第14話 同年代の女の子



 ……その日もひとりで、剣の稽古に没頭していた。ロイ先生による稽古が始まるのは明日からだ。これは日課ではあるものの、待ちきれないと内心待ちきれない気持ちでいっぱいで、体を動かしていた。


 そんな、いつも通りの日常のひとつとなるはずだった、日のことだ。



「ん? ……お客さんか?」



 中庭での鍛錬中、ふと、家の入り口が騒がしいのを感じる。アンジーひとりを雇うだけで済む程度の大きさ……まあアンジーの手際が良すぎるのもあるが……とにかく、それほど大きくないとはいえ家の入口には大門がある。


 その前には、なにやら高そうな服装に身を包んだ男がいた。それが、アンジーの案内に従って大門から敷地内に入り、家の玄関に向かっている。


 こっちには気づいていないようだ。知らない顔だし、俺には関係のないことだろう。そもそも客人はそこまで珍しいことでもない……稽古の続きに戻ろう。



「ヤーク!」



 ……それからしばらくして、俺の名を呼ぶ声が聞こえる。それは俺を呼ぶ母上の声。稽古を中断しそちらを向くと、なにやら笑みを浮かべてこちらに向かってきている。なんだ?


 ……その後ろ、足にしがみつくように、隠れるようにして誰かがいる。



「母上? どうかしましたか」


「剣の稽古中にごめんなさいね。実は今、私たちの知り合いが来ているの。それでこの子、その人のお子様なんだけど、お話が終わるまで一緒に遊んでてくれない? 稽古中なのはわかってるんだけど、私もお父さんも、アンジーもどうしても手が離せなくて」



 ふむ、知り合い、とはさっきの男だろう。俺が見たことがないということは、俺が死んでから知り合った相手ということか。今日まで見なかったのは、訪れたのが今日が初めてでなければ、ただタイミングの問題だろう。


 母上は言動と同時、後ろに隠れている子を前に押し出す。んん、見た目は俺と同じくらい……4、5歳ってとこか。かわいらしい女の子だ。肩まで伸びた赤い髪は見ただけで目を奪われてしまうような魅力があり、さらさらと風になびいていて思わず触りたくなってしまう。瞳の色は黄色で、宝石でもはめてあるのではと思うほど美しくあるのだ。


 確かに、大人たちの話は子供にはつまらないだろうしな。それに、見た感じこの子はおとなしそうだ。そんな子なら、つまらないから外に出てる、なんて自分からは言えないだろう。しかもここは他人の屋敷、居づらそうな彼女を、それを見かねた母上が連れ出したってことか。


 母上も父上もアンジーも、対客の応対で精一杯。それほど大事な相手ってわけか。他に手が空いていそうなのはキャーシュだが、まさかキャーシュに預けるわけにもいくまい。そもそもキャーシュは、友達の家に行っているから留守だし。


 なのでここは……



「はい、もちろんいいですよ」



 快く、受け入れる。まあ、鍛錬中とは言っても実は、明日のことが楽しみで半分くらい集中できていなかったし。子守りくらい、なんてことはない。



「ありがとうヤーク、愛してるわ。じゃ、ノアリちゃん、ここでヤークと遊んでてね? ヤーク、ノアリちゃんをお願いねー」



 ノアリと呼ばれた少女を残し、母上は去っていく。やれやれ忙しい人だ。さて、一緒に遊んでてとは言われたが……はて、どうしたものか。ここは家の敷地内、まさか家の外に出るわけにもいかないし、ふと屋敷を見れば父上と先ほどの男……ノアリの父親が対談している部屋が見える。


 あまり、目の届かない所にも行けないしな。俺だけならともかく、他のお子さんもいるのだ。


 となるとここで……だが、弟であるキャーシュ以外で、同年代と遊んだことはない。それも、相手は異性だ……同性なら、同じく剣でも打ち付け合うのもありかとは思ったのだが。異性の、それもこんなおとなしそうな子ではそうもいかないだろう。


