第11話 ロイ先生



 やって来た剣の先生。「ようこそいらっしゃいました」と応対して会釈するアンジーの後ろから、母上がやって来て軽くお辞儀。



「どうもご丁寧に。ごめんなさいね、忙しいのに無理なお願いをしちゃって」


「いえ、そんなことは。私などに、このような役目。もったいないことです」


「今は主人は出掛けているから、そんな堅苦しくなくてもいいのよ?」


「いえ、滅相もない」



 ふむ……先生とはいうが、やけに堅いな。いや、向こうは雇われの身でしかもこっちは称号ミドルネーム持ちだ。どんな貴族でもこんな対応にはなるか……


 母上は、もっと砕いて話してほしいみたいだが。今だって困った表情を浮かべている。というか、この2人知り合いなのだろうか? 先生を雇おうって話から見つかるまでやけに早かったし、ミーロの言い方も知り合いに対するそれのようだ。


 もし知り合いだとして、俺は知らない。そもそも田舎故郷なのでそこで国の知り合いができるはずもない。ということは、俺が死んでからできた知り合いか……これが貴族社会の、コネというやつか?



「それで、私が教える生徒というのは……」


「えぇ、この子よ」


「ど、どうも」



 さて、教わる者としてまずは第一印象が大切だ。元気よくはきはきと。と思っていたが、向けられる視線に思わず言葉が詰まってしまった。情けない。



「…………このこど……いえ、お坊ちゃん、ですか?」



 えぇ、マジかよ……みたいな顔をしている。まあ、そりゃそうだろうな。教える生徒が年端もいかぬ子供なのだ、逆の立場でも俺だってこんな反応になる。


 しかし、そこはプロ。動揺からすぐに表情を引き締める。さすがだ。



「この、方、ですか?」


「えぇ」


「や、ヤークワード・フォン・ライオスです! よろしくお願いいたします!」


「……」



 聞き直しても、残念ながら答えは変わらない。悪いっすね。


 もしかしたら、悪ふざけで呼ばれたのではと思われたのかもしれない。仕方ない状況とはいえ……こっちだって本気だ。その思いを、伝える。じっと見つめて。じっと見つめて。



「…………」


「……冗談、ではないようですね」



 おぉ。伝わった。案外目だけでもどうにかなるもんだ。


 先生に、これが冗談でないことは伝えられた。よって、次のステップだ。諸々の話はともかくとして、必要なのは俺がどの程度動くことができるのか、というもの。



「ふふ、この子本気なの。驚いたでしょ」


「えぇ、さすがにこのような経験は初めてで。……しかし、教えるにしてもいくつか解決しておかないといけない問題があります。まずは、ヤークワード様がどれほど動けるのかわからないと……」


「ヤーク、でお願いします、先生!」


「私からもお願い。せめて、この子には敬語もなにもなしに、他の生徒と同じように思いっきりやってほしいの」


「……わかりました」



 これは、予め母上に頼んでいたことでもある。いくら称号ミドルネーム持ちとはいえ、俺は子供。それに、教えを乞う立場だ。わざわざヤークワード様だのなんだの呼ばれていては、どちらも集中できない。


 母上も、それは承知の上だ。だからこそ、思いっきりやってくれと言ったのだ。



「しかし、この敬語はどうにも癖で……誰に対してもこうなのです。そこは承知して頂けると」


「そう、変わらないわね」



 ふむ、ホントにいるんだな常に敬語の人。生前でも、そんなタイプの人間はいなかった。


 そういうことなら、仕方あるまい。



「では、ヤークと」


「はい。ロイ先生!」



 こうして、ロイ先生が剣の先生となる。その最終確認として、母上と話を固めるようだが……それより先に、すべきことがある。


 とはいえ、先生の言うように俺がどの程度できるのか、先生の疑問の通りそれを見ないと話にならないだろう。事前に先生は、かなりの腕を持っている、と聞いていたらしい。ハードル上げないでよ母上……


 それを期待してきたら、こんな子供がいたと。落胆もしただろう。ならばこそ、先生の期待をまずは取り返さないといけない。


 剣を教えてくれるのだから、せいとがくらいできるのかわかって、どういう教え方をするか組む。そういうことだ。



「では、その木刀で隙に打ち込んできてください」



 まずは、俺の動きを見るためとして一対一の打ち込みだ。俺が好きに先生に打ち込む……それだけだが、先生ならそれだけで大抵のことはわかるという。


 遠慮はいらないとのことだ。なら、思い切り……



「いきます!」



 構え、真正面から斬りかかる。これはいい機会だ、先生にとっても、そして俺にとっても。自分自身で、どれだけ稽古を重ねても限界がある。今のように、打ち込みがひとりではできないのもそうだ。


 父上であるあの男は今日のようにいないことが多いし、教えはともかく稽古を申し込んでみてもこんな小さな我が子に本気なんか出さないし、わりと甘々だから正直な俺の腕前を答えてくれない。


 正当な評価……それこそが、俺が外部の剣の先生を求めた一番の理由でもある。



「はぁあ!」



 剣を存分に振るうには、やはり体ができていないと話にならない。なので、まずは俺の身体能力を計る。打ち込みから始まり、まずは好きに打ち込んでいく。当然どこから打ち込んでも防がれるが、俺の今の力を見せつけるのに一番だ。


 そして、それからどれくらいの時間が経ったか……打ち込みを終え、先生は、顎に手を当てなにかを考え込む仕草のままなにかを考えて……



「ふむ……ヤーク、キミは5歳という話でしたね?」



 と聞いてきた。なので正直に答える。



「はい!」


「あの先生、なにか問題が?」


「問題どころか……正直、この歳でこれだけ動けるなど、想像以上です。まずは体を作るところからだと思っていたので、その手間が省けました……すでに、基礎体力も申し分ない。成長が早いというか」



 5歳にしては、体ができている……できすぎている。それは喜ぶべきなのだろう、現に母上は「まぁーっ」と手を口に当て喜んでいる。


 しかし俺は、内心ひやひやしていた。失敗した、と思ったからだ。俺は体は5歳児だが、中身はすでに約20年分の経験値がある。中身と体が合わなくても、知識がないより知識がある分、後者の方が体ができあがるのは圧倒的に早い。


 なにをどうすれば、体ができあがるか。それがわかっているからこそ、なにもわからない5歳児より成長は早い。おかげで一般的な5歳児より存分に体力は上昇したが、それがかえって疑念を抱かせてしまったらしい。



「が、がむしゃらに体を動かしていただけですよ、あはは……」



 なんとか、ごまかすことにする。まさか、自分は生まれ変わりで前世の記憶がありその分経験値があるおかげで成長が早いのです……なんて言えるはずもない。


 転生したことでスタート地点から経験値があり、そのおかげで成長したこと……そのことで、疑念を抱かれると思わなかった。


 そうだよ、俺は5歳児。転生する前の経験値があるだけの、普通の5歳児だ。それ以外はなにもない、普通の人間だ。



「えぇと、それで先生……ヤークは、どうです?」



 そこへ、母上が恐る恐るといった感じに話しかけていく。



「えぇ、問題ありません。これなら今からでも剣の稽古を始められますね」


「!」



 変に思われ、ここに来て先生の話を断られはしないか……その疑念は、すぐに解消された。それは、これから剣の稽古を始めるという、最も望んでいた答えで。

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