第二十三話 光へ
俺とダリアは、ついにここまで来た。あとは、やるコトはもう決まっている。
「小娘が生きているのを見るに、ボタンは法王を焼いたか。あんな俗物などどうでもよいが」
目の前でほざく神の分霊たる目玉を乗り越え、神を殺す。これがダリアのためにできる、第一歩だ。
「誰も我の役に立たぬとはな。まったく嘆かわしい」
「俺たちには意志がある。お前の思い通りになどならない」
「大層な自信だ。ファルガーよ、貴様を絶望させるのは容易いぞ?」
目玉は徐々に膨らんでいく。ガルディアを吹き飛ばしたように、破裂する気だ。
「ミキさん、行ってください!」
「ワケのわからないコトを言うな。ダリアから離れるつもりはない」
そう、今だけは。あの目玉は破裂して、俺たち諸共吹き飛ばそうとしている。
「ボタンさんからもらったコレを使ってみます。……もしかしたら、この怪物目玉の弱点、わかっちゃったかもしれません」
「なにも確証はない。危険だ」
「時間がないんです。わたしに任せてください!」
「しかし……」
「ミキさんは
「俺はダリアだけが希望だ。……だから」
離れたくないのが本音だ。もしダリアがいなくなってしまったら、……そんなコトは考えなくない。
しかしダリアの横顔を見たら、心が変わった。出会った頃に比べると、別人のように凛々しい。その眼差しは、大きなものを背負っているようだ。
人は変われる、というコトか。俺が思う以上に、ダリアは強い。
「わたしはいろいろな人に助けてもらいました。だから今まで生きていられるんです。ミキさん、わたしもあなたと離れたくありません。必ず追いつきます」
恐怖もあるだろうに、しかしダリアの微笑みはなによりも美しい。俺も勇気が湧いてきた。
「ダリア、ここは頼んだ!」
「お安い御用です!」
俺は走る。振り返らず、ただ前だけを向いて、この先に待つ神の下へ。爆発音がしても走り続ける、ダリアは追いつくと信じて。荷物を多く持っているのに、こんなまでに身体が軽いのは初めてだ。
しばらく走ると、暗がりに見覚えのあるものが見えた。俺たち使徒が入っていたようなカプセルだ。それは液体が詰まっていながら、ぼんやりと光を放ち、周りの床を這う管に繋がれている。
「――あの小娘を置いてくるとはな」
声がする。耳からではない。頭の中で聞こえる。
「人間如きに、我が分霊の弱点すら見破られるとは」
ダリアはうまくやったようだ。ひとまず安心した。
「お前が……神か?」
「いかにも」
目を凝らすとカプセルの中身が見えた。そこには人のような形をしているが、両腕と顔がないなにかが入っている。目、鼻、口、耳すらもない、これこそが神とは。
たしかにボタンが言っていたように、弱点が丸見えだ。ようするに、神が入っているこのカプセルを割ればいいのだろう。
「我を嘲弄するか?」
「俺にそんな暇はない」
カプセルに近づいて拳を真っすぐ打ち込もうとした、そのときだった。途端に身体が動かなくなる。
「聞くがよい、ファルガー。これは父としての訓諭である」
動かない原因は壁にひしめく根だ。四肢の付け根に植物の根が伸びて絡みつき、身動きが取れない。
「人間を外へ運ぶ気だろうが、無駄だ。外へ繋がるエレベーターは破壊した。手段はないのだよ」
「離せ、この根はなんだ」
「神樹アリアそのものの根だ。これには神が宿り、故に神樹と呼ばれる。ただの巨木ではない。……では、なぜ我は神を自称するか? もう一度見せてやろう」
足の付け根を縛る根が伸び、宙で縛られる状態になってしまった。
「神樹の根を意のままに操れる。そう、我は神樹を支配したのだ。神はふたつもいらぬ!」
のんきに高説していて助かる。こうなるのは予定外だったが、俺の身体を縛っているこれが神樹の根ならば、成すべきコトを果たせそうだ。
「ご清聴、感謝しよう。小娘が来るまでの時間稼ぎのつもりか?」
俺はなにも言わない。すると、ひとしきり笑ったあとで、神は頭の中で喋り続ける。
「奇遇だな、我もだ」
後ろに気配がする。じっと刃物を突きさされるような不快感だ。
「お前に分霊を取り憑かせて、我の新たなる身体にしてやる。予定は大幅に狂ってしまったが、これで神の後継計画は完成する」
身体の中になにかが入ってくるのがわかる。抵抗もできず次第に意識が薄れ、霧の中に溶け込むような感覚に襲われる。
「せっかく神の魔法で我の両手を壁と金網に、顔を分霊に等価交換したのだ。我はカプセルの外に出て、地上に立つ。あれは我だけの世界だ、人間どもにはやれん!」
