第37話 止まれ略奪者



 移動に使えるモンスター、ライダーウルフ。通常のウルフよりも乗りやすいし、なにより速くそして持久力もある。冒険者は移動手段として活用するというライダーウルフ、そのいったいをゲットした。


 アンジーの拘束魔術から解かれたライダーウルフは、アンジーに頭(こうべ)を垂れている。額から生えた角は赤色から青色へと変化しており、それはアンジーに忠誠を誓った証拠だ。


 拘束されている最中はあれほど敵意を見せていたのに、今やすっかりおとなしくなっている。触っても大丈夫だろうか……



「グゥアウ!」



 手を伸ばし毛並みに触れようとしたら、思い切り怒鳴られてしまった。アンジー、2人一緒に乗ればいいと言っていたが……触れるのすら嫌がられるんだ、乗るなんて無理じゃないか?



「ふふ、元気ですね。でもその方は、とても大切な人です……危害を加えたら、許しませんよ?」


「!」



 今のやり取りを見て、アンジーが呟く……なんだかそれはとても冷たく、寒気のするほどの声色だ。その迫力をもろに受けたライダーウルフは、肩を震わせ、俺に頭を垂れた。


 アンジー、キミはいったい……怖いというか、たくましいというか……


 その後、ライダーウルフの背中に乗っても吠えられることはなかった。まずは俺が乗り、その後ろにアンジーが乗るというスタイルだ。



「さて……行きますよ!」



 2人を乗せ、ライダーウルフは走る。そもそも生き物の背中に乗せてもらうのが初めてではあるが、これは……すごいな。人の足で走るのよりも断然に速いのはもちろん、正面からぶつかる風が気持ちいい。


 これならば、普通に歩いて行くよりも目的地に到着するのは、断然早くなるはずだ。



「ヤーク様、大丈夫ですか?」


「あ、あぁ、うん……」



 あまりの速さに、アンジーが顔を寄せて耳元で話しかけてくる。くすぐったい。


 俺を落とさないために、そして自分が落ちないように、俺のお腹に腕を回している。密着しているわけだ。そうすると、そう……アンジーの、柔らかなそれが押し付けられる形になるわけで。しかも、声を届かせるために屈むと、より押し付けられる。


 むぅ、いつもメイド服だからあまりわからなかったが、意外と……って、いかんいかん。自制しろ俺!



「あ、アンジー、もう少し離れて……」


「え、なんです?」


「も、もう少し離れて!」


「ダメに決まってます」



 こんな近距離でも、それなりに声を張り上げないと声は届かない。伝わっても、俺の頼みは却下される。


 アンジーとしては、危ないから離れられないのだろう。そもそも、男とはいえ8歳でこんなこと考えているなんて思っていないのだろう。


 背中は、柔らかい。正直天国だ。だが、天国であり地獄だ、これは。



「速いですね、さすがはライダーウルフ……私も、名前しか聞いたことがなかったので、驚きです」



 そんな俺の葛藤など知るよしもない。アンジーは、俺が退屈しないようにか声を張り上げて、話しかけてくれる。ありがたいが、忘れた頃に胸を押し付けられるのでたまったものではない。


 早く、目的地に着いてくれ……!



「……今日は、ここまでにしましょうか」



 途中、見かけた村に寄ってから、食料を補充。主にライダーウルフ用のものだ。村には基本モンスターは入れないが、青色の角を持ったライダーウルフのように、危険がないとわかるものなら大丈夫だ。


 その後再び出発。暗くなってきたので野営のために足を止め、食事の時間。ついでに両親に定期報告と、ノアリの安否確認。ノアリの方は進展なしだが、こっちはライダーウルフを手に入れたことを伝えると、驚いていた。



「ここまで走ってくれたんですし、明日も頼むことになるんです。しっかり養ってあげないと」



 アンジー曰く、とのことなので、ライダーウルフの食事はわりと豪華だ。まあ、こいつのおかげで今日はかなりの距離を進むことができた。なので、それも納得だ。


 寝ている間にライダーウルフが逃げてしまわないかとも心配になったが、主(アンジー)が指示しない限り勝手に離れることはないらしい。



「では、おやすみなさい、ヤーク様」


「うん、おやすみ」



 ライダーウルフのおかげで、移動時間がぐんと減ったことに加え、モンスターとも出くわさなくなった。正確には、モンスターがいてもライダーウルフの速力には追いつけないため、そのまま引き離せるのだ。ライダーウルフに追いつけるのはライダーウルフだけだ。


