持つべきものは

「えー! 復興祭の代表に選ばれた?!」


 HR明けの教室で、日奈の驚愕の声が注目を集めた。

 怜と共に呼び出しを受けたのに、説教がないと油断していたのがまずかったらしい。日奈は対峙する担任――大内のしたり顔に辟易としていた。


 復興祭は、千葉が苦難を乗り越え万葉として進化したことを記念して、毎年行われている行事だ。市内の活気を宣伝することで、万葉の繁栄や復興を知ってもらうことが目的となっている。

 そして、その復興祭の主役は高校生。万葉では、文化祭の代わりに市内の高校が同じ時期に催しを行うことになっていた。


「市長も見て回られる重大なイベントだ。くれぐれも、サボったりせずに励むんだぞ!」


「励むも何も、アタシ聞いてないし!」


「当たり前だろ。今伝えたんだからな」


 いつの間にか、教室はしんと静まり返っていた。

 きちんと出席している大多数の生徒は知っていた。昨日のHRで復興祭の係決めを行ったこと、大内が日奈の欠席をいいことに勝手に代表に選出したことを。

 ここまでして、果たして大内は日奈に一杯食わせることができるのか。勝負の行方は、クラス中の関心事だった。


「ってか、休んだ人をどうこうするとかアレだよアレ……えーっと、なんだっけ」


 日奈は助け船を求めて、怜の顔を見る。その様子に、沈黙を貫いていた怜が口を開いた。


「欠席裁判。……代表は男女一人ずつだから、私は助かったみたいだけど」


 昨晩のポンドCでの騒ぎで、怜は疲弊していた。そのせいもあって、復興祭のことを失念してしまっていたのだ。

 いつもならしないはずのミスによって、日奈の行動は制限されようとしている。それが怜には気がかりだった。


「怜だって昨日は休んでたのに、どうしてアタシだけなのさ!」


「……衣笠は、お前ほど問題児じゃない」


 休んだ日数はそれほど変わらずとも、日奈と怜とでは日頃の評価に差があった。実際、怜は授業中に居眠りをすることはないし、成績は上から数えた方が早い。教師陣からの評判でいえば、日奈に分が悪いのはたしかだろう。


 だが、言葉に詰まっていた大内を見て、日奈はほくそ笑んだ。上手くいけば、このまま大内の牙城を崩すことができるかもしれないと。


「そっかー、せんせーは酷いなー。具合悪い怜を家に置いて、学校に来いなんてさ。アタシたちが二人暮らしなの、せんせーも知ってるでしょ? アタシが教師だったら、そこは大目に見ると思うんだけどなー」


 大内の前で左右に揺れながら、チクチクと大内の良心に訴えかける。当時、魔女と戦っていたことなどおくびにも出さず、日奈は白々しいまでに被害者を演じた。


「そ、そうかもしれないが……決まったことは決まったことだ。深山と佐野には、復興祭の代表を務めてもらう」


 ”佐野”という名前に、日奈の眉がぴくりと反応する。眉間に寄った皺が拒絶の表れかと、諦めかけた大内に思いもよらぬ回答が返ってくる。


「ま、今さら文句言って他の人にやらせるわけにもいかないか。よし! しゃーなしだけどやったげるよ!」


「嘘でしょ」


「本当か?」


 日奈の出した結論に、怜と大内は異なった反応を示す。


「ギャルに二言はないって。任せな!」


「深山、ありがとう!」


 日奈に代表をやらせたいばかりに、自分が下手に出ることになってしまった。その事実に、大内は気付いていなかった。それどころか、請け負った日奈に感謝まで伝えている。

 試合には勝ったが、勝負には負けた。教室中の生徒は、一様にそう判断した。


「さて、と……ちょっと来てもらおうか?」


 教卓から踵を返し、日奈は代表を務めるもう一人の生徒――佐野圭太のもとへとやってきた。


「話ならここでもいいだろ?」


「ここでできないから、来いって言ってんの!」


「……あっ、ちょっ! お前!」


 日奈は学ランの首根っこを掴むと、そのまま圭太を教室の外へと引きずっていく。

 一部始終を見たクラスメイトは、「佐野のやつ、反抗しなければ……」「ギャルに目をつけられたらおしまいだ」「ちょっと羨ましいかも」と思い思いの感想を抱いていた。


 やがて、屋上前の踊り場に辿り着くと、圭太は拘束から解放される。


「っつつ……どうしてお前はいつもそう乱暴なんだ……」


「圭太だって男でしょ? これくらいで何言ってんの」


 両手を腰に当て、日奈は圭太を睨みつける。日奈よりも背が高いはずなのに、圭太は自分が見下ろされている感覚だった。


「そんなことより、なんで圭太まで復興祭の代表やってるわけ? 万屋の仕事はどうすんの?」


「いざとなったら、こっちを放棄するさ。大内は、絶対にお前を代表にするつもりでいた。魔女のことを知らないやつが相方だったら、それこそ仕事の融通が利かなくなるだろ? ……だから、仕方なく立候補してやったんだ」


「そう。それはありがと」


「……おう」


 素直に感謝され、圭太は気恥しくなって髪を弄った。程良くセットされた髪は、無造作ながら最低限の清潔感を与えている。

 彼が誰のために身だしなみを整えているのか、それは当人以外の誰も知らないことだ。


「社長にもこのことは伝えてある。本当にやばくなったら、天城さんがどうにかしてくれるだろ」


「それもそっか。やっぱ持つべきものは仲間だね」


 異能者たちをサポートするため、天城はこの桜華高校の臨時講師としても働いている。そつなく仕事をこなすため、臨時ではなく常駐でという話も上がっているが、あくまで本職は市原の秘書なので首を縦に振ることはなかった。一部生徒の間では、時々現れる美人教師として名を馳せているらしい。


 目下の疑問が解消し、日奈は圭太と連れ立って教室に戻る。

 その後、圭太がクラスメイトに詰問されている現場を横目に、日奈は怜のノートを必死に写していた。

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