第16話(最終話) Consequence
そのように内なる葛藤に苛まれつつ――三日の時は、あっという間に過ぎ去っていった。
『じャーお休ミ、まタ明日!』
軽い口調でショーティが言うと、スィーと通路の先に消えていった。人間がいなくても、施設の管理プログラムで消灯時間は決まっている。
『……あぁ、お休み』
もう、明日を迎えることはないのだ。私も、そしてこの施設にいる全てのドロイドも。
親しい友達に最後に告げられたのは、永遠の『お休み』か。
結局、誰にも言えなかった。そしてこの三日間、その気弱さを呪った。
もし皆に話していたら――でも結局、何も出来なかったろう。我々はすでに、見捨てられた存在だ。奇しくも55597号が言ったように『何をしても無駄』なのだ。
〝私の機能――〟
もう、考えるのも疲れた。このまま死んでしまってもいい、むしろ死なせてくれ。
充電室に入ると、班長はすでに電源を落としていた。
もう、彼に話しかけることもないのだな。
自分の充電ケーブルを手に取る。
これを後頭部のプラグに差し込めば、いつものように私の電源は落ちる。ただ一つ違うのは、もう起動することもないのだ。むろん、電子回路を抽出されて、強制的に輪廻転生のループに入れられることもない。
物言わぬ班長の隣にしゃがみ込み、冷たい床を見つめる。
死。
むしろ願った筈だった。望んだ物のはずだった。
だけど今、私は……怖い。自分で自分を殺すということが、とても怖い。
ドロイドにだって、感情はあるんだ。
もう考えるのも疲れた。
そして彼は、理論で自分を説得できなかった。
『……まだ、間に合うかな?』
今すぐにでもショーティの所に行けたら。そう強く欲した。
アイツの声が聞きたい。
一人でないと実感させてほしい。
一人で死ぬのは嫌だ。一人は怖い。
でもせめて、
34667号は立ち上がると、充電室を出た。そしてショーティがいるであろう充電室に向けて、駆け出した。
その足取りに迷いはなかった。
□ □ □ □
『ショーティ!』
充電室のドアを抜け、友達の姿を探す。充電室にはショーティと同型のドロイドが大勢いたが、皆すでに電源を切っていた。
だが探し出すのは容易だった――ショーティは片目が壊れているのだ。それは奇妙にも、34667号自身が彼に付けた印だった。
『オイ、起きてくれショーティ!』
彼の後頭部ソケットからケーブルを引き抜き、細いボディを揺さぶる。
だが、反応がなかった。
『いったいどうしたんだ、充電はゼロじゃない筈なのに』
34667号はショーティの体を持ち上げ、そして、あることに気が付いた。
ショーティの胸のランプが、消えていた。
そのランプは、ドロイドが活動している限り消えることはない。平常時は緑に、充電時は青に、故障したときは赤く灯る。
それが、消えている。それの意味するところはただ一つ。
機能停止日を、過ぎたということだった。
それはつまり、ショーティが二度と目覚めないということでもあった。
『ショーティ。そんな、ショーティ……』
ドロイドなので、涙を流すことさえ許されない。
『どうして、言ってくれなかった……』
だがその時気づく。
彼自身も、自分の機能停止日を伝えたことはなかった。
工場における『タブー』。それが何のためにあったのか、彼はついに理解した。
冷たいショーティの体を掻き抱く。その34667号の身体も冷たい。当たり前だ、ドロイドなのだから。
ここを出なければ。何故だかそう思った。この工場を、私たちは離れるべきだ。
そう思いながら、ショーティの後頭部が見えた時――彼は、見てしまったのだ。
その脊髄回路関節の隙間に、小さな何かが挟まっていた。
『なんだ、コレは……?』
細かい作業に慣れていない34667号は、苦労してその『何か』を関節からつまみ出す――否、取り外した。
『何だこれ? まさか……チップか? もしかして、埋め込まれていた?』
そのチップを掌に載せ、子細に眺めてみる。そこに小さくマークが印刷されているのが見え、34667号は視力センサーの拡大倍率を上げてみた。
マークには、どこかで見覚えがあった。つい先日、すぐそこで。
メモリー・データを参照してみると、今回こそは合致する情報が見つかった。
それは三日前、ドクター・ハロディンの資料にあった――彼らの敵国の紋章だった。
□ □ □ □
34667号の、文字通りに思考回路を膨大な情報が流れていく。敵国の紋章とチップを結びつける可能性。検索された答えは一つだけだった。
『スパイ・チップ』。より広義的な表現では『行動制御チップ』ともいう。
その文字通り、埋め込まれたドロイドの行動を操作したり、スパイとして利用したりするためのチップだ。
ここで再び、今までのショーティの言動が思い出される。
何故ショーティは、あんなにも早く私に懐いた?
――彼が隔離セクションで働いていると知ったからだ。
何故、ドクター・ハロディンと彼女の手術を避けていた?
――スパイ・ドロイドだと暴かれるのを恐れたからだ。
会話機能に欠損があったのも、再プログラムによるエラーだろう。
そして停電事故を起こした張本人も、やはりショーティだった。
そういえばショーティは爆発事故の朝、第16セクションに向かっていた。伝言を預かっている、とは言っていたものの……。爆発元は34667号の隣のセクションであり、彼のセクションは第17セクション、ショーティが向かったまさに隣のセクションである。
『全部......全部、お前のせいだったのか……?』
だがそれを認めることに、何故かあまり抵抗はなかった。
私たち、お互いにエラー品だったんだな。そして見捨てられた。
どうしてだろうな? 二体がひょんなことで巡り合い、友だちになった日々が過ぎ、そして……こんな結末に導かれた。
ここを出よう。この工場を、出ていくんだ。
振り返らなくていいように。
結局は死ぬだろう。攻撃部隊が近づいているのが、センサーで聞き取れるような気さえした。でもそれでも、彼は最後まで足掻いて見せたかった。
そしてここを出るときは、私の友達も一緒だ。
大丈夫、と34667号は自分に言い聞かせる。ショーティの物言わぬボディを、そっと抱え上げた。ひび割れたショーティのカメラアイに、自身のフェイス・プレートが歪んで映った。
私に、痛覚センサーは搭載されていないから。死んでも痛みはないだろう。
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