それでも譲れない。ダリアと過ごした日々だけは。なにものにも変え難い、尊い思い出だ。
「お前如きには渡さない。ダリアの思い出を」
「所詮、貴様なぞ戦闘人形にふさわしい空の器だ。もう楽になれ、我の手足となるために」
意識が完全に消えかかったときだった。背後から、俺の聞きたかった声が聞こえる。
「ミキさーん……」
幻聴じゃない。ダリアの声だ。
「ミキさーん! な、なんですこのニョロニョロは……? とにかく捕まっちゃったんですか!?」
「心配するな、でもこのまま語りかけていてくれ。おかげで意識が保てる」
「はいっ! えーっと……」
なにか話題を探しているようだ。疑問もあるので、ここは俺が振るコトにした。
「そういえば、ボタンに渡されたのは、なんだったんだ?」
「あれはですね、
道理で見覚えがあると思った。ガルディアが炭坑に巣食う
「きっと、わたしの思った通りでしたよ。あの目玉の弱点!」
「聞かせてくれ」
「汚い空気です! 空気が透き通っていなきゃ出てこられないんです!」
「なるほど。キレイな空気の場所にしか出てこられないのも、そういうコトか。神木から落下しているときに追えばよかったのに、閉所にばかり現れるのも、爆発という攻撃手段が効果的だからか」
「あ、そこまでは考えが回りませんでした……」
頭の中でまたうるさい声が響く。
「ええい、うっとうしい! 邪魔だ!」
「やーい、怒った怒ったあ。図星ですねー。って、わわ、ニョロニョロが! 冗談なのにぃ!」
後ろでなにが起こっているのかわからないが、図星なのは間違いなさそうだ。それで攻撃するなど、器の小ささがうかがえる。
「ダリア、無事か?」
「塞がれちゃいました……。でも、ちょっと待っててくださいね!」
「人間如きが邪魔をしおって!」
ダリアに直撃しなかったのは、分霊が俺に取り憑こうとしているからだろうか。あれが見た目通り、目の役割を果たしているようだ。
「ミキさーん!」
いつの間にか、ダリアが俺の目下で手を振っていた。さすがにマスクは持ってこられなかったらしい。けれど、それでいい。もうマスクは必要なくなるのだから。
「なぜ根の壁を越えられる!?」
「根と根の間に、隙間がいっぱい空いてましたよ。狭いところを潜っていくのは得意なんです!」
「小癪な、どこまでも目障りだッ!」
今度こそ、ダリアに木の根を当ててくるつもりだ。ダリアが来た今、もう動かない意味もなくなった。
俺は右手の親指を握り、掌底からワイヤーを神が浮かんでいるカプセルに射出した。ガラス張りのそれは悲鳴を上げ、液体が溢れる。
「貴様にそんな装備はなかったハズだが……?」
「お前が見下している人間に授かった力だ」
ダリアに根は伸びない。うまく止められたようだ。
「ずいぶん、呆気ない最期だ」
「我を殺し、貴様はなにを望む」
「俺は、ダリアが生きられる世界が欲しいだけだ。汚染されていない空気がある世界が」
「その小娘は肺が侵されているのか。無益な延命のために、我が永遠を奪うとはな。もう地上へ行く手立てはないというのに」
液体が漏れるにつれ、神の語気が下がる。ついに俺の身体から分霊が抜け出し、目の前に現れた。
「我を殺した罪は重い。腐った組織とはいえラーディクスが壊滅的になった今、この先に待つのは混乱だけだ。貴様に治められるのか?」
「そうかもしれない。だが俺に絡みついる
また目線を下げると、ダリアは首を傾げていた。ついでに目に入ったカプセルの中身の液体は、半分以下になっている。
「……貴様、なにをする気だ!」
「今の俺なら、こんな根を引きちぎるコトなど容易い。やらなかっただけだ。……その短い命で確と見ていろ」
俺は浮けと念じる。すると身体の中が青い光に包まれた。このために、コートにも身体の中にも、
「ミキさん……?」
隠していたが、ダリアにも言うべきか。失望させないためにも。
「ダリア、すまない。いっしょ住もうという約束、守れそうにない」
「え? ど、どうしてですか!?」
俺はそうしたかった。けれど夢が変わったんだ。闘技場で庇ってくれた憲兵の意志、反抗する住民たち、協力してくれた使徒、そしてなにより、ダリアのためにこうするんだ。
俺の希望は人間たちに託す。きっと、青い空や太陽を初めて見ると、困惑するかもしれない。けれど、あんなに美しく、暖かいものはない。すぐに慣れて安心するハズだ。だから俺は――決断する。
「ミストガルドを浮上させる」
この選択に後悔など、ほんの微塵もあるワケがない。
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