 さて、なにをするか……任されはしたが、結構悩むな。女の子だし、お話でもすればいいのか? 転生前だって、女の子と話したのはミーロや故郷にいる子ばかりだった、物心つく前からの知り合いだったし、どう話していたか意識したこともないし……



「あ、あの……」



 と、考えていたところに彼女の方から話しかけてくる。いかんいかん、どうやって遊ぶか考え事に没頭していたが……向こうから話しかけてくれるとは、これは好都合。



「の、ノアリ・カタピルです。き、今日はよろしくお願いいたします」


「あぁ……うん」



 貴族の子であるからか、喋り方は丁寧だ。が、やはり落ち着きない様子だ……他人の家だからだろうか。というか、言葉の使い方も仰々し過ぎる。相手が大人ならともかく同い年くらい、それも遊び相手を頼まれただけだし、そうかしこまられることもないのだが。


 とにかく、名乗られたからにはこちらも名乗らねば失礼だ。相手は両親の知り合いの娘な訳だしな。あいつらに義理立てする必要はないが、貴族の子として生きていく以上、それなりに世渡りはうまくやっていかないとな。



「えっと、ヤークワード・フォン・ライオス……です。よろしくお願いします」


「は、はぃ!? いえその……はい……」



 相手に倣って、こちらも相応に礼を持って応対。したのだが、うぅむ……顔を真っ赤にして、俯いている。怖がられたか? 初対面でこれほど怖がられるとはな。


 ……いや、まさか……



「もしかして、俺が……いや、ライオス家が称号ミドルネーム持ちだから、委縮してるのか?」



 それは一つの可能性。俺の問いかけに、わかりやすくうなずきはしない……が、その反応は一目瞭然だ。


 貴族であるカタピル家の人間が礼を持って接するなど、それこそ王族相手くらいだ。カタピルと聞いて思い出したが、俺でも聞いたことがあるくらいに位の高い上級貴族だ。そんなとこと知り合いだったのか……


 しかしライオス家は、上級貴族どころか王族と同等の権力を持っている称号持ち。立場的に、貴族の上なのだ。


 だから、こうも堅苦しくなっているのか。さっきのも、怖がったんじゃなく貴族よりも立場が上の俺が丁寧に返してくるもんだから、驚いたのかもしれない……子供でありながら、家柄の立場の違いをよくわかっている。もちろん、おとなしい本人の性格の問題でもあるんだろうが……


 てか、ここに来るまでどこに連れてこられたのか、気づいてなかったのか?



「そんな緊張しなくて、普通にしてくれよ。その方が、俺もリラックスできる」



 敬われるのが悪いこととは言わないが、それにしたって同じ年頃の子供相手にというのはな。せっかくだし、リラックスして話してほしいものだ。なので、まずはお願い。俺も普通の喋り方にする。



「ふ、つう……いいん、ですか?」


「そう。気軽に話してよ。俺も家だと、固い言葉ばかりで息が詰まりそうなんだ」



 家だと息が詰まる……母上父上はもちろん、アンジーにも不審がられないよう気を抜くことは出来ない。気軽に話せるのはキャーシュくらいだ。そのキャーシュも、真面目だからか固い言葉で対応してくるし……ま、なんかそこがかわいいんだけどな。本人は固く接しているつもりはないんだし。



「……わかりまし……わか、った。えと……ヤークワード、様……?」


「ヤークでいいよ、みんなそう呼ぶし。俺もノアリでいいか?」


「……ん」



 少女は小さく、うなずく。まだ緊張している様子は拭えないが、徐々に慣れていくだろう。ノアリだってきっと、家で窮屈な思いでいるはずなんだ。だから、せめてここでくらいは。


 手を差し出す。ノアリはそれを見てぽかんとしていたが、恐る恐るといった感じで手を伸ばし……握手を、交わす。小さく、柔らかな手だ。


 これが、今後ともよろしく過ごすこととなる……ノアリ・カタピルとの出会いであった。

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