冥途の土産はいかがですか?
「日奈チャーン! 来たわよー!」
二年生のフロアに到着した日奈に、大柄な影が迫る。人をかき分け、両腕を振りながら近づいてくる様は、見回り中の生徒から不審人物認定されてもおかしくはなかった。
幸と日奈の関係を知らなければ、危うく通報案件だ。その証拠に、廊下には幸とスマホを交互に見つめる人がちらほら現れ始める。
「あ、みゆきちゃん!」
だが、日奈は幸の呼びかけに顔をぱっと明るくする。これによって、幸への疑いは完全に晴れた。
「良かった、来てくれたんだー!」
「当たり前でしょ? 日奈チャンの晴れ舞台ですもの」
幸は胸を張って答える。彼の心持ちは、授業参観に臨む父親のようだった。
事前に約束は取りつけていたものの、当日になって急用が入る可能性もあった。ここにいるということは、その種の憂いはなくなったということだ。こうしてもてなせることを、日奈は嬉しく思っていた。
「そんなこと言って、本当は怜のメイド姿が見たいだけなんじゃないのー?」
「うぐっ……! なーに言っちゃってのよチャン日奈……これを機にあわよくば仲良くなんて、これっぽっちも思ってないわよ……?」
「なーに、チャン日奈って! ウケるんだけど!」
顔を合わせて早々、日奈は幸との話に花を咲かせる。ギャルとオカマという絵面こそ強烈な二人だったが、心の底から笑い合う様子を見て、初めは不審に思っていた周囲の人々もいつしか穏やかな気持ちになっていた。
「お待ちかねの怜は、こっちだよー!」
幸の背中を押して、A組の教室へと歩を進める。
日奈には自信があった。準備日の衣装合わせを見た時から確信していた。怜の美貌が、クラスの広告塔になると。
似合わないはずがない。そう思っていたが、いざ着せてみたら度肝を抜かれたのを覚えている。
(さぁ、今度はみゆきちゃんが驚く番だよ……!)
そんな企みを胸の内に抱えて、日奈は教室の扉を開ける。
「一名様、ご来店でーす!」
日奈のかけ声に、教室――店内にいたメイドたちが一斉にお辞儀をして、声を揃えた。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
その中でただ一人、お盆を胸の前で抱えた怜だけが、唖然とした表情で違う言葉を紡ぐ。
「嘘……」
フリルの付いた白いエプロンやカチューシャ、絶対領域を意識したニーソなど、普段の怜なら絶対に身に着けないもののフルコースがメイド服一式に詰まっている。
日奈の猛烈な後押しによって実現したメイド怜だったが、本人にとっては幸との邂逅は予想外そのものだっただろう。
それもそのはず、これを知られれば逃げられると日奈は幸への誘いを秘密裏に行っていたのだ。
その暗躍に勘付いた怜が、キッと日奈を睨みつける。しかし、メイド姿で眼光を鋭くしたところで、得られるのは変態的な情欲のみ。日奈には一切の脅威にならなかった。
「いやー、いいねー。その目つきだけでご飯食べられちゃうね」
「ひ、日奈チャン? ワタシでもそこまでは思ってないわよ……?」
「はぁ、まともに相手する方が馬鹿みたい。……幸さん、空いてる席にどうぞ」
「あ、ありがとね……」
幸には一ミリも非がないにもかかわらず、またしても心の距離が離れたようだった。
怜の塩対応に、席に着いた幸は意気消沈する。
「(ねね、みゆきちゃん)」
反対の席に腰を下ろした日奈が、小声で語りかける。
「(どうかした?)」
「(怜のメイド姿、めっちゃ似合ってるっしょ?)」
「(そうね、よく似合ってるわ)」
配膳のために動き回る怜を見て、幸は頷く。
「(でしょ? でもね、怜はそんなに気乗りしてないみたいなんだ。だから、ここで褒めたらみゆきちゃんの好感度、上がると思わない?)」
「(ちょっと日奈チャン? 話が飛躍してないかしら……)」
「(細かいことは気にしない! アタシ、怜にもみゆきちゃんと仲良くなってほしいんだ。……怜ってば、アタシ以外とあんま仲良くするつもりないみたいなんだよね)」
そう言って怜を見つめる日奈の目元には、僅かながら哀愁が漂っていた。
日奈の記憶では高校入学以前、中学時代から怜の立ち振る舞いは変わっていない。これまでも何度か友人を紹介してみたが、そのどれもが長続きしなかったのだ。
滅多に見せない、日奈の暗い部分。それを目にした幸は、心を決める。
彼女に明かりを灯せるのなら、羞恥の一つや二つ惜しくない。幸は日奈を見据える。
「(……分かったわ。けど、これでワタシが怜チャンを取っちゃっても、苦情は受け付けないわよ)」
「(もちろん! ってか、アタシへの好感度をそう簡単に超えられると思わないでよね!)」
互いに笑みを浮かべ結束を強めると、日奈は怜を呼ぶ。
「注文いいですかー?」
「はい、かしこまりました」
あくまで淡々とした調子で、怜は席までやってくる。
改めて見ても、怜のメイド姿の完成度には惚れ惚れすると、日奈は満足げに頷く。
「……恥ずかしいから、あんま見ないでよ」
「いいじゃん、減るものじゃないんだし」
「……現在進行形でメンタルが削れてるんだけど。これなら、代表になった方が気が楽だったかも」
やはり気が進まなそうな怜を見て、日奈は幸にアイコンタクトを取る。
今だ、褒めてやれ、という日奈からの指示を受けて、幸は仰々しい咳払いをする。
「その……怜チャン? ワタシ、その衣装とっても似合ってると思うの。それはもう、本職のメイドさんもびっくりの可愛さだわ」
「は、はい、ありがとうございます……」
これはダイレクトに怜の心にヒットしたようだ。照れ臭そうに礼を言う姿に、日奈も幸もときめきを抑えきれない。
追い打ちと言わんばかりに、幸は言葉を続ける。
「だから自信を持ってちょうだい。怜チャンが素敵なことは、ワタシと日奈チャンが保証するから!」
「……そこまで言ってもらえると嬉しいです。ありがとうございます、
「ぐはっ……!」
「ありゃりゃ……」
進捗を感じさせない呼び方に、幸はダメージを負い、日奈は肩を落とした。
日奈の友だち大作戦は、これからも難航しそうだ。
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