 モンスター相手に戦えないのは残念だが、こうして移動手段が確立された以上、早い段階での目的地への到着を確実にするべきだ。モンスターに邪魔されないなら、わざわざ戦う必要もない。この旅が終わった後、好きなだけ戦いに出掛ければいい。



「……んぅ」



 気がついたら、眠っていた。起きた時には、日が昇り始めたあたり……アンジーもまだ寝ているし、ようやくアンジーよりも早く起きれたな。



「……あと、どれくらいなのかな」



 同じく眠っているライダーウルフの頭を、そっと撫でる。寝ていると、かわいいものだ。


 アンジーが言うには、元々歩いていた分に加え、ライダーウルフのおかげでかなり進めたらしい。明日か明後日……いや、もう今日か。今日か明日には、着けるだろうということ。エルフの森に。



「ルオールの森林、か」



 そこは転生前でも、俺は行ったことがない。仲間だったエーネの故郷だと聞いたくらいで、エルフの森の正式名称もアンジーに聞いて知ったくらいだ。


 エルフとは魔術を使う生き物……俺はエーネとアンジーしか知らないが、どんな連中なんだろう。人間のように、いい奴もいれば嫌な奴もいるんだろうか。


 ……いや、やめよう。エルフの森が目的地ではあるが、そこはあくまでノアリの『呪病』を治す手がかりを手に入れるための場所だ。もちろんエルフの森自体に手掛かりがあるのなら別だが……まずは手掛かりを持っているであろう人物、アンジーの祖父に会わなければ。



「ん……ぁ、ヤーク様……?」


「アンジー、おはよう」



 アンジーが、目覚める。こうしてアンジーの寝顔を見るのも、起きる瞬間を見るのも初めてだな。家で雇われてはいても夜には帰ってしまうから、アンジーのそんな姿を見たことがない。


 そう指摘してやると、アンジーは珍しく顔を赤らめていた。



「ほ、ほら、行きますよ」



 ライダーウルフも目覚め、軽く食事を済ませて、出発。心なしか昨日よりもライダーウルフの足取りが軽く思える。



「昨日食べたお肉が、良かったのかもしれませんね」



 アンジーの見解を聞いて、なるほどと思った。ライダーウルフは、というかモンスターは野生だ。そこでなにを食べるか……あまり、上等なものは手に入れられないだろう。だから、昨日食べたお肉がかなり美味しくて、張り切っているのかもしれない。


 そのおかげも、あってだろうか……



「! 見えましたよ、ヤーク様」



 アンジーに言われ……いや、その前から思っていた。あれがそうではないか、と。だから、アンジーの言葉に確信した。


 まだ『そこ』までは距離がある。それでもわかるほどに、巨大な木々……存在感のあるそれらは、まさしく森林だ。大自然の力だろうか、これだけ離れていてもその大きさ、高さが相当なものだとわかる。力強く、幾本もの木が立っている。さらに、近づくにつれただの平地にも変化が訪れ始めた。野菜や果物を育てているのだろう、やけに生活感のあるものになってきた。


 これほどの大自然、国ではもちろん転生前の旅ですら、見たことがないかもしれない。ここが……



「ルオールの……」


「止まれ!」



 周囲に注意がいっていたせいだろうか、事前に気付けなかった。声は正面から。


 見れば、そこにはひとりの女の子が立っていた。身に付けているのは、胸や局部を隠すような最低限の布地……その輝くような金髪や宝石のような緑色の瞳から、エルフだとすぐにわかった。


 なんと過激な格好……しかし、それに目を奪われている暇はない。なぜならその手には弓矢を構えており、すでに矢を射る手前。その目は敵意に満ちていたのだから。



「止まれ略奪者め!」


「ちょっ、ちが……」


「死ね!」



 ライダーウルフの速力はすさまじい……だからだろうか、ぐんぐん彼女との距離が縮まる俺の話を聞こうともせず、少女は吠える。直後その手に構えていた矢が、射られた。

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