第41話 その出会いは、歯車を狂わせる
「…………」
思考が、停止する。ついさっきまで、ノアリの『呪病』を治すための手がかりを得るため、『竜王』の情報を聞いていた。居場所がわからない、生死さえも不明だと、その事実に打ちのめされていたところだ。
そこに現れたのは、かつて俺と共に旅をして、魔王を討ち取り……俺が死に行くのを、黙って見ていていたハーフエルフ……エーネだった。
エーネがここにいること自体には、そんなに驚きはない。元々エルフの森に、エーネがいるかもしれないと事前に構えていたのだ。だから、ここにいるのもこの家を訪ねてきたのも、それほどの驚きではない。
問題は、タイミング。頭がごちゃごちゃしているところに、こんな嘘みたいなタイミングで……それに、なにより、エーネは俺のことをこう呼んだ。『ライヤ』と。それは、共に旅をしていた頃……つまり転生前の名前だ。
見た目どころの問題じゃない、俺は死んだ。なのに、エーネは俺を見て……ライヤと、懐かしい名前を呼んだ。
「ぁ……」
なにか、言わないと。けれど、なにを言えばいいのか……わからなくなっていた。
そもそも、エーネに会ったら聞きたいと思っていたこともあらかじめ考えていたはずだ。あの時なぜ、ガラドは俺を殺したのか……なぜ、他の3人とも俺を助ける素振りさえ見せてくれなかったのか。
俺を殺したのがガラドの独断……とは考えにくい。死にゆく俺を、3人は見捨てた。事前にガラドが俺を殺そうとしていることを知っていなければ、見捨てるという判断にはならないはずだ。だから、3人はガラドが俺を殺そうとするなんらかの理由を、知っていた。
なので、その件を問い詰めようとも、ここに来るまでに……いや転生してから、考えていた。なのに、それすらも口に出ない。もちろん、この場で俺の転生事情を話せるわけではないが……それを、差し引いてもだ。
「……エーネ?」
無言の、時間。そこに割り込んできたのは、アンジーだ。突如としてこの場に現れたエーネが、なぜか固まっているのだ。不思議に感じたのだろう。
「あ、アンジー……さん」
「どうしたの、いきなり固まって。それに、今なんて言ったの? ライヤ、って、そう聞こえたんだけど……」
「それ、は……」
「ライヤって、確か……エーネと共に旅をして、その道中で息絶えたという人間の名前、じゃなかったっけ。なんでいきなり、そんな名前を?」
アンジー……この変な空気を打ち壊してくれるかと思っていたが、なんかさらにややこしい事態に。アンジー、転生前の俺の名前、知ってくれてたんだ。
文献には、確かに俺の名前も載っている。ガラド、ミーロ、エーネ、ヴァルゴス……そして、ライヤ。しかし、ライヤは他の4人と違い突飛した力はなく、しかも旅の道中で死んだ……とされている。そのため、俺の扱いは載っていても小さい。
なんの戦果も立てていない、平民にはそれがお似合いということか。その、目立つはずのないライヤという名前を、アンジーは知ってくれている。それだけで、思わず泣きそうになる。
「いや、えっと……アンジーさん、その、子供は?」
「? この子は、以前エーネが紹介してくれたラオイス家のご長男。ヤークワード・フォン・ライオス様よ」
「……ガラドと、ミーロの……」
「……こんにちは」
エーネは、両親の依頼を受けて世話係としてアンジーを紹介した。いわば、俺とアンジーが出会うきっかけを作ってくれた。その点だけは、感謝している。
ただ、一応元仲間の子供ということで挨拶はしたが……俺をライヤと呼んだ、その理由は……
「ごめんなさい、ちょっと疲れていたみたい……気に、しないで」
「そう? 大丈夫?」
だが、エーネはその先を話すことはなく、ごまかした。
……まあ、いい。アンジーもいるこの場で、あまり転生前の俺の話題はしないほうがいい。
「エーネよ、なにかあったのではないのか?」
「! あ。そう、です」
話が一区切りしたと感じ取ったらしきジャネビアさんが、エーネにここに来た理由を聞く。だが、そもそも『竜王』の話が悪い方に向かい、困惑していたところだ。ここでエーネにかけられる時間よりも、なんとか打開策を考えたいのだが……
「最近の、食糧問題なのですが……」
