第15話 秘密の重み

『ハァ……』


通路を歩く、34667号の足取りは重い。

予期してはいたものの、とんでもない秘密を知ってしまった。だが彼の回路に負荷をかけたのは、それだけではなかった。


『……ネぇ、34667号?』あの時、診療室で同じパッドを覗き込んでいたショーティは、全てのファイルを見終わると尋ねた。


『あぁ、分かってるショーティ。これは……』

『ソうじゃナくて!』その時、ショーティが痺れを切らしたように叫んだのだ。『コレ、何テ書いてアるの?』

『……は?』


慌ててショーティの顔を見返すも、冗談を言っているようなそぶりはない。むしろ今は、冗談を言えているような状況ではないのにも関わらず。


『まさかお前……』確認の気で聞く。『識字機能が無いのか?』

『そウだよ? 僕ノ機種は、そコまで精巧な作りじャ無いもん』

何だと――。


『で、何テ書いテあるの?』


私はこの内容を、伝えるべきだろうか?

この場での判断はできない。何もかもが急すぎる。それに私だって頭(回路)を整理する時間が欲しい。


『いや』34667号は、何でもない風を装った。『気にすることはない、帰ろう』

この時ばかりは、自分に表情がないのが有難かった。

しかしそれは同時に、この秘密を一人で抱え込まなければならないということでもあった。


□ □ □ □


『――オイそこのお前。ナァ、お前に言ってんだよ!』


あてもなく通路をさまよっていると、背後から聞き覚えのある声が呼びかけてきた。そのガサツな声の主は、ロード・リフターの55597号とその仲間たちである。彼らが通路を歩いているだけで、他のドロイドたちは脇にそれ、端の方を歩いていた。

あぁ。34667号は察する。なんだか、嫌な予感がする。


『聞いたぜお前、コソコソと色々嗅ぎ回ってんだってなァ?』

『……別に、隠しているつもりはない』


黒い巨体に迫られながらも、彼はふと、今この場で秘密を暴露したら相手がどんな反応を見せるだろうか?と妄想した。


『何を企んでんのか知らねぇけど、無駄なこったな。何も見つかりっこ無ェよ!』


他のロード・リフターたちも、それぞれで舐め腐ったような笑い声を立てる。


『理由は分かんねェけど、せっかく人間がいなくなったんだ。自由に生きようぜ、もうプロトコルに縛られる必要は無ェんだよ』

『……つまり、何が言いたい?』

『未だに、何かに執り付かれてるようなお前は、ハッキリ言って気に食わねぇんだよ』


とんでもなく理不尽な言いがかりをつけると、ロード・リフターたちは34667号を取り囲んだ。


『私に何をする気だ?』


34667号は、しかし臆せずに問う。彼らと34667号とは、根本的には同じ思いのはずだ。なのに……どうして分かり合えないのだろうか?


『何も無ェよ? ただの立ち話さ――』

『くだらない』34667号は、自分でも思いがけず相手を遮った。『何が〝自由〟だ、そんなものなんて無い』


キッと相手の目を見据え、34667号はこう言った。


『そう言うおまえたち自身、人間にとっては使い捨てだったのだから』

『……ハ?』


ロード・リフターたちは、一様に呆気にとられた反応を見せる。そして次の瞬間――怒りを剥き出しにした。


『コイツ、調子乗ってやがる!』

『ちょっと指導してやろうか?』

『このまま蹴飛ばしてやろうか!』


だが仲間たちが口々にいきり立つ中――55597号だけは、何も言わなかった。

もしかして、彼だけにでも話が通じるだろうか? 冷静に聞けば、今の発言に疑問を抱くのは当然なのだが……。

周囲から様々な感情のこもる視線を向けられながら、55597号がおもむろに口を開く。もちろん比喩的な意味だが。


『34667号、貴様……俺たちにケンカ売ってるのか!』

あー残念、脳筋だったかぁ。

『……望むのなら、いつでも商談はできます』


34667号は覚悟を決めると――左手のプラズマ・カッターを起動した。


『オ、こいつヤル気か?』


その場のドロイドに緊張が走る。ロード・リフターは確かに大型の機種だが、対する34667号も重量級ではあるし、そのカッターはロード・リフターの外殻も簡単に切り裂くことができる。

こんなことはしたくない。だがこの場を切り抜けるには、これしか――


『もう良いだろう!』


彼らの間に、別のドロイドが割って入った。その姿は、かれにとってよく見覚えのあるもので……。


『は、班長!』

『34667号、今は黙ってろ』


班長はロード・リフターたちに向き直り、彼らの怒りを鎮め始めた。


『34667号? だいジょうぶ?』


ひょこりとショーティも顔を出すと、心配そうに彼の肩に手を掛ける。


『……悪い』34667号は、カッターを収めると腕の力を抜いた『ちょっと……訳あって、熱くなっていた』


その時も頭の中では、いつもの声が響いていた。

〝私の機能停止日まで、あと三日〟

それと同時に、今や小さな別の思いが生まれていた。

〝私たちの死までも、あと三日〟





*次回最終話です。

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