第二十二話 業火
神が俺たちを呼んでいる。そう言う法王の案内で招かれたそこは、木目の床に絨毯が敷かれ、その上にはロッキングチェアが置かれた部屋だ。
この素朴な部屋の暖炉の火こそ、『太陽の冠』と呼ばれる神聖な火だ。人の遺体を
ヤツらは今も、そう思っているのかもしれない。
「さあ、ファルガー、ダリア。おふたりとも、この炉にお進みください」
指を弾くと炉の火が消えた。だが火の番人であるこの使徒の言うコトなど聞いていられない。こちらに顔も見せないで、じっと暖炉を見つめている。まずイスに座らず立ってから言ってほしいものだ。
「ワケのわからないコトを言うな」
「わたくしを信じて、さあ……」
火の番は腕を震わせながら、じっと炉を指す。
「信じられませんよっ! ねっ、ミキさん。戻りましょう」
ダリアとエレベーターへ戻ろうとすると、なぜか法王が炉へよろよろと歩いていく。
「儂は、これだけのために……?」
一言だけだが、不満が滲み出ているようだ。シワだらけの顔の眉間に、さらに深いシワが浮かんでいる。
「猊下は我が主からの神命を成し遂げたのです。主は猊下をお呼びではありませんので、どうかお下がりくださいませ」
「黙れ人形風情がッ! ならば、儂が……、儂が神に見えて……!」
「猊下、いけませんッ!」
静止を促されても、法王はおぼつかない足を止めない。
「黙れ黙れ、黙れと言っておろうが! 儂の上には神以外、誰も立たせん。ああ、儂が神に見え、祝福を授かり、そして全てをこの手に――」
使徒の静止も虚しく、屈んで炉の中に入ろうとする。すると突然、火が一瞬だけ猛り、目を眩ませるほどの光を放った。
ゆっくりと目を開けると、法王の姿はどこにもなかった。跡形もない。やはりそういう魂胆だったのかと思うと、イスが軋む。
「やっぱ、いけないって言うとさ、やりたくなるモンだよね。欲深で浅ましいヤツほど、余計話を聞かないんだから。まあ、好都合だけど」
口調が変わった。使徒が立ち上がり、こちらを見る。足まで伸びる銀色の髪に、大きな緑色の瞳。彼女こそ、俺を除いた最後の使徒だ。
「改めて、初めまして。あたしの名はボタン。よろしくね、ミキくん、ダリアちゃん」
ボタンは笑顔を向けてくるも、その顔色は不健康そうだ。身体も細い。使徒はなにも食べなくても生きていけるが、どうにも心配になる。
もっとも、今は気になるのはそのコトではない。
「なにが目的だ?」
「神にね、言われたのさ。ファルガーにくっついている悪しき人間を燃やせって」
「えっ!? 神様がわたしを!?」
「安心してよダリアちゃん。だから代わりと言っちゃなんだけど、あの強欲じーさんを焼いたよ。間違っちゃいないでしょ、ね?」
なんとも軽い雰囲気だが、こんな性格でないと
「ところで、なぜ俺の名を?」
「ああ、ガルディアくんが教えてくれたんだ。そう呼んだほうが喜ぶって。ところでアイツ元気?」
ふたりで黙っていると、察したように数回頷いた。
「あー……。アイツいつでも覚悟はできてたみたいだし、あんま気にしなさんな。ところで、ミキもやるつもりなのかい?」
「そのつもりだ」
「なにをやるんです?」
ダリアには言えない。ダリアの親は事故で亡くなったのに、俺が創造主たる
「ちょっと物騒なコトだよ。ねえ?」
「……ああ!」
しかしダリアは納得したようだった。
「わかるのか? 俺のやろうとしているコトが」
「前にガルディアさんが言ってました。……神ご――」
「おっと、そこまでにしときな。ったくまあアイツ、こんな
ダリアはまた子供扱いされて、ふくれっ面している。肩を叩いて同情すると、頬がしぼんだ。
「それで、それを知ってお前はどうする気だ? そもそも神はどこにいる?」
ボタンに向き直り、訊いた。それを聞いて彼女は不敵に微笑む。
「応援しよう。まずはこうやってね」
ボタンは指を弾くと、暖炉の火が消え、階段が現れた。それはずっと下に続いている。
「この先に神はいるよ。心構えができたら行くといい」
「ボタンさんは、どうして手伝ってくれるんですか?」
ダリアの質問に、ボタンはまた笑う。
「こんなトコにずっと閉じ込められて薪を焚べてたからさ。そりゃあもう、ずっとずっと、とんでもなく永い間ね。みんなに負けないくらい恨みはあるよ」
「というコトは、わたしの両親も、ボタンさんが焚べてくれたんですね」
「……そうだよ。顔なんていちいち覚えてないし、知らないけどね」
ボタンの顔が悲しみを帯びる。ぶっきらぼうに言い放つが、罪を咎めているかのようだ。
「だからこそ、全面協力するんだ。アタシが産んだものの償いもしたい」
償いとはなんだろうか。こんなところで産むもなにも、使徒はなにも産めないハズだ。とにかくここで協力者が得られたのは嬉しい誤算だ。
