第36話 ライダーウルフを探して
旅では、食料が底を尽きモンスターを食べなければいけないこともある。モンスターをと聞いて嫌な想像をしがちだが、そもそも一般に出回っている肉だって、モンスターの肉だ。ウルフ、ラビット、ハーピィ……
そのように食べられるモンスターと、ゴブリンのように食べられはするがおすすめはしないもの……オークやゴーレムなど、まったく食べられないモンスターも存在する。その区別を、アンジーは教えてくれた。
とはいえ、転生前俺も冒険をしていたし、実はモンスターを食したこともある。さすがにゴブリンを食べるようなことはなかったが、それなりに知識はついていたはずだ。
「……ヤーク様は、今後どうするおつもりですか?」
いきなりなことを聞かれた。
「どう、とは?」
「あぁ、えっとですね……私たちの住んでいる国では、ある程度の年齢になると冒険者という職業につく人が多いんです。その場合、依頼を達成して報酬をもらうことになります……国の外に出ることも多いですし、もちろんモンスター討伐の依頼もあります。ヤーク様は剣が上達したいと言っておられますし、もしかしてそういった願望があるのかと」
ふむ、なるほど……俺が剣を習っているのは、将来冒険者になりたいからではないか、と思っているらしい。まあ、そう思っても仕方ないよな。
アンジーの言うように、この国には冒険者という制度がある。適度に依頼をこなせば稼げるし、実力があればそれなりの収益を得ることができる。とわりと人気な職業らしい。
転生前、俺がこの国に来て、ほんの少しの滞在しかしなかったので詳しいシステムはわからないが……以前は、魔物の討伐も行ってはいたらしい。もっとも、モンスターよりも難易度が高くなかなか苦労はしていたようだが。
「いや、そのつもりはないよ」
冒険者、とはなかなかに心引かれる響きではある。だが、俺はそんなものになるつもりはない。剣の腕を磨いている理由はただひとつ、それを果たすために必要なものならともかく、冒険者なんて必要になるとは思えないし。
「そうなんですか」
「そう。鍛えてるのはまあ……別の理由」
まさか自分の父親を殺すため、なんて言えないし……適当に、ごまかしておく。先生や母上にはなんか変な誤解をされてしまったが、別に否定しても面倒なのでそのままにしておいた。
アンジーも、適当に解釈してくれると助かる。
「それよりも……旅って、ホント、なにもないんだね」
「そのうち、村や集落などがあるはずですよ。そこに着けば、ある程度の食料や備品の調達を……長居はできませんが、少しの時間でしたら見て回るのもいいでしょう」
食料や備品か……欲を言えば、移動のために便利なグッズはないだろうか。
長旅で足が疲れれば移動に支障が出る……というのもあるが、移動スピードを短縮することができれば、その分余裕も生まれる。
それからしばらくの間、アンジーといろいろ話しながら足を進めた。旅の心得とか、気を付けた方がいいモンスターとか……俺も旅をしてはいたが、やはりひとり旅をしていたアンジーの話はためになる。
「! ヤーク様、村が見えましたよ」
ただずっと歩いているだけではなく、時折村を発見し、立ち寄った。夜遅ければその際は安い宿を取り、そこに泊まる。やはり、野営とちゃんとした設備で寝るのとでは大違いだ。
立ち寄る村の多くは、アンジーが一度は立ち寄ったことのある場所のようで、しかもよほど信頼されているのか、村人との交流もスムーズだった。以前、ひとり旅のときに寄った場所ばかりなのだという。
国からエルフの森、エルフの森から国……出発到着地点が逆なだけで、通る道はほぼ同じだ。アンジーが一度は通った場所だから、こうして比較的楽な旅ができている。ひとりでは、こうはいかなかっただろうな。
それにしても……
「すごいな、アンジーは」
「え、なにがです?」
エルフ族は、積極的にではないものの迫害……いや、人々から敬遠されていた立場だ。魔王討伐にエルフの少女(エーネ)がいたために世間のエルフに対する評価は良くなったが、風当たりはまだまだ厳しいものがある。
だというのに、アンジーは……人々と笑い合い、普通に接している。この村でも、最初来た時にはよほど白い目で見られただろうに、こうして打ち解けているなんて。
ウチでもそうだが、近所付き合いはいい方だ。きっと、アンジーの元々の性格なんだろうな。誰とでも仲良くなれるような、そんな。直接言うのはなんだか気恥ずかしいけれど。
「移動に便利なもん……そうだ、ものじゃねえが、モンスターなら知ってるぜ」
村では、情報収集も行った。アンジーも物知りだがなんでも知っているというわけでもなく、情報をその都度集めるのは大事だ。
そこで、移動用のモンスターがいることを知る。
「確かライダーウルフって名前だって聞いたことがあるな。この村の冒険者が、遠くに依頼をこなしに行くときとか、よく活用してるって言ってたぜ」
ライダーウルフ、か……ひとりが乗れる背中と、ひとり用でも倒れないしっかりした足腰をしているのが特徴的らしい。頑張れば2人でも乗れるらしい。特に片方が子供なら。
これまでに旅をしてきて、そんなモンスターがいるなんて聞いたこともなかったな。珍しいのだろうか。
「そのモンスターを見つけられれば、移動も便利になりますね」
