Case02.星の魔女

Case02.星の魔女#1

 復興祭は大盛況の内に幕を閉じた。

 その熱が冷めようという折、日奈は万屋に呼び出されていた。


 社長室に入ると、中には市原と天城以外に圭太の姿があった。


「あれ、圭太? こっちで会うなんて珍しいね」


「そうだな」


 そう答える圭太は制服ではなく、黒のトレンチコートに身を包んでいた。コートの内から覗く剣の鞘が、彼が任務後であることを物語っている。

 中に着た黒いセーターと黒いズボンという装いは、男子高校生にしては大人しすぎる。日奈的には、もう少し色味が欲しいところだった。


「ねぇ圭太、もっと色のある服着ようよ。これじゃ、全然目立たないじゃん!」


「万屋の人間が目立ってどうするんだ」


 あまりの正論に、ぐうの音も出ずに黙り込んでしまう。


「日奈君が舌論で負けるなんて、珍しいね。ちょっといいものを見た気分だよ」


 決着がついたと見るや否や、市原は朗らかに言う。本題に入る機をうかがってはいたが、今回は圭太のおかげで事はすんなり運びそうだった。

 脇に控える天城に視線を飛ばして、市原は彼女に説明を促す。伏し目で了承した天城が口を開いた。


「今回は任務の話ではありません。ですが、皆さんの身の安全に関わる話ですので、しっかりと聞いていただけますと幸いです」


「はーい」


「分かりました」


 日奈と圭太を見やり、意思を確認したうえで天城は話を進める。


「近頃、万屋に在籍する異能者が襲われる事件が起きています。どれも闇討ちに遭っており、敵の姿などは補足できていません」


「みんなは無事なの?」


「はい。致命傷を負ってはいないので、無事ではあります」


「濁した言い方ですね。何か問題でも?」


 圭太の問いに、天城は頷いた。そして、ファイルにまとめられた書類を机上に置く。

 そこに書かれていたのは、襲撃に遭った異能者たちの被害の一覧だった。一人一人の症状まで記載されており、これを見ただけで富士の激務が予測できた。


「打撲、捻挫、骨折……酷い怪我ばかりだね」


「致命傷がないのが奇跡みたいなもんだ。これじゃあまるで……」


「私たちの妨害が目的。そう思うだろう?」


 市原の言葉に、日奈と圭太は顔を見合わせる。


「俺たちの存在が、魔女たちにバレてるってことですか?」


「詳しいことは分からないが、あちらも何か策を講じてきたみたいだね。けれど、これで一つの可能性が浮上したわけだ」


 それは、魔女同士が手を組んでいること。ギブアンドテイクの関係なのか、魔女たちを統べる頭がいるのか、それとも複数の派閥が存在するのかも不明だ。

 しかし、魔女が万屋の面々を狙ったことは事実だ。日奈は、ロケットを持つ魔女が指示を出していると勘ぐっていた。


「日奈君と圭太君は、うちの中でも特に大事な戦力だ。いずれ、かの魔女は君たちを襲撃する。だから、今日から二人には一緒に生活してもらう」


「アタシと圭太が……」


「一緒に……?」


 社長室が、水を打った静寂に包まれる。

 先に再起動したのは、日奈の方だった。


「いやいやいや! いくらなんでも共同生活はまずいっしょ! それにアタシ、一緒に暮らしてる人いるし!」


「そうか。日奈君は、孤児院時代の昔馴染みと住んでいるんだったね」


「その子も女の子だし、そこに圭太が加わるなんて無理無理!」


「ちょっと待て! なんで俺だけが拒否されてるんだよ! 俺だって無理だからな! お前と一緒に暮らすなんて!」


「お二人とも落ち着いてください」


 子どもじみた言い合いを、天城の凛とした声音が制する。たった一言で注目を集めるのは、市原にはできない芸当だ。組織の長として、というツッコミは市原自身が一番理解している。


 肩で息をする二人に、天城は事務的な姿勢を崩さず言葉を続ける。


「何も共同生活をしろというわけではありません。二人一組で行動し万が一のために対策を、という話です。他の方々も、同様にペアを組んでいます」


 それを聞いて、二人の口から脱力しきったため息が漏れる。


「なーんだ、びっくりした! このままだったらアタシ、その魔女を倒すために全力出すところだったよ!」


「――そうかい?」


 なぜか、市原は日奈を見つめてにこりと笑う。対して圭太は背筋を凍らせていた。


「おい、やめとけ――」


「もち! マジで探して急いで倒して、とっとと共同生活とはおさらばしたいもん!」


 共同生活は心底嫌だ。そのことをアピールしようと、日奈は饒舌になっていた。実際、怜のことも考えると圭太が家に来るのは困るし、圭太の家に行って彼女を一人きりにするのも憚られた。


(怜、アタシがいなかったら絶対に家事とかしないよね。ってか、食生活も不安だよ……)


 しかし、そんな日奈を前に市原は最悪の心変わりをした。


「そこまで本気になってくれるなら、計画変更だ。二人には本当に一緒に暮らしてもらおう。その方が、早く討伐できそうだからね」


「え……」


「だからやめとけって……」


 掌の上で転がされた。気付いた時にはもう遅かった。そうして日奈と圭太の共同生活は正式に決定し、話し合いの結果日奈の家を拠点とすることになったのだ。

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