Case01.飾の魔女#8
「あ、もしもし社長? アタシ、アタシだけどー」
「その奔放さは日奈君、でいいのかな? てっきり新手の詐欺かと思ったよ」
「詐欺? ……あー! まさか社長、アタシのこと声で分からないの?」
戦闘が終わったばかり――魔女を殺したばかりではあるが、日奈の様子はいつもと変わらない。彼女にとってはこれが日常で、生き残るためにはこの選択しかないと知っているからこそ、ここで立ち止まるようなことはしないのだ。
電話口で、市原が苦笑するのが伝わってくる。
対面でも通話中でも、日奈の勢いに市原は押されてばかりいる。
「……そうじゃなくてだね。もしかしたら、飾の魔女が化けているかもしれないだろう?」
市原の弁明に、日奈は「たしかに!」と納得を示す。
それから満面の喜色を浮かべて、明るい声を発した。
「それなら心配いらないよ。だって、飾の魔女はアタシが倒したから」
「そうか、ありがとう」
「やはり深山さんに任せて正解でしたね」
「……あ、天城さんもいたんだ」
「はい。私はいつでも社長の傍でお仕えしております」
日奈のばつが悪そうな声、その真意は天城には届かなかったらしい。
通話越しでも、天城がお辞儀していることが日奈には察せられた。
悪い人じゃない、という天城に対する評価は、これからも変わらなそうだ。
安堵にひと息ついて、日奈は声の調子を整える。
「この際だから言っちゃうけど、アタシの目って他の人よりちょっと視力がいいってだけだからね? 今日だって、逃げた飾の魔女を見つけるのにすっごい苦労したし」
僅かに怒りをアピールする日奈の言い振りに、天城がくすりと笑った。
「ですが、結果として見つけることができたのでしょう? であれば私の目にも狂いはありませんでした」
「けど、それは――……はい」
危うく怜の存在を口外しそうになり、日奈は慌てて口を噤む。
天城に認められるという稀有な機会に恥ずかしさが募り、つい自分の功績ではないと白状してしまいそうだった。
日奈の脳裏に、じとーっと睨みつけてくる怜の姿がちらつく。
(ごめんよ……帰りに甘い物買って帰るから許してね……)
「死体に関しては、我々の方で処理しておくから。日奈君は授業に出てきたらどうだい? まだ五限には間に合うんじゃないか?」
一瞬、頭を光らせる大内の顔が過ったが、足元で突っ伏した飾の魔女に目をやり、首を振った。
「……いや、今日は無理そうかな。ちょっと蛇さんに聞きたいことがあって」
「了解した。地下の鍵は、私のところまで取りにきてくれるかな?」
「おっけー」
通話が終了すると、自動的に怜と通信が繋がる。
「もー、そんなにすぐ繋いでくるなんて、ひょっとして怜ってばアタシのこと大好きすぎ?」
「変なこと言わないで」
「あらあら照れちゃってー!」
端末経由で、怜のため息が届けられる。直接ではないとはいえ、耳の中で鳴るとむず痒くなってしまう。
ぶるりと体を震わせた後、日奈は話の舵を取った。
「アタシ、帰りに地下行ってくるから、怜は登校しててもいいよ」
”地下”という単語に、怜の空気が強張るような感覚がした。
「地下ってことは、会いにいくつもり?」
「そうだよ。貴重な有識者なんだから、話を聞くに越したことはないでしょ?」
「それはそうだけど……気を付けてね」
「もち!」
怜の不安を取り除こうと、日奈は努めて明るい声を出す。
切られた通信の向こうで、怜が気を揉みすぎないことを願った。あの調子だと、おそらく怜も登校しないだろう。二人揃っての欠席ともなれば、明日の大内の説教対策を練らねばなるまい。そのためにも、早く帰路につかなければと日奈は考えを巡らせた。
◇
万屋の地下に、コツン、コツンと固い音が響く。靴裏と床が当たる度に幾重にも反響する音が、その発生源を悟らせまいとしているようだ。廊下の先には壁が立ちふさがっており、一面白の空間が形成されている。
自然の光は侵入を許されず、天井に一定間隔で並べられた電球が唯一の光源。あまりにも機械質な光景は、そこにあるだけで侵入者の意気を削ぐように作られていた。
なぜ、万屋の地下に意味もない行き止まりの場所が設けられているのか。
答えは簡単だ。この先に、外部からの侵入を警戒する理由があるからだ。そして、そこにこそ日奈の目的があった。
「ここをこうしてっと……」
日奈は慣れた手つきで壁の突起を操作し、ナンバーパッドを取り出す。それからパスワードを入力し、市原から借り受けた鍵を差し込む。
ピッと機械音が鳴ると、先がないと思われていた壁が開かれる。
日奈は一度深呼吸をして、壁の向こうに足を踏み入れる。
ここまでして万屋が閉じ込めておかなければいけない存在。それが、この先の部屋で待っていた。
「ようこそ、日奈さん。お久しぶり……かしら?」
刑務所の面会室を思わせる、透明な仕切りで隔離された女性――蛇の魔女が日奈に微笑みかけた。
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