人を乗せて長い距離を走れるだけあって、そのスピードは普通のウルフなんか目じゃないらしい。なかなか見つけられないし、見つけても逃げられるしで捕獲の難しいモンスターだ。
ちなみに、その村ではライダーウルフの貸し出しをやっているようだったが……村人でもない人物は、たとえ信頼のできる人物でも貸し出しはできないらしい。ま、ライダーウルフを貸してそのまま逃げられたりでもしたら、大ごとだしな。
果たしてそのモンスターに会えれば幸運なのだが……いないものねだりをしても仕方がない。運よく見つけられればそのときは絶対捕まえる……と、思っていたのだが。
「……ライダーウルフ、いた?」
「……いましたね」
国を発ってから3日目。いくつかの村や集落を経由し、旅を続けていた俺たちの前に、ライダーウルフと思わしきモンスターがいた。それも2体。近くの岩場に隠れる。
空のようにきれいな水色の毛並み、長い胴にそれを支えるたくましい4本の足。そして額に生えた長い角……間違いない、ライダーウルフだ。
「それも2体なんて、すげーツイてる」
まるで俺たちのために用意されたような配置。問題は、いかにしてあいつらを捕まえるかだが……
話によると、ライダーウルフは忠誠心が強く、自分を倒した者、または己の存在の主張である角に触れた相手を主とみなすらしい。倒すならともかく、触れるだけでいいとは簡単ではないかと思ったが……いくら額から変えているとはいえ、普通のウルフでさえ額に触れるだけでも難しいのだ。それを、ウルフよりも速いライダーウルフのその角だなんて。
忠誠心が強いライダーウルフは、忠誠を誓っている相手以外に角に触れられることを極端に嫌う。ちなみに忠誠心の有無は、角の色によってわかるらしい。赤色の角を持つライダーウルフは誰にも忠誠を誓っていない……つまり野良。今目の前にいる2体ともが、そうだ。
そして原理はわからないが、誰かに忠誠を誓った時、ライダーウルフの角は青色になる。だからすでに青色の角を持つライダーウルフは、他の者が近寄るには危険とされている。倒す、角に触れる……要は、ライダーウルフに忠誠を誓わせればいいわけだ。
「さーて、どうしよう……」
ライダーウルフの生態について考えるのは程ほどにして、問題は捕まえる方法だ。足が速く、またモンスターだけあって警戒心も強い。姿を確認されれば、すぐに逃げられてしまう。
……それにしても、隣のアンジーがなんだかおとなしいな。これじゃ独り言をぶつぶつ言っているみたいじゃないか。できればなにかいい案がないか話し合いたいんだが……というか、アンジーもなにかぶつぶつ言ってる?
「なあ、アンジー……」
「ヤーク様、少し静かに……"
アンジーに話しかけると、静かにしているよう言われた。そのアンジーは指を2本立て、直後にライダーウルフへと向ける。よく見ると、その指先は紐のようなもので縛ってある。それも、紐は光っている……光の、紐か?
その紐は、"
「ガウ……?」
光の紐がライダーウルフに認識された時には、もう遅かった。紐が、自在に動きライダーウルフの体を、縛って……拘束、する。
「ガルル……!?」
拘束されたのとは別のライダーウルフは、異変に気付きその場から逃げ出す。紐を食いちぎるようなことをするでもなく、仲間を置いて逃げた。それを、アンジーは黙って見ていた。
聞いていた通り、さすがの速さ……あっという間に、見えなくなってしまった。残ったのは、光の紐に拘束されたライダーウルフ一体のみ。
「ふぅ……拘束しましたよ、ヤーク様」
「ふぅ、じゃなくて! え、終わり!? 俺なんにもしてない! なにその便利な魔法! 魔法なの!?」
「"
紐じゃなくて、鞭だったのか……便利だな、魔法。この方法なら、ライダーウルフなんて簡単に……あぁ、魔法を使えるのはエルフ族だけなんだよな。
「そりゃ、すごい。けど……もういったいも、捕まえられたんじゃないの?」
そうすれば、ひとりいったいで乗ることができたというのに。
「それほど万能ではないですよ、素早い相手を同時に拘束するのは至難ですし、集中力も必要です。なにより、いったいで充分です。ヤーク様ひとりをライダーウルフに乗せたとして、心配ですから。ライダーウルフはあれほどの速さ、ヤーク様が振り落とされる可能性だってありますし、あまりに駆け抜けすぎてはぐれてしまうかもしれません。一緒に載っていた方が、安全です」
……過保護め。まあ、心配してくれるのはありがたいんだけども。
結局収穫はいったいだったが、それでも充分すぎる。ライダーウルフへと近寄っていくと、まだ角は赤いまま。それにすごい敵意のある目で見てくる。
「ンンン……!」
「口も縛って、徹底してるなあ。……で、どうするの?」
「簡単なことです。要はくっぷ……忠誠を誓わせればいいのでしょう?」
今、くっぷくって言おうとしなかった? くっぷく、屈服ってことだよね。
アンジー、一人旅をしていたりゴブリンのお肉経験者だったり……もしかしてすごくワイルドだったりしない?
それからアンジーは俺に背を向け、倒れているライダーウルフに目線を合わせるようにしゃがんだ。その後しばらくして、ライダーウルフの表情が端から見てもわかるくらいに青ざめていき、角は青くなった。
「さあ、これで大丈夫ですよ、ヤーク様!」
振り向いたアンジーは、笑顔だった。
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