復興祭開幕

 ――それから一週間。体育館に集った生徒たちが、壇上の人物を見上げていた。

 照明を煌びやかに反射する金の髪をなびかせ、ピンクのネイルが目を引く手元にはマイクが握られている。肩から下げた襷には、”盛り上げ隊長”の文字。


「みんなー! 盛り上がってるー?」


 強烈なハウリングと共に、盛り上げ隊長――日奈の声が体育館中を駆け巡る。

 祭りの熱気に浮かされた生徒たちは、耳を突くような高音ですら活気への養分に変換してしまう。観衆は声を合わせて、日奈の声に負けず劣らずの音の塊を返す。


「うおおおおおおおお!!!!」


 それが返事の体をなしていないことは、一歩引いて見ていた怜にしか分からなかった。

 それほどまでに、体育館内の盛り上がりは一体感を持っていた。生徒のみならず、教師までもがその盛況の渦に飲まれていた。


「うんうん、いい返事だねー。それじゃ、ここで市長からお話をいただきたいと思いまーす!」


 日奈が上手に向かって拍手をすると、タキシードを着た男性が壇上に姿を見せる。背の高さは礼装の着こなしにこそ貢献しているが、痩せぎすにも思える体格のせいもあって男の風体は不気味に映る。青白い顔と骨ばった体は、現代に甦ったミイラにも思えた。

 しかし、それは冷静に捉えた時のこと。今、会場は有名人の登場に沸いていた。


「ただいま紹介に預かった、市長の吉野だ。いやぁ素晴らしい、いい盛り上がりだ。この万葉の土地の繁栄を、こうして若人たちと祝えることを幸せに思う。今日という一日を楽しんでくれ!」


「うおおおおおおおお!!!!」


「ありがとうございましたー! 市長はこれから市内の高校を回らなきゃみたいなので、少ししたら出発するそうでーす! 見かけた時は、ぜひぜひサービスしてあげてね!」


 見た目に反して力強く闊歩し、吉野は捌けていく。その背中を見送った日奈は、鼻から息を吸って声を張る。


「それではこれより、桜華高校復興祭を開始しまーす!! みんな、盛り上がっていこー!!」




 開会式を終えた日奈は、小走りでとある男の影を探した。復興祭の代表として、やれるだけのことはやろうと校舎外の賑やかな一角を目指す。

 人ごみで頭一つ飛び出た、黒い正装に身を包んだ男――吉野を見つけると声をかける。


「市長! アタシ、案内しますよ!」


「深山さん……だったかな? いいのか、君だって楽しみたいだろうに」


「アタシは後で満喫するんで! せっかくだし、市長にも短い時間で楽しんでほしいの!」


「それなら、お言葉に甘えさせてもらおう」


 押し売りで役目を手に入れ、日奈は安堵する。栄えある一校目に選ばれたはいいものの、スケジュールの都合上ほとんど回ることなく次の高校へ行ってしまうと知った時は、そこそこに落胆したものだ。


 どうしたものかと思案した結果、時間の限り吉野を連れ回すことにした。できるだけこの高校での思い出を作ってほしい、今日のために頑張った生徒たちの結晶を見てほしい。その一心で日奈は奔走していた。


「時間って、どれくらいあるのかな?」


「そうだな……」


 吉野は懐から懐中時計を取り出し、目をやる。経年による深みを感じさせる真鍮の風合いは、彼のフォーマルな装いと親和性を発揮していた。


「うん、十五分といったところだ」


「おっけー! それなら、やっぱ外の出店が良さそうかな……」


 日奈は顎に手を当て、頭を悩ませる。しかし、今はその時間すら惜しい。


「じゃじゃ、早速行こっか!」


 吉野の手を取って、日奈が駆け出す。考えるのは後だ。まずは動いて、それから壁にぶつかればいい。言い聞かせるように、日奈は頭の中で繰り返した。


「まずはこれ! 市長、これ知ってる?」


「これは……なんだ?」


 吉野の顔の前にあるのは、白茶色の液体に浮かんだ黒い球体の数々。容器の形から飲料であることは窺えるが、吉野にとっては馴染みのないものだった。

 戸惑う吉野を見て、日奈の弾ける笑みが顔を覗かせる。


「アハハッ、市長ってばタピオカミルクティーも知らないの?」


「ミルクティーは私も好きさ。ただ、タピオカというのは……」


「ダメだよー、ちゃんと流行に敏感でいないと! 時代遅れって言われちゃうもん!」


「……これは参った。私もナウなヤングのつもりでいたんだが」


「ちょっとー! それっていつの言葉?」


 正真正銘の若者の勢いに、吉野はたじたじだ。日奈の言葉に乾いた笑みを浮かべることしかできていない。


「深山さん、深山さん……」


「ん?」


 すると、タピオカドリンクの店番をしていた女子生徒が、日奈を手招きする。

 何やら訳ありの様子で、日奈は顔を近づけて話を聞きにいく。


「実は……タピオカ、もうあまり流行ってないみたい……」


「えー、うっそ! もう流行ってないの!? タピオカの寿命って無限だと思ってたのに!」


 女子生徒の気遣い虚しく、日奈の口からタピオカ終了の知らせが飛び出す。

 散々おちょくられた吉野が、ここぞとばかりに首を振って言った。


「ダメじゃないか深山さん。流行に敏感でなければ、なんだろ?」


「うわーん! 市長のいじわるー!」


 一本取られた日奈は、巻き返しを狙いそれからも吉野にちょっかいをかけ続けた。だが、それも時間がくるまでのこと。

 再び懐中時計に目を落とした吉野は、日奈を呼び止め時間がきたことを伝える。


「そろそろ私は行く。楽しい時間だった、ありがとう」


「こちらこそ、楽しかったよー! また来年、待ってるね!」


 吉野は日奈に手を振ると、校門前に控えていた女性のもとへ足を向けた。

 全身を黒い服に包んだ女性と吉野の並びは、夫婦と言われても違和感を抱かない。

 女性と会釈を交わして、日奈は昇降口へと戻った。


 復興祭は、外部からの訪問も許可されている。客人を歓迎するためにも、日奈はさらに気を引き締めた。

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