第2話 監督官とドクター
□ □ □ □
仕事は四つ、クロリアはそう言った。
「ベルトコンベアーは二本。見ての通り部屋の片方の壁から伸び、もう片側の壁に消えている。二本のレーンに半数ずつのドロイドを配置、それぞれのレーンで二種の作業が行われる。その詳細は――待て、今転送する」
クロリア監督官がパッドに指を走らせ、直後に班員たちの電子頭脳へデータが送信された。
「君たちの能力を大いに活用できる仕事だ、期待しているよ。質問は?」
『ありません』と班長。
「よろしい、十分後にレーンを作動させる。配置に付いて待て」
監督官は後ろ手を組むと、靴音高く隔離部屋を出て行った。
『――ふぅ。まったく疲れるぜ、監督官が相手だと』班員たちが肩の力を抜き、お互いに喋り始めた。『だよな、34667号?』
『いや、別にそうでもないぞ』
『お前はいつも、真面目だよなぁ。たまに変なこと言うけれど』
『それより一つ、思ったことがあるのだが』
『何だ?』
『今回のセクションは、どうして隔離部屋なのだ? 何か機密を要するものでも製造しているのだろうか?』
『俺たちの知ったことじゃないだろう? 関係ないことさ。下手な疑問なんて抱かずに、取り合えず出された指示には従うのがドロイドだろ』
『――……そう、だな。あぁ、分かっている』
『ま、班長の奴がまた怒り出さない内に、さっさと取り掛かろうぜ』
□ □ □ □
終業を告げるブザーが鳴り響き、ベルトコンベアーが停止した。
34667号は手元のレーンから上体を起こすと、大きく伸びをする。関節がギギギと音を立てて軋み、彼はふと自分のバッテリーを確認した。
〝残量27パーセント〟
……そろそろ
だが今日はまだ、することがあった。
「よし。今日の仕事は終わりだ、退室しろ」監督官が言った。「初日にしては良い成績だな。明日以降もこのままで頼むぞ」
『班長?』34667号が、そう尋ねた。『本日の作業において、私のプラズマ・カッターに不調が見られたのですが』
『それは俺も気付いたよ』班長が相槌を打つ。『ずいぶん苦労してそうに見えたからな』
『ですので、修理室に行っても宜しいでしょうか?』
「許可しよう」クロリア監督官が割り込んで、代わりに答えた。「ただし、就寝時間までには充電室に戻るように」
『もちろんです、監督官』
□ □ □ □
ドクター・ハロディンは、褐色の肌をした若い女性だった。
二十代後半のようであり、長い黒髪を束ねて背に垂らしている。『ドクター』ではあるものの白衣ではなく、青いくたびれた作業着を着ていた。
私は君たちドロイドの『医者』なのよ。彼女はそう言っていた。
「あなたは……あぁ、クラスZ-95の溶接対応ドロイドさんね?」
診療室の回転椅子に座った彼女は、34667号を見上げて言った。
『はい、左腕のプラズマ・カッターが不調なのでして。修理をお願い出来ますか?』
「分かったわ、ちょっと待ってて」
ドクターはそう言うと、立ち上がって部屋の奥に向かった。
この『診療室』は工場区画の端にある小部屋であり、壁には背の高い道具棚が所狭しと並んでいた。そこには電動工具の数々が収まっており、大型スパナ、油圧カッター、回転ノコギリ等々、およそ『診療室』とは思えぬ物騒な道具が陳列されている。
もちろん、人間視点ならの話だが。
「ちょっとゴメンね、腕をスキャンさせてもらうわ」
ドクターはそう言うと、持ってきた携帯スキャナーを彼の左腕にかざした。やがて数秒もすると、彼女のデスク上にあるコンピューターに検査結果が表示される。
「あ~、これはちょっと問題ねぇ……」
『内部回路の損傷が酷いのですか?』
「いや、そういう訳でもないんだけどね。プラズマ・カッターの耐熱エミッターにヒビが入っている様だわ。放っとけば熱が回路を溶かして、左腕を丸ごと交換する羽目にもなったかもね。すぐ私のところへ来て正解よ」
『……時間が、かかるでしょうか?』
「ちょっとね、でもそう長くないわ。準備するから手術台に寝てて」
彼女はクルリと身を翻し、壁の工具を吟味し始めた。34667号は言われた通り、部屋の壁際にある手術台へと向かう。その台は使い古されており、表面には焦げ跡や溶けた金属の塊などがこびり付いていた。
「溶接対応ドロイドは久しぶりだから、腕が鈍っているかも知れないけど」
ドクター・ハロディンが、そう呟きながら戻ってきた。華奢な身体をぴったりした作業着に包んでいるその姿は、人間相手ならば魅力的に映るのだろう。しかし生憎、ドロイドである34667号の目には入らない様だった。
「じゃ、始めるわね」
手術台に寝た彼に向かって、ハロディンはニコッと笑いかける。
そして、額の防護ゴーグルを下ろすと、恐ろしげな金属ノコギリを回転させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます