第40話 『竜王』の居所……そして、予期せぬ事態


「孫が世話になっているようじゃな」


「へ? あ、いえ、こちらこそ……というか、おれ……僕が、お世話になりっぱなしで」



 立ち話もなんなのでということで、正式に家の中へと招かれる。以前はアンジーも住んでいたということで、家はそれなりに広い。


 広間に通され、アンジーの祖父の正面に、膝を揃えて座る。膝が痺れるが、これが正しい座り方だと習った。転生前じゃこんな座り方をすることなんてなかったので、転生してから貴族として姿勢正しく、と教わったものだ。


 座るや、先ほどの……アンジーが世話になっている、と祖父が頭を下げてくる。その行動や言動はまったくの予想外。慌てて、こちらも頭を下げる。


 こっちがお世話になりっぱなしというのは、嘘ではない。そもそもメイドとして来てくれている以上、お世話してもらっているのはこっちなのだから。



「……ほぉ、その年でなかなか礼を弁えておるようじゃな」


「え、いやぁ……」



 し、しまった……のか? 確かに、8歳にしては少しかしこまりすぎていた……かもしれない。


 アンジーに対する孫バカッぷりはともかく、睨まれるだけで姿勢を正してしまうほどに迫力のある雰囲気に、思わずかしこまりすぎてしまったかもしれない。



「しっかりと教育が行き届いておるようじゃな」



 さ、さすがに、これだけで転生してますってのはバレはしないか……



「ど、どうも、ありがとうございます」


「あまりに躾の行き届いていない子供のいる家だと、アンジーが苦労していると思っていたが……この子ならば、心配はなさそうじゃな」



 なるほど……このおじいさんは、結局のところアンジが心配なわけだ。世話をするにあたり、そこに手のかかる人物がいるのではないか……アンジーがつらい思いをしていないか。孫想いのいい人じゃないか。


 強面だが、心を開いてくれている……のだろうか?



「も、もうおじいさま……」



 アンジーはアンジーで、恥ずかしそうだ。そしてその隣に座るのは、むすっとした顔をしているヤネッサ。



「ヤネッサ、どうかした?」


「ジャネビア様、私にはいつも素っ気ないのに」



 どうやら拗ねているらしい。さっきの一場面の会話だけだが、ジャネビアさんは見た目通りの堅物じいさん、どうやら毎日訪ねているらしいヤネッサにも気難しく接していた。


 しかも、なぜか俺に対して厳しめの目を向けてくるため、余計に気にくわなさそうだ。



「そうか?」


「そうです!」



 どうやら、ジャネビアさんは自覚がないらしいが……まあ、いい。今はそんなことはどうでも。


 まずは対話関係を良好にすることからだと思っていたから、すでに話を聞いてくれるようならばさっさと話を切り出そう。



「ええと、お話、いいですか?」


「おぉ、なんじゃね。わざわざ訪ねてきたということは、よほどの用事があるのじゃろう」



 さすが、話が早い。アンジーの祖父なだけあって、慣れれば話しやすいな。


 俺は早速、ここに来た理由を話していく。簡潔に、それでいて要点を抑えて……


 話をする間、ジャネビアさんはなにも言わずに話を聞いてくれた。アンジーも、俺に任せてくれていた。ヤネッサも、口を挟むことはなくて……てか、なんで彼女はまだここにいるんだ。聞かれて困る話でもないから、別にいいけど。



「……だから、ここに……ジャネビアさんを、訪ねてきたんです」


「……なるほどのぅ」



 自分でも、ちゃんと説明できたかはわからない。説明に、どれほどの時間が掛かったのかも。ただ、ジャネビアはうなずき、顎髭を触っている。


 大切な友人が病に侵されたこと、原因も治療方法もわからないこと、そんなときにノアリお気に入りの本を見つけたこと、『竜王』という存在とどんな病も治す血について、その本の著者がアンジーの祖父……ジャネビアさんだということ。


 ちなみに、著者の名前はアルバラン・モンダンとなっているが、それはアンジー曰く偽名であるということ。だから、こうしてアンジーの祖父にたどり着けたわけで。



「必ず死に至る『呪病』か……今お前たちの国では、そのようなものが流行っておるのだな。未来ある子供の命を奪うなど、恐ろしい病じゃ」


「『呪病』についてはどうでも……いや、どうでもよくはないけど。知りたいのは、あなたの本の中に出てきた病を治す方法です。本当に、『竜王』なんているんですか?」



 普通の病気ならば、一旦治ったとしても再発の恐れがある。だが、この『呪病』は7つの歳を過ぎれば発症しない……だから、俺にとっては病が発症しなくなる方法より、病を治す方法の方が重要だ。


 7つを超えれば発症しない……それは確認されているだけの事柄で、事実はわからない。再発と言っても、今まで治った経験がないのだから再発があるのかもわからない。……このようなことも、俺は意図的に無視していた。いや、治す方法さえわかれば、後はどうとでもなると思っていたのか。


 それほど、焦っていた。



「……よほど、焦っておるようじゃの」


「……そりゃ、そうですよ。ノアリが……大切な友達が、あとひと月で、死ぬだなんて……」



 そんなことは、認められるはずがない。


 転生してから、初めてできた友達だ。まだまだやりたいことだってある。それが、変な病のせいでその未来を奪われるなんて……



「ノアリ、というのか。……大切な者を失うかもしれない気持ち、わしにもわかるぞ」


「ジャネビアさん……」


「結論から言うならば……『竜王』はいる。おとぎ話だけの話ではない、現実に存在している」



 ジャネビアさんは、ゆっくりと言葉を紡いでいく。俺はその様子に、ただただ次の言葉を待っていた。



「まあ、『竜王』の存在を認知している者など、この世界でも数えるほどじゃろう。その中で直接会った者ともなれば、さらに数は限られる」


「ち、ちなみに、ジャネビアさんは会ったことは……?」


「あるよ」



 俺は、全身鳥肌が立つのを感じていた。アンジーから、あの本は祖父が昔の武勇伝を本にしたものだ、と聞いていた。聞いていたが、実際に本人から会ったと聞くのは、また違った趣がある。



「ねえねえ、りゅーおーって?」


「しー、後で説明してあげるから」



 隣から、退屈そうなヤネッサの声。さっきまで空気を呼んで口を挟まなかったんじゃないのか。もう少し頑張ってほしかったな。


 『竜王』という存在すら、今のヤネッサのように知らない人が多い……いや多数だろう。俺だって、転生後にノアリお気に入りの本を読んで、程度の認識だ。長寿のエルフとはいえ、知らないものは知らないってわけだ。



「『竜王』がいると確信もなかったはずじゃ。なのに、わしは……理由はなんじゃったか……とにかく、わしにも死なせたくない大切な者がおってな。そいつが病にかかった。思い立った理由はもう忘れてしもうたが、その病を治すため、『竜王』を探しに出た」



 理由は忘れた……か。本から情報を得た俺とは違い、ジャネビアさんはなにを思って『竜王』を探そうと思ったのか。それとも、俺とも同じように『竜王』関連の情報をどこかから得たのか。『竜王』を求めて発った理由は、本にも書いていなかった。


 アンジー曰く、ジャネビアさんは嘘は嫌いらしい。あくまで物語だからすべてが真実ではないだろうが、あくまで物語の話だ。すべてを記載する必要もないし、物語としてどうしても嘘を交えることはある。……読み手が気になるのは、あくまで冒険談の方なのだから。



「実際に、『竜王』はいる……じゃあ、その血があらゆる病を治すっていうのも?」


「……希望を持たせるつもりはない。『竜王』にあったわしはその血をわけてもらい、それを持ち帰り……彼女に与えた。彼女はみるみる元気になった。病は治った……それを誇張し、物語とした」



 彼女……つまりジャネビアさんの大切な人ってのは、女の人か。


 『竜王』の血はあらゆる病を治す……その問いに、ジャネビアさんは首を縦には振らない。治ったのは、あくまでもその病だけ……他の病で試していないのだから、他の病にも効くのかわからない。希望を持たせるつもりはないってのは、そういう意味だろう。


 もし『竜王』の血を手に入れたとして、『呪病』が治らないなんてこともあるかもしれない。ただ希望にすがるなと、ジャネビアさんはそう言いたいわけだ。



「……でも、『呪病』も治る可能性はゼロじゃない。元々手掛かりのない状況から、ここまで来たんだ……可能性があるなら、なんだってやります!」


「ほぅ。まあ確かに、あの存在感は……すべての苦痛から救ってくれるような、そんなものじゃったな」


「教えてください、『竜王』の居場所」



 本には、北の北の最果て……と書いてあった。もしそれが本当だとしたら……距離と時間の勝負だ。ライダーウルフのおかげで足は確保できている。それでも、遠い場所がはるか遠ければ……


