ガン・アンド・ロジック

大豆の神

Case01.飾の魔女

Case01.飾の魔女#1

「学年とクラス、氏名を」


「二年A組、深山日奈でーす」


 生徒指導室に少女――日奈の気だるげな声が鳴る。異様に短いスカート、派手なネイルに首元で主張する黒のチョーカーと、彼女の出で立ちはまさに指導されるに相応しい。にもかかわらず、ブロンドに染まった長髪を指で遊ばせ、顔を背け、不服を全身で表している。

 なぜ自分がここに呼ばれたのか。それを理解しようともしていなかった。


 そんな彼女の目の前に座る男――二学年の主任を務める大内は、自身の頭を撫でながらため息を吐く。すでに毛髪の痕跡はなく、彼が”はげちゃびん”と呼ばれる所以である頭部が光を放つと、大内の目は鋭さを増した。


「度重なる遅刻、授業中の居眠り、突然の失踪、お前の問題行動は目に余る。俺としては反省文十枚――」


「すみませーん。以後気をつけまーす」


「……でも足りないと思っていたところだ! お前には反省文五十枚を――」


「じゃあこれで」


 バン、という音を立てて机上に置かれたのは、原稿用紙の束。思いもよらない事態に、大内は言葉を詰まらせる。


「ど、どういうつもりだ……?」


「どうも何も、せんせーの言いつけ通り反省文五十枚だって」


 きょとんとした様子の日奈に、大内は頬を引きつらせることしかできない。なぜなら、その五十という数字は大内がたった今宣告したものだったからだ。

 元は十枚で済まそうと考えていたところを、激情に身を任せて数を五倍にしてやったつもりだった。では、目の前の少女はどうしてそれを事前に用意することができたのか。


 大内は、恐る恐る用紙を数枚めくり、中身を確認する。そこにはしっかりと文字が書かれており、反省文がしたためられていた。


「反省文も出したし、アタシはもう帰るね」


 大内の動揺も意に介さず、日奈は廊下に通じる扉に手をかける。立てつけの悪さがもたらす地響きのような開閉音と共に、大内の自尊心は音を立てて崩れていく。

 その哀愁漂う背中に、振り返った日奈の声がかかる。


「あ、そうだ。せんせーさ、次反省文受け取る時は最後のページから読むことをおすすめするよ。んじゃね!」


 ルンルンと音が聞こえてきそうな足取りで、日奈は廊下に飛び出していった。

 

 しばし呆然としていた大内は、眼前の紙束に目を向ける。

 去り際の日奈の発言、それが気になり先ほど提出された反省文の最後の一枚を抜き出す。そして、その紙をくしゃくしゃに丸めると、扉を蹴破り廊下に怒声を飛ばした。


「深山ぁ! 何が反省文五十枚だ! 最初の三枚しか書いてないじゃないか!!」


 突然の大内の激昂に、廊下にいた生徒の注目は彼に集まる。

 生徒たちは皆、同じ感想を抱いていた。


 ああ、また深山に出し抜かれたのだと。


「アハハッ、おっかしいの! ねぇ怜、今のはげちゃびんの怒鳴り声聞こえた?」


 一方、その雄叫びを校門近くで聞いていた日奈は、堪らず腹を抱えて笑い転げていた。

 隣に立つ黒髪の少女の肩を何度も叩き、その体を揺さぶる。


「……聞こえた」


「怜のおかげだよ! はげちゃびんが『反省文五十枚!』って言うって、よく分かったね」


「大内先生、怒りっぽいから。日奈の態度見てたら、絶対頭にくると思った。あとは日頃のデータから枚数を予測するだけ」


 似ていない声真似を横目に、怜は淡々と答える。


「え、もしかしてアタシ、今悪口言われた? 普通にショックなんだけどー。ぶーぶー、怜のいじわるー」


 怜はブーイングを涼しい顔で受け流す。それから、「そんなことより」と話をぶった切る。


「先生で遊ぶのもいいけど、任務のせいで学業が疎かになったら、お母さんだって心配するんじゃない?」


 セミショートの髪を耳にかけると、眉を八の字に曲げて言う。灰色の瞳に追及され、日奈は逃げるように一歩踏み出す。


「分かってるってば。でも、アタシもいつ死ぬか分からないからさ、今を楽しみたいわけ!」


 そう言って日奈がブイサインを見せると、桜を乗せて木枯らしが吹く。短いスカートは風に吹かれ、その下に隠された布地を見せ――


「っぶな! パンツ見える! ってかさむ!」


「日奈、下品だからそのスカートを両手で抑えるのやめて」


 股を前後から挟み込む謎のポーズに、怜は目を細める。抗議のための睨みつけではあったが、左目の泣きぼくろがどこか扇情的な意味合いを感じさせてしまう。


「怜はさ、せっかく綺麗な脚してるのになんでスカート短くしないの?」


 タイツに包まれた怜の脚を舐めるように見つめて、日奈は心底不思議がっていた。

 身長差はないものの、怜の脚は日奈よりも細い。甘いものばかり食べているはずなのに、頑張って体型を維持している自分よりも細いのはおかしいと、常々思っていたのだ。


「もう秋なんだから、そんなに脚出しても寒いだけでしょ。私からすれば、日奈の格好の方がよっぽど不思議」


「そうかなー。怜、オシャレは我慢なんだよ」


 と、人差し指を立てて講釈を垂れる日奈の手を、ふいと怜が掴む。


「わっ、急に大胆! どうしたの?」


「爪、欠けてる」


「あちゃー、忘れてた。昨日の夜の張り込みで、ちょっと”ひとりあそびリストカット”使っちゃったんだよね……」


「私聞いてない」


 白状すると、怜は日奈の手を持ったまま顔をずいと寄せる。

 外見に気を遣い、可愛さに自信がある日奈であっても、怜の天性の美しさには敵わないと自覚していた。


(こんだけ近づいても粗がないとか、こんなの神様に愛されすぎだって!)


 生まれ変わったら怜のような顔になりたいと、日奈はそこそこ本気で考えているくらいだ。

 それでも自分には清純な格好は似合わない気がして、今の派手な装いを選んでいる。


「ちょっと、ボーっとしてないで教えて」


 さすがの距離感に動揺を隠せず、日奈は視線をあちこちに彷徨わせて答える。


「えーっと、張り込みしてた場所にそのー……アレがいまして……」


「アレ?」


「Gだよ、G! あんな気持ち悪いの触れるわけないし、こっちに飛んできたら最悪でしょ?! だから……」


「だから?」


「やっつけるために、一発バーンと撃ってしまいまして……」


 それを聞いた怜は日奈を解放する。というよりも、汗まみれになった日奈の手をこれ以上握っていたくなかったのが本音だ。

 ゴキブリが話題に出た途端、日奈から分泌される手汗は止まるところを知らなかった。


「なら、本格的な戦闘になる前に整えておかないと。日奈は一回万屋に寄るんだっけ?」


「そうそう! 飾の魔女について、なんか進展があったんだってー」


 今朝の遅刻、昨夜の張り込み、その全てが飾の魔女と呼ばれる存在に起因していた。


 復興の証に、”千を超える万”として万葉かずはに名前を変えた千葉市。秋でもなお桜が咲き誇るこの土地には、魔女と呼ばれる存在が潜んでいる。

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