第10話 剣の先生
ある日のこと。突然だが、この家でアンジーとは別に、とある人物を雇おうという話になった。それは俺が頼み込んだ、剣の先生だ。まあきっかけとしては、俺の剣の稽古を見ていたミーロが提案してくれたものなのだが。
剣の稽古……それはひとりでやるのも、キャーシュに教えるのもたいした負担はない。むしろ、教えているからこそ自分の姿勢を見直すこともできる。
俺はひとり、剣の腕を磨いていた。だが、独学ではやはり限界がある。剣を教えてもらう、という意味ではちょうどいい見本がいる。ガラドだ。魔王を倒し、『勇者』となったあいつは元々剣の腕は一級だ。だが、あいつに教わりたくない理由がある。
ひとつは、単純に俺の感情の問題。なにが悲しくて、あの男から教えを乞わなければいけないのか。たとえあの男を殺すためだとしても、だ。
もうひとつ……それは、あの男は人にものを教えることにとことん向いていない。こちらの方が、理由としては感情的でなく現実的な問題。確かにガラドは剣の腕は一級だが、剣が強いイコール教えるのがうまいわけではない。以前一度だけ、ミーロが教えてあげてと頼んだことがあるが……そりゃ、ひどいもんだった。
人に教えるのに、とことん向かない。そういう人間はいるのだ。人間には2種類の人間がいると俺は思う、『理論派』と『感覚派』だ……前者はまず物事の筋道を見極め、それを教えたり覚えたりする。だが後者は、認めたくないが天才肌ってやつだろう。なにをどうしたらどう動けるか、相手の動きを見ただけで真似できるなど、教えてもらう必要などない。だから教えることに向かない。実力があって、且つ教えるのがうまい人間は意外となかなかいないものだ。
俺が真摯に剣を学んでいるのを見て、いつしか剣の先生をつけようという話をミーロが持ち出した。元平民が、今や『勇者』……家に使用人はいるし、剣の先生まで雇えるとはずいぶんと成り上がったものだ。
まあ、その申し出は、とてもありがたい。俺はまだ5歳だ、まだ早いんじゃないかという反論もあったが、ミーロの提案、そして俺の頼み込みにより、ガラドからの許可が出た。近々、家庭教師として、剣の先生を雇おうという話が進んでいた。
ただ、雇うといっても住み込みというわけではない。どうせ雇うなら、それこそ最高級の教師を……剣の腕も一流で、人に教えるのが得意な人物。それを探すのは苦労したらしいが、無事見つかった。が、そういった人材はあちこちに引っ張りだこなわけで……他にも仕事があり、俺だけの教師として住み込むわけにもいかないということだ。
それに、毎日来られるというわけでもない。なので、先生が来る日には教えを乞い、そうでない日には自習復習といった形になっている。つまりこれまで通り……いや、教師がつく分、違いは大きいか。
まあとにかく、そんなわけで……とうとう運命の日。先生を雇おうという話になってから、わりと早かった。剣を教えてくれる先生が、やって来る日となった。俺は柄にもなくそわそわし、今か今かと待ちわびていた。
「まあヤークったら。今朝からずっとそわそわして」
と、どこか微笑ましそうに笑うのは母上ミーロだ。その目はまさに、愛情に満ち溢れた我が子を見つめるあたたかな目……最近はその目にも慣れてきたとはいえ、やはりまだどこか複雑な思いはある。
とはいえ、今の俺にはその目よりもこれから来る先生の方が気になるわけで。
「それは……楽しみ、ですから」
「ふふ。でも、先生も驚くんじゃないかしら。まさか教え子が、こんな小さな子供だなんて」
そう、家庭教師を依頼した際、
なので、初対面となる先生は驚くことだろう。俺がその立場なら、そりゃ驚く。そこへ……
コンコン
「!」
「来られましたかね」
来客を知らせる音が、響く。それに反応し、我先にと玄関に向かうのはアンジーだ。客の出迎え等は、メイドが率先してやるべきだと、そういうものだからだと。続いて俺も、アンジーの後を追う。
アンジーが玄関の扉に手をかけ、開く。そこには……
「どうも、初めまして」
一人の、若い男がいた。背は高く、この国ではわりと珍しい黒髪だ。意外だ、最高級の剣の腕を持つ人物と聞いたから、もっと年を取った、年配の男が来ると思っていたが……
見たところ30……いや20代か? ホントにこの人が家庭教師の? それとも、タイミングよく訪ねてきただけの別人……
「本日より、剣を教えさせていただきますロイ・ダウンテッドです。よろしくお願いいたします」
あ、この人だわ。間違いない。まあ、年齢に対するツッコミなんて俺がするものでもないか。
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