 ノアリが命をなくしてしまう……そう考えると、それだけで震える。できれば、余裕を持って帰りたい。だから場所は正確に把握し、距離によっては今すぐにでも出発して……



「実はな……わからんのじゃよ」


「…………は?」



 素で、間抜けな声が出た。



「おじいさま?」


「いや、意地悪で言うとるんじゃない。その本には書いていないが……後日談というやつか、わしは再び、『竜王』に会いに行った。同じ場所にな。しかし、そこには『竜王』の影も形もなかった」


「そんな……」


「あのように巨大な姿を見落としはしない。『竜王』は、そこにはいなかった」



 わずかな、希望……可能性……それが、音を立てて崩れていくのがわかる。


 考えてみれば、わかったはずのことだ。ひとつの場所に滞在する……その可能性が、低いかもしれないってことに。人間だって、滞在場所を変えることはある……ずっとそこに留まり続けるなんて……



「で、でも! おじいさまが訪れていた時はたまたま留守にしていただけかも」


「そのときわしは、3日をその場で過ごした。わしも若かったからの、見知らぬ地でもひとりで過ごせた。しかし『竜王』は帰ってこんかった」


「おじいさまの、若い頃……」


「あぁ、アンジーやヤネッサはもちろん、お前たちの両親もまだ生まれておらん。じゃからまあ、言いにくいんじゃが……そもそも、『竜王』が今生きているのかも……」



 手掛かりが……こぼれ落ちていく。せっかく、ここまで来たのに。



「そんな! おじいさま……なら、初めに言ってくれれば……」


「あんな真剣な目を前に、そのようなこと安々言えるものか。それに、昔の武勇伝と言ったじゃろう。それほどの昔だと、思わなかったのか?」


「そ、それは……」



 エルフは長寿だ。アンジーは見た目は2、30代だが、その実際の年齢はどれほどのものだろう。聞いたことはない。でも、昔一緒に旅をしていたエーネは、アンジーよりも若い見た目で100年程度生きている、と言っていた。


 もちろん、エルフの年の取り方にも個人差があるだろう。だが、仮にアンジーが100歳を超えていて……その両親がいて。その親であるジャネビアさん曰く、アンジーの両親も生まれていない。それほどの昔。いったい、何百、もしかしたら何千の……


 それほどの時間が経ち、仮にジャネビアさんから最初に『竜王』に会った場所を聞いて行ったとして、その場所に留まっているはずがない。『竜王』というからには超常的な存在だと勝手に思っていたが、たとえ寿命じゃなくても、それほどの時間が経てばなんらかの原因で死んでいても、おかしくは……



「く、そ……!」



 思わず床に、拳を叩きつける。うつむく。元々ダメ元に近い形でここまで来た。『竜王』がいないならいないで、仕方ないと思っていた。


 なのに、『竜王』はいるのに。その場所も、生きているかさえもわからない……きっぱり、いない、死んでいると言われた方が、まだマシだ。


 こんな、宙ぶらりんみたいな形で……ここから、どう動けば……



「こんにちはジャネビアさん、いる?」



 そんな、他に気をやっている余裕などない時に。誰かが、家に入ってくる。ここはジャネビアさんの家なのだから、先ほどのヤネッサのように誰かが、いきなり入ってきてもおかしくはない。もちろん俺を訪ねてきたわけでもない。俺が文句を言える立場ではない。が……


 タイミングが、悪すぎる。頭の中ごちゃごちゃなのに、誰だこんなときに。理不尽な怒りが、募っていく。


 ただジャネビアさんを訪ねてきた人に、こんな感情を向けるのは良くない。良くないのに……俺は、その無粋な尋ね人に、良くない感情を抱きながら、顔を上げて尋ね人の姿を確認して……


 ……目が、見開いていくのがわかった。



「……え?」



 そこに、いたのは……



「む、エーネか。悪いの、今立て込んでいて……」



 ……かつて、魔王を倒すために共に旅をしたエルフ……エーネが、立っていた。ジャネビアさんがなにか対応しているが、その声も耳に入らない。俺は、その姿に釘付けだった。


 エルフの森に、ハーフエルフであるエーネがいるかもしれないと予想はしていた。もしかしたら、捜せば会えるんじゃないかとも……だが、こんな、ところで……こんな、形で……


 しかも、不意を突かれて固まっている俺の姿を視界に収めたエーネは……



「……ライ、ヤ……?」



 目と目が、合う。


 エーネは俺のことを、ライヤと……転生前の名前で、呼んだ。

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