤではないかと。なんらかの確証がないと、転生魔術の存在を知っていたとしてもまずそういう話にはならない。
「……ライヤって……なんの、ことですか?」
相手が何らかの確証を持っている……だからといって、この場で即座に認めてしまうのも危ういだろう。エーネがなにを持って俺をライヤだと判断したのかはわからないが、すぐに認めるのは得策ではない。そもそも俺は、ガラド含め俺を殺した連中に復讐するのが目的なのだ。
ここで俺はライヤだと認めてしまえば、今後の動きに支障が出る。ガラドやミーロにこのことを告げられれば、俺の命すら危うい。殺した人間が自分たちの子供として転生しているとか、また殺されかねない。
だからまずは、すんなり認めるよりも、エーネの動きを見る。なんで俺をライヤと判断したのか、それをばらされる危険はないか、もしそのつもりならエーネの弱みでもせめて見つけられないか……それらを、思案するために肯定も否定もせず、とぼける。通用しなくても、時間稼ぎにさえなれば……
「とぼけても、無駄。私にはわかるの……あなたからは、かすかにだけど魔法の痕跡がある。それに、エルフの目は、その人間の気配……オーラ……っていうのか、それを感じ取ることが出来るの。で、あなたからは、ライヤ……彼と同じ気配がする」
「っ……」
どうやって話の主導権を握ろうか……そう考えていたが、あっさりとエーネが話す。俺がライヤだと判断した理由を。
つまりは、エルフにはエルフ特有の力があり……ライヤに感じていた気配と、今目の前にいるヤークの気配が、同じだからそう判断したと。目、ということは、エルフにしかわからない特有のオーラが見えているのだろうか。
「でも、気配っていってったって……その、アンジーから聞いたけど、そのライヤって人は、もう何年も前に死んじゃったんでしょ? そんな昔の人の気配なんて、覚えてるんですか?」
正確には、11年前だ。俺が転生するまでに3年、そして今の俺は8歳……だが、そんな正確な年を答えるのも不自然だ。ここは、アンジーに聞いた
それに、これは本心だ。そんな前に死んだ俺のことなんて、覚えているはずがない。俺を、見殺しにしたのだ。
……なのに……
「……覚えてるよ。忘れるはず、ない……」
なんで、妙に悲しそうな顔で、そんなことを言うんだ?
「それに、さっき私と会った時、目を見開いて驚いてた。すぐに表情を戻したみたいだけど、あの一瞬は見逃さなかった。初対面の相手に、あんな顔はしないよ。私とあそこで会ったのは、予想外だった?」
「っ……」
「エルフの洞察力を、なめちゃいけないよ」
しまった……なるべく平常心を保っているつもりだったが。確かにあそこでエーネに会ったのは予想外だったし、その直前の『竜王』の話が精神的にキていた。
エルフ特有の力に、初対面の反応……これは、本格的に誤魔化しは通用しない。もう逃げられそうにないな。
「……はぁ。まさかエルフに、そんな力まであるなんて」
「……認めるのね?」
自分から認める形になる……それは悔しいし、今後の動きに支障が出かねない。だが、変な疑いを持たれてこそこそ調べられるよりも、マシだと思えた。
「あぁ。俺は……ライヤだ」
思えば、こうして転生前の……本来の自分の名前を名乗るなんて、いつ以来だろうか。
「ライヤ……本当、に……」
俺から改めて証明され、エーネの唇が小さく震えている。先ほどの表情といい、その反応はなんなのだ。
まさか、エルフにはバレる危険性があるとは、注意しないと。……いや、今回バレたのは、エーネがライヤのことも知っていたからだ。ライヤの頃に出会ったエルフはエーネ以外にはいないし、エーネだからライヤとヤークを結び付けられた。一般のエルフ……アンジーや、この森のエルフに俺の正体がバレる心配は……
「ん? なあエーネ、さっき俺に魔法の痕跡があるって言ってたよな。それって……」
俺に、魔法の痕跡がある……それだと、俺の正体がライヤだとはわからなくても、俺が転生したっていう事実には気づかれるんじゃないか?