話を、始めてしまった。しかも、結構重めの話っぽい……そういや、俺たちを攻撃してきたヤネッサが、略奪者がどうとか言ってたな。
……いやいや、そんなことに頭を使っている場合じゃない。俺は俺で、考えることがあるんだ。『竜王』の手掛かり……いや、『呪病』を治す手がかりを……
「ヤーク様……どう、しますか」
いつの間にか側に寄ってきていたアンジーが、聞いてくる。どうしますか、とは、ここに来て手がかりがなくなってしまったことについてだろう。
ジャネビアさんの意識はもうエーネの方に向かってしまった。だからとにかく、考えるしかない。どうする……どうする……
「……アンジーさんたち、どうしたの?」
「!」
「エーネ?」
アンジーとは逆方向から、声が。それは、さっきまでジャネビアさんと話をしていた、エーネだ。
「おじいさまと話していたんじゃ?」
「私は、
どうやらエーネは、個人的に話があったわけではなく、いわゆる伝言を伝えに来たらしい。話の内容については、ジャネビアさんが向こうでうんうん唸っている。
だから、暇になったのでこっちに来たのだろう……が……
「……」
やりにくい。なんでわざわざ来たんだ。なんか、めっちゃ見られている気がする。迂闊に振り向けない。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、エーネはアンジーに事情を聞く。別に隠すことでもないし、軽くだがエーネにも事情を話す。『呪病』から助けたい人がいて、そのために『竜王』を求めてここまで来たが、手がかりがなくなってしまったこと。
「なるほど……それで、そんな難しい顔してたのね」
「うん……なにも案が思い浮かばなかったら、おじいさまが『竜王』と会ったっていう、場所だけでも聞いてそこに行ってみるしかないんだけど……」
「いない可能性が高いところに行く時間はない、と」
理解度の高さは、さすがだ。アンジーとエーネの会話の通り、ジャネビアさんが『竜王』と会った場所を聞いても、そこにいなければ……時間の無駄となる。はっきりといないと断言してくれない以上、ここまで来たらどうしても会いたい。
なんとか、手がかりを……
「……ヤネッサ」
「んー、なぁにエーネお姉ちゃん」
と、ここに来てエーネがヤネッサを呼ぶ。なぜかこの場にいるヤネッサは、暇を持て余していたのかその場に大の字に寝転がり、なにやらぶつぶつ数字を言っていた。天井のしみでも数えていたのか?
ヤネッサはぴょんと立ち上がり、こっちに寄ってくる。
「もしかしたらこの子なら、アンジーさんたちの手助けになるかも」
「えっ、それってどういう……」
「ヤネッサ、今までの話ちゃんと聞いてた?」
「ん-ん」
首を横に振るヤネッサに、俺は思わずスッ転びそうになった。いくら自分に関係ない話だからって、あれだけ深刻に話していたのを聞いていなかったのか?
しかしその答えが予想通りだったのか、エーネは軽くため息を漏らすのみで……
「だと思った。じゃあアンジーさん、悪いんだけど1から、この子に説明してあげて」
なぜ、今ヤネッサに諸々を説明しなければいけないのだろうか。それは、この子なら手助けになるという、この言葉通りの意味ってことだろうか。
もしそうなら、説明の価値はあるが……最初からちゃんと聞いていてくれれば、2度手間にならずに済んだのに。思わずため息が漏れる。
だが、仕方ない。また1から離して……腕を、誰かに引っ張られる。
「あとごめん、この子、少し借りるね」
「え、エーネ?」
「おぉお?」
俺を引っ張っていたのは、エーネだ。困惑する俺を気にすることなく、部屋の隅へと歩いていく。アンジーが心配そうだが、目に見える位置にいるからか止めようとはしなかった。それとも、エーネを信用しているのか。
アンジーたちと、距離を取る。ここならば、大きな声を出さない限り声は届かない。
ようやくエーネは俺の腕を離し、振り向き……俺の目を、見ながら……
「あなた……ライヤ、なの……?」
正面から、確信に触れることを聞いてきた。
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