「その気持ちはよくわかった。俺は必ず成し遂げる」
「昔のキミと変わらないね。頼もしいや」
笑顔が戻ったボタンは視線を下げ、ダリアに顔を向ける。
「ダリアちゃんも着いていくの?」
「もちろんです! わたしとミキさんは運命共同体なんです!」
「あっはは。そっかあ。じゃあさ、これ持ってて。役に立つから」
ひとしきり笑ったあとで、ふたつのものをダリアに渡した。ひとつは注射器、もうひとつはどこかで見たコトがあるが、思い出せない。
「これは『
「ここに小っちゃな穴があるでしょ? そこに蒸気の種を入れるんだ。そうしたら、すぐに投げてね」
「え? タイミングはどういう?」
「でっかい目玉が出てきたら投げるんだよ、いいね?」
「あ、あの目玉に!?」
なるべくダリアを危険な目に合わせるワケにはいかない。
「それなら俺がやる」
「いや、ミキくんは神に直行したほうがいい。弱点は見ればわかるから。それに……キミには荷物がいっぱいだ。着いてきてくれるダリアちゃんを信じなよ」
「……わかった。できそうか? きっと危険だ」
俺は不安でいっぱいだが、ダリアは元気いっぱいだ。
「危険が日常の街で育ったわたしです、任せてください!」
「よし、じゃああたしは外に出てるよ。ふたりが勝つのを信じてるからね」
「ボタンさんは来てくれないんですか?」
「いやあ、そうしたいのは山々だけどね。ホントだよ?」
ボタンはゆらりゆらりとエレベーターへ歩きだす。法王よりもおぼつかない足取りで心配になる。
「この通り……歩くの久々だわ〜」
「手を貸そう」
「ああ問題ない、問題ない。いやあ歩くのなんていつ以来だろう。すぐ感覚掴むからさ、だから大丈夫。ホントに。まあ見ててよ」
ボタンはそう早口でまくし立てる。真っ直ぐ歩けないまま、ローブと銀色の髪を引きずってエレベーターの中へたどり着いたが、息が切れている。本当に平気だろうか。
「ひい、ひい……。こ、この街の命運はキミたちにかかっているからね。だから、勝てよ!」
震える手で親指を立てて見せつける。エレベーターの扉が閉まり、別れを済ませたかと思うと、警報のような音が鳴り、再び扉が開いた。
「いっけね。髪の毛挟まってた。……ジロジロ見るモンじゃないよ、まったくもう」
ボタンは恥ずかしそうに髪を手繰り寄せると、待っていたかのように再び扉が閉まった。今度は開かなかった。
「……なんだか締まりませんね」
「あんな調子だが、いちおう警戒しよう」
俺が先に、暖炉に現れた階段へ足を踏み入れる。火が噴かない代わりにバキッと音がした。足を上げると、金属の破片のようなものがバラバラになっている。
「やっぱり罠が仕掛けられてました?」
「いや。……やっぱりとは?」
「ボタンさんを疑ってるワケじゃないんですが、さっきからなんだか高い音が聞こえるんです。法王様が消えたときから」
「俺には聞こえないな」
「あれ? 空耳かな?」
よく見れば、足元の金属片はひとりでにうごめいている。金属とは思えない柔軟性だ。
「やっぱりミキさんの足から聞こえます!」
法王が燃えた後に現れたうごめく金属片は、俺には聞こえない高い音を鳴くようだ。
「あれ? 聞こえなくなりました」
ふと思い出すのは、先ほどのボタンの償いと産むという言葉。
「……産声なのか?」
考えすぎか。それにそうだとしても、もう産まれないハズだ。火の番はいないのだから。金属片はもう動かなくなった。
「ミキさん?」
「行こう、大丈夫だ。ダリア、念のためマスクを持ってきてくれ」
人ひとりしか渡れない、狭い螺旋階段だ。俺を先頭に、後ろにダリアが着いてくる。
長い階段を降りた先には、飾り気のない無機質な扉が待っていた。これは自動では開かない。
「この先に、ホントに神様がいるんでしょうか……」
「なにもなければ、それでいい。神がいたなら、やるコトはひとつだけだ」
扉を蹴飛ばし、ダリアに応えた。薄暗く、金属でできた広い通路の側面には、植物の根が絡まり、異様な風景を作り出している。これならば、俺の望みは叶うかもしれない。
「――愚かな。犠牲を払ってまで拾った命を、むざむざ捨てるか」
人を嘲笑う声が反響する。憎い憎い、あの声。黄色い煙がどこからともなく発生し、やがてあの忌々しい目玉を形作った。
「しかし、我が居所に来たからには歓迎しよう。我が裁き、身を以て受けるがよい」
神の分霊が居所と言っている。ならば、ここに神本体がいるハズだ。
「もう、終わりにしよう」
「貴様の死を以て終わらせよう。我が愚息よ」
やっとここまで来た。欺瞞に満ちた神を乗り越え、俺の望みを果たすときだ。使命を燃やす。このための生命、全てはダリアのために。
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