「……その姿と声で、ライヤみたいな口調だとなんか変な感じ。いやライヤなんだけど」
「茶化すな、あと俺の口調ってなんだよ。……魔法の痕跡って、エルフなら誰でもわかるもんなのか?」
「そりゃあ、ね。エルフの目は特別で、魔法の痕跡も見ることが出来るの。どんな風にって言われたら困るけど……とにかく、わかるの。同じエルフ同士なら、魔法の痕跡なんてなんの不思議もない。でも、それが人間にあるのはおかしい……だから、よほど鈍くない限りはわかるはずよ」
なるほど……魔法の使えるエルフに魔法の痕跡があるのは当然。だが、魔法の使えない人間に、魔法の痕跡があるのは変。だから、言ってしまえば悪目立ちする、と。つまりは、アンジーも……
「アンジーは、よほどの鈍い奴だと思うか?」
「それはないと思うわ。アンジーさんはこの森の中でも、かなり魔法に敏感な性質なはず。だからあなたに魔術の痕跡があることにも、気づいているはず」
……アンジーも、エーネと同じように、俺の魔法の痕跡には気づいているはず。
なのに、アンジーは今日まで、なにも言ってはこなかった。
「まあ、魔法の痕跡って言ってもなんの魔法かまではわかるわけじゃない。私は、あなたがライヤと同じ気配があるから、魔法の痕跡の正体は転生魔術じゃないかって当たりをつけただけだし……あぁ、もうややこしいわね」
「なんでもいいよ」
そうか、エーネが、転生前転生後両方の俺を知っているから特殊なだけで……転生後の俺しか知らないアンジーには、転生魔術だと看破することはできない、か?
……もしも、そうでないとしたら。いやそうだったとしてもだ。俺に魔法の痕跡があることを、黙っているのはなぜだ? 働いている家の子供に、変な魔法の痕跡がある……それを、黙っている理由は?
なにか、理由があるのか。転生魔術だと気づいて、それでも黙っているのか。転生魔術だと気づいてはいないが、なんでか黙っているのか。そうでなければ……
まさか、俺を転生させたのは……
「それにしても、驚いたわ。まさか、ライヤが転生して……ガラドと、ミーロの子供になんて。誰が、そんなことしたのかしら」
俺を転生させた人物。それが魔法である以上、術師はエルフであることは間違いない。あの場でいつも近くにいた……というか交流があったのはエーネだけだが、俺を見殺しにしたエーネが転生魔術を使うとも思えないし、もしかしたら隠れて俺を助けてくれた可能性もないわけではなかったが……一連の会話で、エーネが関わってないことが明確になった。
その、俺を見殺しにした相手と、話題が話題とはいえこうして向かい合って話し合っている。変な、感じだ。
……となると、だ。俺を転生させたのは誰か。転生直後にも抱いた疑問だ。
今の会話で、アンジーにいくつかの不審点が挙がった。……転生前の俺とアンジーの交流はなかった。もしあっていたら、あんな綺麗なエルフを忘れるはずもない。だが、転生後の俺の魔法の痕跡に気付きながらも、黙っている理由……それを、踏まえた時。アンジーが、俺の転生に噛んでいるのではないかと、そんな予想が出てきた。
もちろん、魔法の痕跡に気付いていない可能性も捨てきれないが……エーネがああ言う以上、アンジーが気づいていない可能性はほぼない。
「あの2人が結婚したのは知ってたし、その2人から誰か世話係を紹介してくれって頼まれた時は驚いたわ。それでも、まさかあの戦いから3年で子供を作るなんて、旅の最中も結構いちゃついてたけど、まさかそこまでだったなんてね。さすがに驚い……」
「エーネ、わざとか?」
「あ……ごめん。そんな、つもりじゃ……」
懐かしむように、昔を思い出している。俺がガラドに殺されたのを知っていて、ミーロが俺の幼馴染だったのを知っていて、だ。しかも、俺の知らない話だ。俺の見ていない所での話か、それとも俺が死んだ後の話か……少なくとも、俺はガラドとミーロがそんな関係だなんて知らなかった。
腸が、煮えくり返りそうだ。いっそのこと、この場でお前の首を絞めてやろうか……そんな想いすら、わいてくる。だが、エーネは素直に謝った。形だけではなく、申し訳なさそうな顔をしながら。
「っち……エーネ、答えろ」
その表情を見ないように、目をそらす。そして、その状態で心を落ち着け……エーネを、睨みつける。
復讐をすると、決めたに至る理由……それを、聞き出すために。
「ガラドはあの時、なんで俺を殺した。なんでお前らは、俺を見捨てたんだ」
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