Case01.飾の魔女#9
「蛇さん、こんにちは」
「あら、地上はまだ日没前なのね」
防弾仕様のアクリル板越しに、日奈と蛇の魔女は対面する。
日奈側の背景が無機質な白一色なのに対して、蛇の魔女の背後には机や椅子をはじめとした生活を送るのに十分どころか、それ以上の設備が整っているように見える。それはまるで、囚人に与えられた独房ではなく、一人暮らしのためのワンルームのようだった。
座っている場所だけで考えれば、捕らえられているのは日奈の方にも思えた。
蛇の魔女は、日奈の顔を見つめる。観察するように向けられた銀色の視線は、日奈には居心地が悪い。相変わらず、左目は白い長髪によって隠れてその動きを辿ることはできない。
以前、片目の酷使によって視力に差が生まれると忠告して、蛇の魔女に笑いものにされたことを日奈は未だに根に持っている。そして、蛇の魔女に会う度にそのことを思い出してしまうのだ。
(せっかく心配してあげたのに、笑うなんて酷いよね……)
「何を怒っているの?」
「……怒ってないです」
あっさりと看破され、日奈はさらに肩身が狭くなる。
蛇の魔女の前で隠し事をするのは難しい。これまで失敗し続けた日奈が、それを保証する。
「それで、今日の目的は? まさか私とお喋りするためだけに、こんなところまで来たわけじゃないんでしょう?」
頬杖をついて、蛇の魔女は日奈と顔の距離を縮める。だらしなく見える仕草でも、品があるように感じさせてしまうのが彼女の憎いところだ。大人になれば自分もこれくらい色っぽくなれるのか、と聞きそうになったのを日奈はグッと堪えた。
柔和な口調で油断してはいけない。相手は魔女、それも確実に情報を握っているのだ。有益な情報を得て、一刻も早く桜の魔女に近づく必要がある。
日奈の手がチョーカーに触れると、蛇の魔女は笑みを見せる。
「――調子はどう?」
「最高に元気だよ。おかげで飾の魔女だって討伐できたし」
「それはおめでとう。彼女、何か言ってた?」
「いや、なんにも。でも、蛇さんの情報が嘘じゃないってことは分かった」
有識者――蛇の魔女からの情報提供。これは、他言しないという誓約のもと、日奈の秘密と引き換えに始まったものだ。『悠々自適な生活をさせてもらっている』と言う割に交換条件を提示してくるあたり、蛇の魔女もしたたかな相手だと日奈は警戒している。
前回の情報は、『ロケットを持つ魔女を探せ』。結局、飾の魔女からはこの情報の真偽しか得ることができなかったため、日奈は地下を訪れることにしたのだ。
「言ったじゃない、提供する情報に嘘はないって」
「そうだね。これからはもう少し蛇さんのこと信用してみるよ」
「それは嬉しいわ。私と話してくれるのは、あなたくらいだもの」
蛇の魔女の目元が弧を描く。こうして話していると、彼女が他の魔女と同じ凶暴性を孕んでいるとは思えなかった。どんな手段を用いても殺すことができなかった不死身の魔女、それが蛇の魔女だ。
「今日は、ロケットを持った魔女についての情報を聞きにきたの」
「桜の魔女はもういいの?」
「桜の魔女を見つけたいなら、ロケットを持つ魔女を探せって言ったのは蛇さんでしょ?」
「冗談よ。そんなカッカしていたら、皺が増えちゃうわよ」
「……余計なお世話だって」
そうは言いながらも、帰ったら絶対に美顔ローラーを使おうと日奈は心に決めた。
「じゃあ、本題に入ろうかしら。ロケットはね、優れた魔女の証なの。これがあるのとないのとでは、魔女として雲泥の差があるわ。ロケットを持つ魔女は、他の魔女にとって絶対的存在なの」
飾の魔女は、ロケットと聞いた途端に極端な反応を見せた。ロケットを持つ魔女という存在の大きさは、それだけで理解できた。だからこそ、無理矢理にでも飾の魔女から話を聞くべきだったと後悔した。
「もう一度言うわね。桜の魔女を見つけたいなら、ロケットを持つ魔女を探すこと。所在が分からない桜の魔女も、その先にきっといるはずよ」
それにしても、蛇の魔女は全てを知ったうえで与える情報を制限しているように感じる。この閉ざされた空間で、何を企んでいるのだろうか。
「ロケットを持っている魔女なんて、そういるものじゃないから。魔女と戦っていれば、そのうち辿り着けると思うわ。……今日話せるのはこれくらいかしらね」
日奈のスマホがアラームを奏でたことで、蛇の魔女は口を閉ざす。三十分、それが日奈に許された地下の滞在時間だ。それ以上の接触は、魔女の同胞として罰を受けるルールだ。
本来地下への立ち入りは禁じられているところを、日奈は市原に頼み込んで認めてもらった。決して快諾とはいえなかったが、決め手となったのは時間の制限だった。だからこそ、日奈はこのルールを守らなければならない。
「ありがと。またなんかあったら、話聞かせてね」
「何かがなくても、遊びにきてくれていいのに。歓迎するわよ?」
「蛇さんが歓迎してくれても、社長たちが困ると思うからさ。ごめんね」
日奈が舌を出して謝ると、蛇の魔女は頬を膨らませる。
「むー……日奈さんは、魔女と人間どっちが大事なの?」
「そりゃ、人間に決まってるっしょ?」
そう言って、日奈は歯を見せて笑った。
日奈が地下を去った後、蛇の魔女はペンを手に取り机に向かった。
満足げに口元を緩め、原稿用紙に筆を走らせる。室内には、紙とペンが擦れる音と彼女の鼻唄だけが響き渡っていた。
「さて、ここからどう盛り上がるかしらね……」
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