Case01.飾の魔女#2

 魔女に対抗するべく結成された異能集団、万屋。その拠点に日奈は顔を出していた。

 目的地――社長室の前に着くと、ノックを三回して存在を知らせる。


「日奈でーす。入りますよー」


 扉の向こうの返事を待たず、日奈はノブを捻り押し出す。

 目に飛び込んでくるのは、和洋折衷を体現した内装。ぱっと見はマホガニー材を基調とした部屋なのだが、壁の掛け軸や甲冑、屏風絵という和のアイテムたちがその雰囲気に待ったをかける。

 部屋の主の『妻との約束だから』という話を聞いて以来、変わった夫婦なのだと日奈は解釈することにしている。


 いつまでも慣れないと、装飾を見渡す日奈の耳に声が届く。


「日奈君、私はまだ入室を許可した覚えはないんだけどね」


 日奈の数メートル先、黒革で張られた椅子に腰かけ、着物を着た男がにこやかに微笑む。額に刻まれた皺は、彼が五十年余りを生きてきた証だ。

 いかにもな外観の高級感が漂うデスク。その艶のある天板の上には”万屋社長 市原宗次”と書かれたネームプレートが置かれていた。金属の光沢のある質感が、彫られた名前に重みをもたらしている。


「あれ、社長の机ってそんなの置いてたっけ?」


「最近導入してみたんだよ。いかんせん私は社長の風格に欠けるみたいだからね」


 市原はそう言って肩を竦めてみせる。彼の言い分としては、日奈の態度に対する皮肉の側面もあったのだろう。だが、そうはいかないのが日奈だ。


「たしかに社長、いっつもにこにこしてるから怖くないよね。多分、いんげん? が足りないんじゃないかな」


「それは、威厳のことかな……」


「そうそれ! 威厳だよ威厳! ほら、もっとキリっとしないと!」


 自分の眉を指先で吊り上げる。まずは形からと言いたげな日奈の振る舞いを、咳払いが制した。

 それは市原の傍に控えていた、今まで無言を貫いていた女によるものだった。


天城あまぎさん、苦手なんだよなー……。格好いい人なんだけど、冗談とか通じないし……)


 短く切り揃えた銀色の髪は、日奈と並ぶと一種のペアにも見えるものの、二人の相性はあまり良くない。

 一直線を描く前髪と三白眼が、強烈な威圧を生み出す。髪と同じ色の瞳が日奈を捉えると、日奈は思わず姿勢を正した。


 天城は場が静まったことを確認すると、口火を切る。


「明日の十三時、飾の魔女の討伐を決行します。本日はその概要をお話するために来ていただきました」


「討伐ってことは、見つかったの?」


「ああ。彼女、変装できる便利な異能を持っているのに、金使いが荒いからすぐに足取りが分かるんだよね。消えたはずの人間が別人のようにお金を使うんだ、見つけてくださいって言ってるようなものだよ。まぁ、それが分かったうえでいつも逃げられているんだけど」


 市原は相変わらずの笑顔で、緊張感のないことを言う。

 とはいえ、市原が茶化したくなるのも当然だ。


 これまで飾の魔女の討伐作戦が決行された回数は十五回。そのどれもが失敗に終わっている。

 自身の姿形を変えることに特化した異能”あいつらこいつらディスガイズ”は、追跡の目を掻い潜るのには最適だった。結局他のメンバーは逃亡を許してしまい、いよいよ日奈にお鉢が回ってきたというわけだ。


「深山さんのであれば、逃げる飾の魔女にも対抗できると考えています」


 それは買い被りだと、日奈は思う。日奈の目は、単に平均より視力がいい程度で、特別な力があるわけでもない。

 怜の活躍を隠そうと話をでっち上げているうちに、天城からの評価は上がっていってしまった。二人分の仕事を一人がやったことにしているのだから、当然といえば当然だ。


「今回の作戦は単純かつ明快です。深山さんには、これを着てもらいます」


 天城が取り出したのは、市内でも有名な配送業者の制服だ。自分もよく利用するその会社が、どう関わるのかと日奈は首を傾げた。


「飾の魔女の購入した化粧品六点セットは、明日の十三時配達予定になっています」


「そして、ここにあるのがその配達物ね」


「え。ってことはもしかしてアタシが……」


 日奈の辿り着いた結論に、市原と天城は首肯する。

 配達員に扮した日奈による、なんちゃってトロイの木馬。それが万屋の十六回目として選んだ作戦だった。


「目には目を、変装には変装だよ」


「うっそ……めっちゃ面白そうじゃん!」


「では、準備の方を――」


 天城がそう言いかけた時、社長室の電話が鳴り響く。番号を見て眉間に皺を寄せた市原は、音声をスピーカーに切り替え応じる。


「私だ。……富士先生、彼の容体は?」


 市原が口にした名前に、その場の空気が張り詰める。

 日奈も天城も相手の用件を理解した。そして、市原が空虚な問いを口にしていることも。


「はい……残念ながら、嵐山さんは桜へ還られました」


 桜へ還る――異能者の死を表す言葉が、室内に木霊する。


 出力される音声は、機械的ながらも富士の悔しさを乗せていた。

 万屋の医療担当を務める彼にとって、死にゆく仲間たちを見送るのは仕事の一つでもある。それが最大限手を尽くしたものであれば、多少は気が楽かもしれない。しかし、魔女の呪いには手の施しようがなかった。


「そうか……ありがとう」


 市原はそれだけ伝えて電話を切った。

 それから長い息を吐くと、重々しく口を開いた。


「……聞いての通りだ。嵐山君は桜へ還った。またしても、桜の魔女の呪いによって一人の少年の命が奪われてしまった」


「早く……早く桜の魔女を倒さないと……」


 握られた日奈の拳に、無意識に力がこもる。

 日奈が優れた異能者であることは、万屋の誰もが認めるところであり、日奈自身もその自覚を持っている。だからこそ日奈は、桜の魔女の討伐が自分の使命だと認識していた。


 全身が桜の花となって散るのが、呪いに侵された者の最期だ。遺体が残らず、弔うこともできない辛さを日奈たちは知っている。先に逝った仲間たち、これから生まれる異能者のためにも、この宿命は断ち切らないといけないのだ。

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