明るい未来に向かって

「あ! アタシそろそろ見回りの時間だ!」


 注文したオムライスもほどほどに食べ、日奈は席を立つ。

 空ききっていない皿を見て、幸は困惑した表情を日奈に向ける。


「日奈チャン、オムライスまだ残ってるわよ……?」


「ごめん、みゆきちゃん! アタシ行かないとだから!」


 幸の返答も待たずに、日奈は教室から出て行ってしまう。残された幸は、すでに一人前が溜まった腹を擦る。

 お世辞にも、ここの料理は美味しい物とは言えなかった。学生に調理は許されず、冷凍食品のみ使用する都合上仕方なくはある。だが、これから二皿目にいく幸には死活問題であった。


 同時に、飲食店を営む者として食べ物を粗末にしてしまうことへの葛藤もあった。

 最終的に幸は、メイドの一人にこう声をかけることにしたのだ。


「これってお持ち帰りにできるかしら?」


 一方、件のオムライスを放棄した日奈は、A組の教室のすぐ近く、階段の踊り場で目的の人物を見つける。


「お待たせー」


「本当は遅刻なんだが、俺も今来たところだからお相子だな」


 日奈の声に、スマホを見ていた圭太が顔を上げる。


 本音を言えば、圭太は集合時間の五分前にはここにいた。譲歩した風な口振りになったのは、青少年特有のかっこつけと素直になれない男心が混ざり合った結果だ。

 もちろん、紳士になりきれなかった以上、日奈に物申されるわけで。


「何その言い方? そこはもっとクールに『俺も今来たところだ』だけで済ませなよ」


 目つきを鋭くして、出せる限りの低い声でそう言う。

 日奈も恋のテンプレに憧れる健全な女子高生だ。せっかくのチャンスを逃したことに、ちょっと難癖をつけたくなったのだ。


「それは俺の真似なのか?」


「そうに決まってるじゃん。もう、そんなんだから告白の断り方が分からなくて、女の子を泣かせちゃうんだよ?」


「……余計なお世話だ」


 桜華の百人斬りなんて不名誉な称号も、誰が呼び始めたのか。そもそも、クラスメイトにも素っ気ない圭太がどうしてモテているのか、日奈は疑問を呈したいくらいだった。


「たしかに、顔はいいかもだけどさー?」


「……それ、直接言うことじゃないだろ」


 赤面したことを直感した圭太は、手の甲で口元を隠そうとする。

 そんな圭太を、非情な現実が襲う。


「ま、アタシはそんなタイプじゃないけどね」


 それだけ言うと、日奈は先に一歩踏み出す。

 その気ままな背中に、圭太は呆れた様子で呟く。


「…………それ、直接言うことじゃないだろ」


 それから空いた距離を埋めるように、大股で歩き出した。


 見回りの仕事といっても、腕章を付けて巡回するのみ。ただ校内をぶらぶらするだけで仕事はできてしまう。

 問題が発生すれば対処に向かうが、基本は出し物を楽しんでもいいことになっている。男女で学内イベントを過ごす、これは恋のテンプレ的には美味しい話だった。


(相手は圭太だけど、これはこれで楽しいからいいよね)


 恋仲ではないものの、日奈と圭太の付き合いは長い。中学で出会った当初から、何かと接点の多い相手だったというのもあって、万屋に圭太が入った時は日奈も驚いたものだ。

 それ以来、任務を共にすることはないが、学内では腐れ縁として関係が続いている。


 職員室の前を通ると、貼り出された中間試験の順位表が目に入る。


「ここの名前って本当変わり映えしないよねー。……相変わらず一位は圭太だし」


「ああ」


 なんてことない風に圭太は言う。


「やっぱ、ここの人じゃ相手にならない感じ?」


 桜華高校は、市内でも偏差値がそこまで高くない。日奈からすると、出会った頃からデキる子だった圭太がなぜ同じ高校を選んだのか謎だった。天城もいる都合上、ここを選ぶのが適切だとか受験期は早口で言っていたが、それが本心だったのか今も日奈には分からない。


「俺は誰かと競うために勉強をしてるわけじゃない。将来役に立つと思ってるからしてるだけだ」


「将来……」


 驚きのせいで、オウム返しに繰り返すことしかできなかった。

 自分以外の異能者から、そんな前向きな言葉が聞けるとは思っていなかったのだ。


 異能者のみならず、市原や天城、富士も口には出さないが未来に対しての不安を抱いていると伝わってくる。それでも、必ず呪いという宿命から異能者を解き放つと心に決めていた。

 たとえ今が暗くても、未来はきっと明るいと信じていた。だからこそ、天真爛漫でいようと誓ったのだ。いつかそれが周りに伝播することを祈って。


 圭太の発言を噛み締め、日奈は口角を持ち上げる。


「……うん、そうだよね。もう高二だもん、進路だって考えないとだよね」


「……深山、あんま気張んなよ。俺や朱美さん、他の仲間だっている。一人で背負い込む必要はないんだ」


「ん、ありがとね」


 なんだかしんみりした雰囲気になってしまった。苦手な空気を吹き飛ばすように、腹に力を入れる。


「よーし! 復興祭楽しむぞー!」


 その大きな声に反応したのか、職員室の扉が荒々しく開かれる。

 扉の奥から出てきたのは、光り輝く肌色の頭部。


「誰だ! 職員室前で騒いでるのは! ……うん? 深山か!!」


「やっば……。んじゃ、アタシは見回りの仕事があるのでこれでー!」


「あ、ちょっと深山、待てって!」


 日奈と圭太は、揃って廊下を走り出す。

 職員室に掲示された「廊下を走るな!」という生徒指導部の張り紙が、その風に煽られ音を立てる。


「こらぁお前たち!! 廊下を走るんじゃなぁぁぁい!!!!」


 すんでところで剥がれなかった張り紙は、大内の怒号によって吹き飛ばされてしまう。

 この大内の叫びは全校中に木霊し、しばらく語り継がれることになった。

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