第9話 あの時の記憶



『21年……21年だ。貴様ら人間に猶予をやろう』


『猶予だと? 負けた奴が、ずいぶんえらそうじゃないか。それに、お前はもう消えるんだ』


『ははは、21年の月日が経った後、我は再び甦る……その時が、楽しみだよ』


『寝言は寝て言え……永遠の眠りの中でな』



 その言葉を最後に、魔王は不適な笑みを浮かべて消滅した。自分が消えるというのに、恐怖とかそう言った感情はなかったのだろうか。あとに残ったのは、なにもない……死体さえも残らず、ただ魔王の流した血が、残っているばかりだった。


 ついに、巨悪を倒した。その事実に、張り詰めていた緊張の糸が切れる。無意識に止めていた息を、どっと吐き出す。汗が噴き出す。



『はぁ……終わった、のか?』


『あぁ、そのようだな』


『やった……やったのよ、私たち! 勝ったんだわ! それに、生きてる!』


『ねぇ、魔王の、最期の言葉って……』


『なあに、ただの負け惜しみさ。魔王を討ち滅ぼすって言う、この国宝でとどめをさしたんだ。それに、ちゃんと手応えもあった……巨悪は、消えた』



 国宝『魔滅剣ましょうけん』……その名の通り、魔なる邪悪な存在を消滅させるとされている剣だ。これにとどめを刺された魔族は、例外なくその存在を消滅させられると言う。まさに、魔王を滅ぼすためにあるような武器。


 しかしそれは、必要でないときには鞘から抜くことができないといういわく付き。ゆえにガラドは常に二刀であったが、国宝は実際に魔王相手以外には抜くことができなかった。いつも、愛刀としている剣を使っていた。いや、使うしかなかった。……そのため、実際に国宝で斬ったのは魔王が初めてだ。


 その効果のほどはともかくとして、斬った張本人が手応えを感じたと言うなら間違いないだろう。あいつは少し早とちりというか、軽率なところがあるが、それでも獲物の生死の有無が確認できない奴ではない。それに、魔王のせいでよどんでいた空気がだんだんきれいになっていくのを感じる。


 魔王は、確かに倒した。これで……



『これで、全部終わりだ……じゃあなライヤ、今までごくろうさん』


『え……』



 ズシャッ……



 国に、帰れる……魔王を倒した功績を称えられて、そして……その思いは、たった一太刀により消えてしまった。


 大切な想いも、掴むはずだった未来も、なにもかもが、消えて、壊されて、俺という存在の中からなにもかもが……



「あぁあああああああ!?」



 瞬間、ガバッと、起き上がる。今まで見ていた景色……いや記憶というべきか。そのせいで、頭の中がくらくらする。額を流れる汗が気持ち悪い、体もべとべとする。襟を引っ張り、無理やりに冷たい空気を体に送り込む。少し楽になる。


 確か俺は仲間と共に魔王を倒し、その仲間に斬られて……



「……夢?」



 それは、記憶だ、夢だ。記憶といっても今の俺のではなく、正確には生前の俺の記憶……と言うべきだ。魔王を討ち滅ぼし、これから国へ帰ろうってときに、ガラドに斬られ、そのまま誰も助けてくれることなく、見殺しにされた。


 今は……そう夜だ。寝ていた。なのに、なんだっていきなりあんな記憶を。



「はぁ、はぁ……」



 なんて嫌な記憶。腸が、煮えくり返る思いだ。当時の記憶が鮮明に思い出され、寝起きにも関わらず吐いてしまいそう。額には冷や汗がベッタリで、拭っても流れてくる。体が重い。呼吸も荒い。


 しかも、やたらリアルな感触。本当に切られたような、感覚だ。思わず本当に切られていないか、確かめてしまうほど。嫌な、記憶だ。記憶の姓で目覚めたのか、自分の声で目覚めたのか……両親やキャーシュには、気づかれていない。思ったより大きな声ではなかったのか。


 本当に、嫌な記憶だ。だけど……



「はぁ……ふ、ぅ……」



 同時に、あの時感じていた憎しみを、怒りを、鮮明に思い出すことができた。これは、決して忘れてはいけない感情。


 そうだ、俺は転生した……俺を殺して、のうのうと生きている奴らの子供として。それがどれほど屈辱的で許しがたいか、一度は絶望しそうになった。だが、考えを改めた。


 これはチャンスだ……俺を殺した、あいつらに復讐する。そのために俺は、きっと転生したのだ。せっかく転生したのだ、復讐だけでなく、それなりに第二の人生を楽しませてもらう。平民じゃできなかったようなことも、謳歌してやる。だがそれだけじゃダメだ。あいつらに……復讐、してやらないと。



「思い知らせて、やるんだ」



 死ぬっていうことを、信じていた仲間に裏切られた絶望を……思い知らせてやる。ただ殺すだけじゃ足りない、俺の味わった苦痛を、絶望を、味わわせてやる。


 そのために、魔王を倒した直後の、あの気持ちは忘れてはならない……



「……魔王、か」



 ぽつりと、呟く。やけにはっきりとした記憶。あの時の気持ちを思い出すと同時に、あの時死に際に魔王が言っていた言葉も思い出した。



『21年の月日が経った後、我は再び甦る』



 それは、ガラドが言っていたようにただの負け惜しみ……だったのだろうか。あの言葉には、妙な説得力というか……信憑性のようなものが、あったように感じた。思い出した、今だって。


 21年……か。今、あれから8年の時が経った。残り13年……俺が、18の歳になる時だ。ちなみにこの国では、18は成人する年だ。その時、果たしてなにかが起こるって言うのだろうか? それとも、やはり思い過ごしだろうか。


 ……あの時のことを思い出してしまったせいで、今日はもう、いろんな意味で眠れそうにないな。

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